SIDE②フィオナ 期待の新人
「おぅ、フィオナちゃん、やべー奴等がギルドに近付いてるぜ」
野太い声でフィオナに注進に来たのは、30歳代ぐらいの冒険者だ。屈強な肉体の剣士であり、主に街の南にあるランドーラ湿原で狩りをしている。
いつもどおり朝からギルドにて受付の仕事をしていたフィオナは美しい眉を曇らせる。
「はい?どういうことですか?」
もうダイドラ支部で働き始めて5年になる。最初は無我夢中で仕事をしていて失敗もあったが、今では冒険者たちからの信頼も得られ始めている。何かあると知らせてくれる人も少なくない。
「何か子供の二人組でな、そいつらの通ったあとは、土の針で宙吊りになった野郎のオブジェが多数だ」
男性の言葉に、ふむ、とフィオナは考え込んだ。よその街から来た土属性を得意とする魔術師だろうか。ダイドラ支部にいる冒険者で魔術師の人を思い返しても、土の針を使う人間はいない。
考え込む時間はさほどなかった。
ギルド支部内がざわつきだしたと思ったら、見るからに異質な二人組が入ってきたからだ。
一人は茶色いローブに身を包んだ少年だ。細身の体で背中には杖を4本担いでいる。魔術師のような風体だ。土の針を使うのはこの少年だろう。魔術師の場合、ローブの色は得意とする属性の色を表す。茶色は土属性だ。
もう一人は可憐な少女だ。緑色の道着のようなナドランド王国ではあまり見かけない服装をしている。小柄で隣りにいる少年より頭1つ分くらいは背が低い。惜しげもなく細いキレイな脚を衆目に晒している。
「あらあら」
思わずフィオナは独り言ちた。
少年の少女を見る目が尋常ではない。完全に惚れ込んでいて、恋する男の子のそれだ。女の子の方は無自覚なようで、興味深げにギルド内を見回している。土の針で宙吊り、の話がなければフィオナにとって面白い二人組だ。
「ありゃ、フィオナちゃん、ヤベー奴じゃねえか」
先程の男性冒険者がごくりと唾を呑み込んだ。慌てて目を逸らしている。それは賢明な判断で、今この瞬間も少女を注視した男性は片端から土の針で宙吊りにされているからだ。
冒険者ギルド内ではいざこざが絶えないとはいえ、異常な事態である。
「そうですね、私が対応するので窓口、空けてもらえますか?」
フィオナは微笑んで告げる。他の人間には任せられない、厄介な人材だ。一応自分は、ダイドラ支部に所属する受付嬢の中では最古参に当たる。
少なくとも、男の子の方は、魔術師のような風体をしているが精霊術師だ。あれだけの土の針を連発するのに全く詠唱を用いていない。
(初めて見たわ。もしかして、あの女の子の方もそうなのかしら?)
精霊術師は大体にして魔術師とは比べ物にならないほど強力な魔力を有するという。この二人を見ても、床から発生させた土の針は、天井すれすれで全て器用に止められている。神業のような魔力の操作だ。
冒険者として登録してくれるなら強力な有望株ではある。
(そうよね。あの二人、まだ子供みたいだし、顔も見たことないし。多分、登録に来たのよね)
フィオナは笑顔を浮かべたまま、ダイドラ支部に所属する1000人からの冒険者を思い返す。
自分の狙い通り、二人は誰も並んでいないフィオナの窓口にやってきた。
近くで見ると少年の背負っていた4本の杖のうち2本は魔獣の角だった。戦利品らしく、黒色の光沢を放っている。
「あら、それは青鎧牛の角よね。依頼達成の報告か素材の換金だったのかしら」
自分の記憶違い、あるいは既によその街の冒険者だったのだろうか。若干、落胆しながらフィオナは尋ねた。
「街道でたまたま出くわしたので二人がかりで倒した。今日は登録で間違いない」
淡々と愛想のない口調で少年の方が告げる。
たった二人で上級魔獣の青鎧牛を倒したという。驚きしかなかった。
(そういえば街道に現れた青鎧牛を駆除しようとしたのに、角のない死体が転がってたって報告があったような)
フィオナは数日前の報告を思い出した。
犯人は目の前の二人だ。
やはり是が非でも欲しい人材だ。強力な人材を抱えれば、ギルドとしても難度の高い依頼を受理・斡旋出来る。ギルドにとっても周辺住民にとっても良いことだ。利益は公益を追求した上で得なくてはならない。ダイドラ支部の支部長の方針だ。
願望を隠して、なるべく落ち着いて、理性的にフィオナは事務手続を進めようとした。
感情のタガが外れたのは、二人の書類を確認し、ケイズとリアの姓が一緒、挙句の果てには夫婦だ、と言い出したときだ。
