19 武器屋デート②
ここで大丈夫だろうか。全く繁盛しているように見えない。通る人も稀にいるが、自分たち以外には誰も見向きもしていなかった。
不安に思うケイズに対し、『ケイズが選んだから安心だ』と決め込んでいるリア。
「ケイズ、入らないの?」
訝しげな顔をリアが向けてくる。既に入口の扉に手をかけていた。
「うん、入ろう」
見てから決めればいい。店の外観だけでは良し悪しは分からないのだから。ケイズも心を決めて、リアに続いて店に入る。
「いらっしゃい」
店前で愚図愚図していたからか、入るなり野太い声が飛んでくる。褐色の肌に筋肉質の男性だ。黒い前掛けに、バンダナを頭に巻いている。無遠慮に、値踏みするような視線を向けてくる。
人を雇えるような店には見えない。店主だろう、とケイズは思った。
「ち、なんだ、ガキか。回れ右してとっとと帰れ」
露骨に舌打ちしてきた。声のよく通る男で、店の奥にいるのにうるさいぐらいだ。
ケイズは店の中を見回した。幅の狭い店内。奥側から槍や杖、弓矢、剣、短剣など一通りの武器が整然と並ぶ。店内は埃が目立つものの、陳列している武器のまわりは掃き清められている。
回れ右せず、ケイズは真っ直ぐに店主の方へ向かう。リアもさほど気にしていないようで、店内を眺めながらついてくる。
「頑固ぶってる。武器屋さんってよく、これするの、知ってる。これ、試しっていうんだよ」
なぜかリアがプクク、と笑いをこぼしている。よく分からないが楽しいなら何よりだ、とケイズは思った。
「短剣を4本。良いのを2本と間に合せで2本。良いのっていうのは魔力を流し込むから。魔力に耐えられる素材でってこと」
ケイズはカウンターを挟んで店主と向き合うなり、一方的に発注した。店主が物凄い形相で睨みつけてくる。
「なめてんのか?使えもしねーガキに売るものはねぇ。金払えばいいってもんじゃねぇんだ」
何が気に入らないのか更に声を荒らげてくる。客が入らないわけだ。
ケイズはため息をついた。
下手に出て頼み込んでも、碌な物を作らない気がする。自分の作る武器に誇りを持っているのだろうが、売って、使ってもらって、初めて意味があるのではないのだろうか。
「すんごい、高いの?ぱっと見ても良い武器ばっかり」
リアが不安そうに言う。確かに一見して良い武器ばかりだから、ケイズも発注しようと思ったのだ。そもそもリアの短剣も間に合せで2本のつもりだったのだから。
もっともケイズの場合、武器の良し悪しの判断は、あれを持った人と戦ったら大変そうだ、という感覚だけで下している。専門的な分析は多分リアも、もちろん自分もできてはいない。
「うん?まぁな」
店主が毒気を抜かれたような顔をした。
どんな人間でも褒められれば悪い気はしない。ましてお世辞など言えなさそうなリアの言葉だから、素直に入ってくるのだろう。
「短剣はこっちの女の子がつかう。正直、かなり強い。で、あと俺にはこの角で杖を作ってほしい」
ケイズはケイズで淡々と発注を続ける。カウンターの上に青鎧牛の角をドサリと置いた。
角の大きさにたじろいで店主が後ずさる。
「おいおい、これは青鎧牛の角か?」
店主がまじまじと角とケイズとを見比べてくる。面白そうな素材を見て目の色が変わった。やはり良い職人なのだろうと思う。
「俺もこの子も精霊術師だ。繰り返しになるけど、武器に魔力を注いで使う。特注品のほうはそのつもりで、製作してほしい」
ケイズは魔力を練成し、砂の蜂を顕現させた。リアも一呼吸遅れて風の虎を見せる。精霊術師だと信じてもらいたいだけなので、気絶させるほどの魔力は出さない。
「マジか。精霊術師なんざ初めて見た。この国にもいたんだな」
