34 メイズロウ郊外の合戦2
ケイズはヒエドランの退がった敵陣を俯瞰する。
ただ兵士が集まっているだけの闘気に乏しい敵だ。軍事国家ホクレンを相手取ったときとは比べるべくもない。
「おまけに、ここはもう、俺の土地だ」
ケイズは杖で地面を杖で突く。
更に魔石の指輪にも魔力を流し込んでみた。
(おおっ)
流れる血を感じ取れるかのように、地面を流れる魔力をつぶさに感じ取れる。ケイズは内心で声を上げた。
地面に流れ込んだ魔力をケイズは操作する。
地面が揺れて、敵味方ともにどよめく。
動揺の中、複雑に組み合わされた土の壁が、お互いの陣地の間に出現する。
「すごい」
リアが無心に見入って賞賛してくれた。まだ土の壁が増えていく。有り余る力でケイズはさらに土壁を組み上げる。
少し高いところから見ているので、何が起こっているのか、見ていても、きっと楽しいだろう。
「なんと。複雑にして精緻。これがケイズ殿の本気ですか。戦場全体を支配していらっしゃる」
ウェインが呻くように言う。
土壁を複雑に組み合わせて作った、巨大な迷路である。敵軍はランドーラ軍に襲いかかろうというのなら、この迷路を突破しなくてはならない。
(当然、行く手を全部、塞ぐことだって出来るけど)
ケイズは目を細めて思う。誘い込んで殲滅するほうが効果は大きいという判断だ。
「小細工だっ!怯むなっ!」
意を決したように敵が迷路に突っ込んできた。
すぐに進路を見失い、立ち往生する部隊が散見される。行き先を見失ってしまえば大軍の利点を失ってしまう。
「敵は攻めて来るしかない。それでも。グズグズしていれば、王都ニーデルを落としたホクレンやデンガンの軍隊に背後を突かれるかもしれないから。本当は睨み合ってる場合じゃなかった。兵糧だって、今の手持ちを食い尽くせば、飢えるしかない」
淡々とケイズは呟く。
攻めるしかない軍に、極めて攻めづらい状況を作り上げてやった格好だ。
「土の壁ですか。しかし、崩されちまったら、終わりじゃないですか?」
ほとぼりが冷めたとでも思っているのか。
ガイルドが愚かな問いを発した。
「俺が、そんなしくじりをするかよ」
ケイズは短く返した。一瞥も向けない。
ガイルドと同程度の知能しか持たない敵の一部が、槍や剣で壁を直接、攻撃して崩そうとしている。
崩れるわけもなかった。莫大な魔力を注ぎ込んで作った特別製だ、
「すごい、硬いんだね、あの壁」
剣も槍も弾き返し、多少、砂煙をあげるだけの土壁を見て、リアが感心している。
「ただ全体を硬くするだけなら、いくらでも。簡単だよ」
リアにはケイズは優しく返す。戦線を注視することはやめない。
ここからが自分の腕の、見せ所なのだ。
「本当の意味で、始める。ガイルドは北の入口。ウィリアムソンは東の行き止まりに隠れろ。ウェインは逸れたやつを誘導するから、眼の前に来たら殲滅しろ」
ケイズはボソボソと指示を出す。
「了解です」
ニカッと笑ってガイルドがさすらい馬にまたがる。思った時にはもう、騎馬隊を率いて駆け出していた。
「では、ご武運を」
ウィリアムソンも歩兵を率いて出陣する。
あらかじめ、迷路の作りを指揮官には伝えてあった。土壁に隠れて、それぞれが敵からは見えないように移動する。
誰ももたつくことなく、配置に着いた。
「開け、そして討て」
ケイズは呟く。言った通りの内容を、ガイルドとウィリアムソンの眼前に聳える土壁に砂文字で投写するおまけつきだ。
我ながらいたれりつくせりだと思う。
「すごい」
リアの視線が戦場に釘付けだ。
ケイズはそれぞれの隊の前にあった土壁を地面に戻した。
敵からは急に土壁が消えて、代わりに軍隊があらわれた格好である。
「かかれっ!」
突然の事態に凍りついた敵に、無慈悲にもガイルドとウィリアムソンの軍勢が襲いかかる。
一方的に味方が敵を殲滅していく。
「まだだ」
ケイズは呟き、地面を杖で突く。
奇襲を受けた友軍を援護しようとした敵部隊がいる。その行く手を土壁で塞いでやった。
完全に敵軍が浮足立っている。
