35 対決〜バンリュウ1
ケイズは嵌めた魔石に魔力を流し込み続けていた。力が与えられ、指輪の魔石が煌々と光を放つ。
隣に立つリアの左手薬指からも碧色の光がほとばしっていた。おぞましい程の魔力にさすがのケイズも鳥肌が立つ程だ。
(これほどか、つくづくリアも)
一対一の戦いでは自分よりも強いかもしれない。軍同士の戦いで真価を発揮する自分とは、また別種の強みをリアも持っている。
「二対一だけど。悪く思うなよ」
ケイズは杖を地面に突き立てる。黒騎士の実力だけが数段劣ることを見て取っての発言だ。
こちらは、犠牲を無駄に出したくない。
私闘なのだ。ケイズは手振りでウェインらを退げる。味方が死ぬこともバンリュウが死ぬことも防がなくてはならないのだった。
「ご武運を」
ウェインとタイリークが大きく部隊を退げた。
「相手にとって、不足はない。月並みな言い方だが」
ニタリと笑い、バンリュウが大剣をかざして、突っ込んでくる。
(まず馬を狙う)
ケイズは数本の地針を馬止めとして、バンリュウの行く手に発生させる。
黒馬が予期していたかのように跳躍して、難なく躱す。
(馬まで化け物かよ)
ケイズは舌打ちする。
更に礫弾を生んで宙に浮かべた。距離を詰められれば、迎撃する構えだ。
「ぐっ!」
苦悶の声が聞こえた。リアに黒騎士が蹴り飛ばされている。鎧越しでも黒騎士に痛撃を与えたようだ。
今までにない魔力量で、魔眼の力を引き出している。髪からも眼からも指輪からも碧色の光が迸って華奢なリアの身体を包み込んでいた。
(速すぎるな)
最早、ケイズですら何をしているのか目で追えないほどだ。
「このおっ!」
黒騎士が踏みとどまってリアよりも巨大なメイスを振るう。
(今更、あんなものが)
風を圧する音がケイズの耳にまで響く。
だが、リアを捉えるには至らない。跳躍したリアに難なく躱されている。メイスを地面に叩きつけ、隙だらけになった。
「ふんっ!」
さらにバンリュウもケイズではなく、空中のリアに斬りかかろうとしている。
この動きはリアはおろかケイズの意表もついた。自分を攻撃してくると思っていたのだ。
(さすが)
それでも空中で反応したリアが風で自分の身体を弾いて避ける。ちょっと意外そうな表情をリアも浮かべていた。
「どういうことだ?」
ケイズは思わず呟いていた。礫弾を宙に浮かべたままである。バンリュウか黒騎士に放つべきだったのかもしれない。
自分はつまり、無防備ではない。おめおめとやられるつもりもないが、接近戦を強いられると覚悟していたので反応できなかった。
(いま、リアをバンリュウが攻撃していなかったら、黒騎士は確実に死んでいた)
いかに黒騎士の甲冑が頑丈であっても、リアの魔力を乗せた風の斬撃までは防ぎきれないだろう。
ただでさえ圧倒していたのだ。次の一撃でリアが黒騎士を両断していた。
(要するに、バンリュウのやつ、窮地の黒騎士を助けたってことか?)
ケイズにとっては、あまりに意外過ぎるバンリュウの行動なのであった。
「むぅ、仕損じた」
リアがケイズの横に舞い降りて報告する。両手に持った短剣をクルクルと回す。由々しき事態の顔をしていた。
「フィルリス、お前は逃げろ」
思いもよらぬ言葉がバンリュウの口から発せられた。
(それ、黒騎士の名前か?)
バンリュウが黒騎士の名前を知っていて呼んだこと。そもそも黒騎士にフィルリスという名前があること。
ケイズは二重に驚いてしまうのだった。
「しかし、こいつらはっ」
いきり立って、黒騎士フィルリスが告げる。
「死んだものは戻らない。自分の命を大切にしろ。お前はまだ生きている」
思いの外、まっとうなことをバンリュウが言う。戦いたいと言う理由だけで万の軍勢に突っ込んできた自分のことは棚上げだ。
(どうなってんだ、これ)
ケイズは戸惑いを隠せない。
攻撃する好機と言えば好機なのだが、バンリュウ自身についても、そもそも目的が討ち取ることではなく、クロウ・クンリーのもとへ戻ってもらうことなのだ。
「あのバンリュウ将軍が心配してる。バンリュウ将軍、黒騎士のこと、好きなんだ」
リアが口元に手を当てて言う。
「あぁ、そうか。そういうことか」
おかげで、ようやくケイズにも目の前の状況が腑に落ちるのだった。
「だが、化け物精霊術師2人を相手に、一人で残るだと?お前はどうなるんだ?」
黒騎士フィルリスもフィルリスで、バンリュウを気遣うようなことを言う。
「俺は生き様も死に様も大事にしている。戦いたい相手と心置きなく戦えるなら、戦場でぶつかるなら満足だ」
とても良い笑顔でバンリュウが言う。
(だったら、おとなしい生き様と平和な死に様を選んでください)
ケイズは心の中で懇切丁寧に頭を下げるのだった。
「分かった、武運を。生還を祈る」
黒騎士が殊勝にもバンリュウには頭を下げる。
自分たちは何を見せつけられているのだろうか。ケイズはリアと顔を見合わせる。
「俺の馬も、ブルソンも連れてってやってくれ」
更にはバンリュウが愛馬まで黒騎士に託している。こうなると一般兵士では立ちふさがることも出来ない。ケイズもウェインに目配せして逃がすこととした。
(とにかく、今は、バンリュウだ)
ケイズは思い、黒騎士と黒い馬の背中を見送るのであった。
おそらく絶対に書く機会は来ないでしょう。黒騎士フィルリスはかなりの美人さんです。細身で儚げな美人さんです。おそらく掘り下げて書くことはないでしょう。自分すら忘れそうなのでメモ代わりに残しておきます。
そして、本作を読んでくださった方々、いえ、私の書いた素人小説を読んでくださる方々に大いなる感謝を。いつも本当にありがとうございます。なんとか本作も書き上げられようかと思います。お付き合いいただけると幸いです。




