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地属性精霊術師は風属性精霊術師を可愛がりたくてしょうがない  作者: 黒笠
第3章

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SIDE⑨ガイルド〜前哨戦

 メイズロウ西部に広がる平原にて。

 ガイルドは騎馬隊のうち1000を率いて、ナドランド王国残党軍の側面を突く構えを見せた。

 大した誘いではない。それでも同数の騎馬隊を引っ張り出すことに成功する。だが、いかにもいやいや出てきたという気配だ。士気が低く、長い滞陣に倦んでいるのたろう。

(こりゃ、ケイズ殿なしでもいけるか?)

 さすらい馬にまたがり、隊の先頭でガイルドは思う。

 それほどに敵が、脆弱な軍勢なのであった。

「ケイズ殿への手土産だっ!敵の部隊を2、3、葬ってやるぞっ!」

 槍を掲げてガイルドは叫ぶ。部下たちも雄叫びで呼応する。

 既にケイズがダイドラを3日前に発ったとの報告は受けていた。新たな国の国王となることも受け入れたらしい。

(ケイズ殿がいらっしゃる前に、一仕事しておこう)

 見事な黒馬をケイズから賜った。それに見合う鎧と槍もレガート武器店にて購入している。実に前向きな気持ちでガイルド自身も戦いに赴いていた。

「自分のことしか指揮官が考えていない軍なんて」

 ヒエドラン王子のいるであろう本営、そこを窺う構えを見せただけで、騎馬隊が迎撃に出てくる。自身の安全しか気にかけていない、ヒエドランの性根が透けて見えるようだった。

(あれを、本軍から引き離して殺す) 

 来たる本戦に向けて、敵の機動力を削っておこうとガイルド自身が発案した作戦だ。 

 いつも慎重なウィリアムソンも有効性を認めて、賛同してくれている。

「よし、退くぞ」

 ガイルドはゆっくりと馬頭を翻した。敵からは怖じ気づいた姿に映るだろう。

 ヒエドランの指揮などまったく機能していない。自陣の方へ1000で引き上げようとするガイルドの軍を、格好の標的と見て、追いすがるであろう敵の騎馬隊を始末するだけだ。 

 同数どころか2倍でも倒せるとガイルドは見ている。

(なに?)

 しかし、思わぬ光景にガイルドは固まる。

 敵の騎馬隊がピタリと停止した。敵の本隊から離れた位置どりだが、ガイルドの思惑よりも離れてはいない。数は同じく1000ほどか。

(どういうことだ?)

 ガイルドにとって、誘いに乗って来ない、ということが気に障った。

 見え透いた誘いをするな、と敵から嘲笑われたように思えてならない。

(舐めやがって)

 ガイルドは敵を睨みつける。副官のハッシャが前のめりになった自分に何かを言いかけた。

「おもしれぇ、やってやる」

 同数で戦って負けるわけがない。自分の直下兵団は練度としては軍事国家ホクレンにも劣らないと自負している。

(まぁ、あの国は歩兵が主力だけどな)

 つまり、同数で騎馬隊同士のぶつかり合いに負けるわけもない。

「仕掛けるぞっ!」

 もう一度、ガイルドは大声を上げた。

 敵の騎馬隊1000も正面から迎え討とうという構えだ。こちらに向かって駆けてくる。

(面白ぇじゃねぇか)

 万の規模の軍同士で睨み合い、そのうちのわずか1000だけが正面からぶつかり合おうとしている。

 もともと、単なる睨み合いに焦れていたところが自分にはあった。ガイルドは自覚している。

 油断は無いものの、まんまと敵の誘いに乗せられているのではないか。そういった思いも風を切る高揚感に消されていく。

 1000と1000の騎馬が正面から交錯する。そしてすれ違った。

(なんだと)  

 自身も一騎を突き落とすも、自軍の様子を振り返って視認したガイルドは愕然とする。

 後方に従っていた部下たちのうち数百がたった一度の交錯で斬り倒されて落馬していた。ざっと8割の800近くにまで減らされている。

「馬鹿な」

 さらに信じられないものを目の当たりにしてガイルドは呻いた。

 敵騎馬隊の中央、黒馬にまたがり、大剣を手にした男。

「将軍、あれはまさか」

 副官のハッシュが声を上げる。まだ若い、黒髪の将校だ。

「バンリュウだとっ?」

 ガイルドも想像すらしていない相手だった。ホクレン軍を離脱の報せは受けている。高名な将軍なのだ。近づいてくれば分かると、思っていたのだが。

(秘匿で参戦していた?1兵卒として?でなければ、あのヒエドラン王子が公表しないわけがない)