「良かった、破談されて。こっちから願い下げ」
珍しくリアが毒を吐く。視線を遠くにやっていた。
つられて見ると、ヒエドランの本体が早くも逃げようとしている。
(往生際の悪い。そして見苦しい。配下も見捨てるのか。こんな序盤で)
軽蔑しつつ、ケイズはヒエドランの行く手をも土壁で塞いでやった。狂ったように剣を叩きつけているヒエドラン。
既にメイズロウ周辺の地面全てを掌握しきっている。ヒエドランの本営の更に向こうですら、ケイズのものとなっていた。
軍才のないヒエドランには、地形を掌握されることの恐ろしさが分からなかったのだ。
「敵は俺の身体の中で、戦を仕掛けてきたようなものさ」
ケイズはリアに笑顔で告げる。
今のところ、上手くいっているのだった。
土の大迷路を利用した一方的な殺戮が繰り広げられている、わけではない。
「ハハッ、ヒエドランに人望の無いのが、少しだけ幸いしたな」
ケイズはヒエドランを嘲り笑う。誰も土壁を崩そうとしているヒエドランなど助けない。
少しでも不利な状況で接敵するや、すぐに降伏する敵兵があまりに多かった。敵味方の死傷者よりも投降してくる捕虜の方が多い。戦闘というよりも捕虜受け入れの事務作業のほうが忙しくなり始めていた。
(あとは、ヒエドランもついでに確保して、終わり)
ケイズはヒエドランまでの直通路をガイルドとウィリアムソン、両名の前に開いてやった。
遮るもののない道に、守ってくれる者もいない総大将である。何事か聞く価値もないことを、ヒエドランが何やら喚いているのが見えた。
「すごい、ケイズは、本当に、すごい。もう、勝っちゃった。5万と6万の戦いなのに」
心底、驚いた顔でリアが言う。
確かに自分でも拍子抜けするぐらいだ。
「そうだな、合戦には勝った」
ケイズは相槌を打った。あくまで勝ったのは『合戦』であると強調しておく。
ヒエドランなど眼中にないのだ。
独りだけ、別に、この戦況を覆しかねない人間がいる。或いは覆そうともせず、自分を殺しに来る相手が。
もはや一番危険なのは敵とぶつかる最前線ではなく、自分の直近なのだ。
「ケイズ」
リアが警句を発する。相変わらず直感が鋭いのだ。
「来たな」
ケイズは呟き、後ろを振り向いた。
いかに自分でも、万の軍隊がぶつかり合う中で、たった2人の歩調を感知することは出来ない。
バンリュウが黒騎士とともに馬を並べてあらわれた。一番手薄なところを気配だけで察して強行突破してきたのだろう。
「俺一人と戦うために、6万もの人間を囮にするなんてさ。あんた、やってることが滅茶苦茶だ。出来ればもう、近づかないで欲しかったな」
見上げるばかりの偉丈夫に圧倒されつつ、ケイズはぼやく。
数万いるところに、たった2人で乗り込んできたのだ。通常なら自殺行為だが、あえて誘い込んだというところもあった。
(わざとウィリアムソンとガイルドを突出させたんだけど。あんたを誘い込むために)
ケイズは杖を手にしたまま目を細める。
「バンリュウ将軍っ!もうやめてよっ!迷惑っ!ケイズは私と結婚するのっ!いきなり未亡人にしたら、兄様が怒るよっ!」
本気で怒ったリアが叫ぶ。高まる感情のままに、風が渦を巻く。
「お前らこそっ、私の大切な飛竜を!遊び半分で殺しただろうが」
黒騎士がいきり立って怒鳴り返す。
「町を襲ったからだよ。正当防衛だ。ただその辺りを普通に歩いてりゃ、殺さないよ、多分」
ケイズは淡々と指摘した。逆恨みで理不尽なのである。
「クククッ、恨みや人の思いなどそんなものだ。全て自己都合、自己完結だ」
バンリュウが楽しげに笑い、風貌に似合わぬ哲学的なことを言い出した。
「この女も面白い。だから話に乗ってやった。そして俺も俺の思うまま自己都合でお前と戦いたいのだ」
何が楽しいのか、バンリュウがケイズにはわけのわからぬ理屈を説く。リアに至っては理解不能で頭を抱えていた。
「もう、勘弁してくれ」
ケイズはぼやき、杖を構え、バンリュウ生け捕りに向けて思考を巡らせるのであった。