最早、店主の顔に怒りはない。ナドランド王国の規模では実際、精霊術師というのは国に一人いるかどうかの存在ではあった。
「でも、お前ら、武器必要なのか?戦闘になったら、その蜂と虎を暴れさせりゃいいだろ?」
店主が首を傾げている。精霊術師についてはあまり知られていないのでもっともな疑問だ。
「そういう戦い方も出来るけど。無駄が多い。例えば俺の蜂なら、足や羽の動きまで無駄に再現してしまう。状況によっていろいろ術を使い分けたほうが強い。そのためには魔力を流し込める媒介が必要だ」
ケイズは出来るだけ分かりやすく説明する。隣で見せているリアの風属性の虎も、無駄にひっくり返ったり欠伸をしたりしている。こういった無駄な動きを精霊がしていても消費するのは、術師である自分たちの魔力なのだ。
「分かった分かった。いきなり威勢をくれて悪かったよ。いちゃついてる子供二人がまともな客だとは思わないだろ。冷やかしかと、思ったんだよ」
店主の謝罪にケイズは素直に喜んだ。リアの方はまだお金のことが気になるらしい。脇に置かれたいかにも高そうな槍の値札を見て凍りついている。
「まぁ、いちゃついてる夫婦に見えるぐらい、仲睦まじいだなんて、照れる」
少しは自重したほうが良いだろうか、とケイズは反省する。
「いや、全くそうは言ってねぇ」
とりあえず、どうやら武器は無事に作って貰えそうだ。魔力に耐えられる武器をしっかりと作れる武器屋はそう多くない。
冒険者の多いダイドラなだけあって、表通りの武器屋は、しっかり何の武器なら魔力に耐えられるものを製作可能か明記してくれていた。無理なら無理とはっきりさせているだけ良心的ではあるのだが。
「今の話だと、武器の属性も大事じゃないのか。精霊術師って扱える属性が1個だけなんだろ?お前の杖はこの角で良いのか?」
店主が更に尋ねてくる。やはりよく分かっているようだ。
満足しながらケイズは頷いた。
「杖は俺が遣う。地属性だから、青鎧牛の角が同じ地属性の素材で丁度良い。女の子の方は風属性の武器が良いんだけど、素材の持ち合わせが無いから、汎用の素材で作ってほしい」
ケイズは話しながら、リアの頭を見下ろす。話をケイズに任せきりでリア本人は武器を好きに眺めている。
リアが本気で魔力を乗せれば、並の武器はたやすくボロボロになってしまう。
「なんか話しづらいな。俺はレガートだ」
レガートが名乗ってきた。確かにお互いに名前がわからないと話しが進めづらい。
「俺はケイズ・マッグ・ロール。で、こっちがリアラ・マッグ・ロール」
ケイズは名乗り、リアの名前も代わりに伝えておく。また、リアが本名をうっかり言いそうだからだ。
「ん、兄妹か?」
案の定、同じ姓ということでレガートが首を傾げている。
「夫婦だよ」
一応ギルドのダイドラ支部でついた嘘をここでも繰り返す。こういうことは一貫性をもって続けることが大事なのだ、と師匠も言っていた。
「はー、子供のくせにませてるね。全く最近のガキは」
レガートは自分たちくらいの年頃の相手に何か酷いことでもされたのだろうか。店に入ったときから、自分たちがガキという存在であることに怒りを見せる。
「まぁ、いいや。表の方に短剣が並べてあるから選んできな」
レガートに言われてリアが嬉しそうに入口の方へ向かう。
身を屈めて短剣を選んでいるリアを、ケイズは愛おしく思いながら見つめていた。
(あー、真面目でリアは本当に可愛いなぁ)
リアが短剣を一本一本、持ってみたり、刃を凝視してみたりしている。適当に選ぶ、ということは出来ないようだ。
短剣、と一口に言っても長さや太さ、切れ味などはだいぶ違う。安い物で使い捨てにするものでも、出来るだけ手に馴染むものをリアが真面目に探している。




