後日談2〜真面目に国王をする
ケイズは自らも冒険者時代から属するクラン『双角』の事務所に辿り着く。
昔はクランのリーダーである弓使いジードの個人宅だったのだが。婚約者となったリアも引き続きクラン双角に所属している。
「多分、待ってればいずれ帰ってくる」
ポツリとケイズは呟いた。家である王宮にもいずれは帰ってくる。だが仕事に真面目なリアのことだからこちらの方が先だろう。
当然にケイズは少しでも早く会いたいのである。
(俺もここの一員なのに)
なんなら最初から所属している身なのだが。サナスによる政務のせいで一向にここに来られないでいた。
基本的には書類の決裁や外交の使節と顔を合わせることが主である。どんな人間がこの新興国の国王となったのか、直接見に来るのだった。
「あ、陛下だ。リアさんなら仕事です。帰りは夜だと思いますよ」
クラン双角の冒険者である剣士のエメが待機していた。今日は留守番らしい。ケイズより年少だが剣の腕は上がったとのこと。
得物の剣を磨いているところだった。
「待つ」
短く告げて、ケイズは椅子に腰掛けた。文句は言わせない。自分もクラン双角の一員なのだから。
「ですよね」
どうやらエメ一人らしい。再び剣の刃を拭き始めた。
どれだけただ座り込んでいたのか。扉が開く。
「やっぱりここにいらっしゃいましたか」
宰相のサナスが姿を現した。小柄な初老の男だが、政務能力は間違いがない。ケイズもケイズなりに、ケイズの価値観でサナスの仕事ぶりを見ているのだが、概ね満足はしている。
(後は俺とリアの懇親の時間をもっと作ってくれれば)
ケイズは無言でサナスを睨む。
「近日中に帝政シュバルトの使節団が参ります。その打ち合わせを中座されては困ります」
冷静にサナスが告げる。
確かに会議中に無言ですたすたとリアを求めて脱走したのだった。
「国王してて、指が震えてるのを知られたらマズイと思う」
ケイズはリア不在の禁断症状で震える左手を見せて告げる。
「陛下のそれは広く知られているので大丈夫です」
即答されてしまった。ナドランド王国の外相だった人物である。外交以外のことにも明るい。
「そうかな」
ケイズは首を傾げる。
「ですので、心置きなく政務に専念して頂いて大丈夫ですよ。集中されれば、陛下は優秀な御方ですから」
サナスが無表情に持ち上げてくる。
おだててもだめだ。
「そういうのは、リアと会ってから」
ケイズはジロリとサナスを睨みつける。
少し思案した。
「リアを思いっきり抱きしめてから」
今更、会うだけで満足できるわけがなかった。
「そのリア様のための頑張りではないですか。他国と戦にでもなれば、その時間も余裕もないでしょうし。この国が戦場となれば、リア様がどれなけ悲しまれることか」
大真面目にサナスがたしなめてくる。わざとらしくため息までついてきた。
「シュバルトはホクレンとうちが近い限り、襲ってこない。多分、南を狙っていくと思う。イェレスとの関係の方が難しくて厄介」
ケイズはボソボソと告げる。
「ですから、ホクレンと我が国の繋がりを示すべく、陛下とリア様の仲睦まじさを見せつけないと」
サナスが更に言い募る。
聞かされているエメが迷惑そうに顔をしかめた。
「だから、少しでもたくさん、リアと一緒にいたい」
結局、ケイズとしては元の話に戻るのだった。
「後はお二人の場合、使節団への非礼が無いか。礼儀作法の方が心配ですな。お二人共、特にリア様は天真爛漫ですから。陛下も苦手分野でしょう?」
サナスの言う通りではあった。
ケイズは顔をしかめる。礼儀作法など則っていなくともリアが可愛いのは間違いのないことだ。
どうでもいいと言いかけて。良いことを思いついた。
「じゃあ、リアと一緒に礼儀作法を勉強しないといけないな」
この世に生きているのは残念ながら自分たちだけではない。他者との関わりを円滑にするのに便利なのが礼儀作法だ。
それぐらいはケイズにも分かる。
リアも真面目だが、ナドランド王国では不遇であり、生国である軍事国家ホクレンの流儀は独特だ。
(これで一緒にいられる)
ケイズとしてはそこが重要なのだ。別に帝政シュバルトの使節団などどうでもいい。
(多分、今回はただの様子見だろうから)
むしろいずれ、訪問しなくてはいけないかもしれない。ケイズは頭の中で周辺国の地理を思い浮かべる。
軍事国家ホクレンの筆頭将軍クロウ・クンリーが実妹のリアを溺愛していることが判明した。妹への偏愛以外はまともな人物であり、強力な軍人である。
帝政シュバルトの現皇帝にとって、今や西のランドーラ王国を無理に攻めることは得策ではないだろう。
(まぁ、攻めて来たら、大いに後悔させてやる)
ケイズは静かに目を細めた。
「まぁ、それもそうですな」
サナスも頷く。
「リア様にも話を通しておきましょう」
ケイズとしては喜ばしい展開ではある。
なんなら自分から話しておこうとケイズは決めるのであった。