どう見てもおかしい。お互いに憎からず思っているのは分かる。仲も良いようだ。ただ、夫婦といえるまで成熟した何かが無いのだ。
(おままごとみたいじゃないっ)
何よりリアが穢れのない可愛らしさを有している。
このままケイズの異様な偏愛に晒されてはせっかくの無垢なる可愛さが歪んでしまうかもしれない。
(もったいないわっ)
フィオナはいつもなら、絶対にしない判断をしていた。
(リアちゃんの身元は私が預かる。ケイズ君と暮らしたらなんかこう、取り返しのつかないことになるわ)
住所地もケイズの用意した一軒家だという。
何かもう色々と駄目すぎる。
話していて、ケイズも悪い人間ではない、とフィオナも思った。
まずリアを大事に思っていて、精霊術師としての実力もあり、見た目も黙っていれば落ち着いた風貌の優男だ。少し血色が悪いが。ただ、何があったのか知らないが恋愛の色々な段階をすっ飛ばして結論に至ろうとしている。
最後にはフィオナの面前で、いや、公衆の面前にも関わらず、リアを抱きしめようとしだした。
「きゃー、変態よっ」
悲鳴を上げると、手ぐすね引いていた、日頃からギルド運営に協力的な冒険者たちがケイズを引き離してくれた。ケイズが本気で暴れれば、多分ただでは済まないので勇気が要ったと思う。
(うん、日頃の行いって大事ね)
思いながらフィオナはこの隙にリアを保護して、自宅へ連れ帰ることとした。
フィオナの自宅はギルドのダイドラ支部にある寮だ。これまでにも歳の近い女性職員や若い女性冒険者と一時的に相部屋したことがある。
「ケイズ、変態なの?」
部屋にあるテーブルの椅子に座らせると、リアが尋ねてきた。居間と台所に寝室、一人で暮らすのには幾分か広い部屋だ。
「そうねぇ、ちょっと、ね」
フィオナはお茶を出してやりながら苦笑した。
多分に重たい愛情だが、加減さえ弁えれば良い恋人になると思う。少し距離を取るのも大事だ。密着していればいいというものではない。
さりげなく、リアにフィオナを嫌がっていないか確認もしていたから、本来は気の回せる人間なのだろう。
「そういえば二人ともご家族は?まだ16歳だけど、2人きりでダイドラに来たの?」
ふと気になってフィオナは尋ねる。
夫婦と言っていたが、どういう経緯なのか。
「私の、父様と母様は隠居したよ。兄様は頑張ってるけど、一緒じゃない」
案の定、訳アリのようで、リアがションボリと答える。
「ケイズのほうは、そういえば、私、知らない」
なぜか自分で言っていて、意外なことのような顔をリアがしている。
駆け落ちかそれに近い事情でダイドラに来たのだろうか。
「夫婦っていうの、リアちゃんは良いの?ケイズ君の方は見てれば分かるけど」
更にフィオナは確認する。ここまで話すともう、夫婦というのは方便だろうと分かってきた。2人とも子供すぎる。
「うん。ケイズのこと、好きだよ」
リアがためらうことなく頷く。
端的な口調だが、嘘をついているようには見えない。
「なんで?」
意地悪な質問だろうか。あまりにあけっぴろげなリアに今度は好奇心を刺激されて、フィオナは尋ねた。
「私が、絶望しているときに、無条件で助けてくれたから」
リアがにっこりと笑う。
表情とは裏腹に目の色は暗い。踏み込むのに微妙なことを聞いてしまったようだ。
「ケイズは、多分、私が知らない間も、一生懸命、私のことを考えてくれたんだと思う」
ふっとリアの笑顔が儚さをはらんだ。
一方的なお節介で、ケイズと引き離したのは早計だったのだろうか。
ただ、リアのお肌に目が行くとまた違う考えに至る。
「リアちゃん、ダイドラに着くまで、お風呂とかどうしてたの?お肌の手入れは?もしかして野宿?ずっと水浴びだけとか?」
身だしなみについて質問攻めにした。
「え?えっ?」
フィオナの剣幕にリアが泣きそうな顔をした。何か身だしなみにトラウマでもあるのだろうか。
「嘘でしょ、何日も水浴びだけ?」
「嘘でしょ、ずっと野宿? 地面で?」
「嘘でしょ、同じ服が2着だけ?」
ありえないケイズによる女子の扱いにフィオナは、激怒した。まずリアをお風呂に入れ、肌の手入れをしてやり、自分のお古のお洋服を引っ張り出してきた。
(やっぱり、任せられないわ。せめてリアちゃん自身が自分の世話を出来るまで、私が一緒にいなくちゃ)
結局、同じ結論にフィオナは到達するのだった。