 思うも深く考えている余裕はない。位置が入れ代わったことで、背後に敵の本隊、前方にバンリュウの騎馬隊という、位置関係になってしまったからだ。

(やるしかねぇ)

 ぶつかるならバンリュウのいる方だ。6万もの軍勢と800騎で突撃出来るわけもない。

「突っ込むぞ」

 ガイルドはもう一度叫ぶ。

 800騎ほどの当方に対し、犠牲を出しておらず、ほぼ1000のままである敵方が包囲しようというかのように広がった。

(貫いてやるっ!)

 ガイルドは槍を構えて、正面から先頭でぶつかっていく。

 さすらい馬の上からガイルドは槍を突き出し、敵から突き出される槍を躱す。

(一対一なら負けん)

 今、バンリュウが率いているのは、軍事国家ホクレンの精兵ではない。精強なのはバンリュウ一人だ。

(こっちのほうが押し込んでいるっ!警戒すべきはバンリュウだけだ)

 ガイルドは独り、先頭で奮戦する。

 だが、そのバンリュウが眼前にいた。

 大剣が唸りをあげて振るわれ、部下を一刀で数人、人ではない紙か何かのようにたやすく斬り倒していく。

「この野郎っ!」

 ガイルドは槍を構えてバンリュウに向かって突進する。自分で勝てる相手なのか。ケイズとリアですら2人がかりでも互角に持ち込むのがやっとの相手だ。

「指揮官だな」

 楽しそうにニヤリと笑ってバンリュウが言う。

 重たく力強い斬撃が繰り出される。

 ガイルドは渾身の突きを大剣に当て、軌道を変えるのが精一杯だった。

「ぐうっ」

 自然と声が漏れた。

 なんとか1合、打ち合った格好で交錯する。

 数の差はあってもガイルドがバンリュウを引き付けているので、部下同士の戦いは優勢に変わりつつあった。だが、自分が討たれれば即座に逆転されるだろう。

(かといって、尻尾を巻いて指揮官が逃げれば総崩れだ)

 もう一度、ガイルドは槍をしごいてバンリュウに突きかかっていく。

 相手も向かってくる。馬だけは互角か優勢か。だが、馬上の武芸ではあまりに差が有り過ぎる。

「ぐぁっ」

 突きかかった槍が弾かれる。

 自分の腕が大きく開いて無防備になった。あとは鎧ごと斬り倒されるだけだ。

(やられるのか、こんなところで)

 まだ本戦も始まっていない、前哨戦の段階で。

「将軍っ!」

 副官のハッシャが自分の馬ごと突っ込んできて、自分とバンリュウの間に割って入る。

 反射的にバンリュウがハッシャの方を斬った。

 ハッシャの仰け反った身体から鮮血が噴き上がる。

「ハッシャァァァ!」

 ガイルドは叫ぶ。

 自分の身代わりになって副官が死んだ。

 落馬するハッシャを目の当たりにし、憤怒が全身を包んだ。

「この野郎っ!」

 殺されてでも殺して仇を討つ。

 覚悟を決めたところ。

「ビヒイイイイ」

 さすらい馬がいななき、黒風が生じる。

「ぬううぅぅっ」

 渦を巻く黒風にさしものバンリュウも怯む。

(よしっ)

 ガイルドは槍を構えるも、バンリュウの姿が離れた。

「おいっ!お前っ!」

 愛馬の首をガイルドは叩く。『ハッシャの仇を討たせろ』と言いかけたのだが。部下たちの馬も黒風を纏って加速している。

 結果、あっという間に敵兵を引き離し、自陣に帰還した。思った以上の数が生還している。

「ビヒッ」

 さすらい馬が身体を震わせた。

「ぐおっ」

 馬上からあえなくガイルドは振り落とされた。

 地面に転がった自分をさすらい馬が赤い目で睨んでいる。急速に頭が冷えた。

(敵を侮ったこと、引き際を誤ったこと、バンリュウにそもそも突きかかったこと)

 さすらい馬が咎めたいことはいくらでもあるのだろう。

「悪かった。みっともない真似を晒した」

 これからウィリアムソンにも部下にも詫びなくてはならない。だが、まず何よりも愛馬に醜態を謝罪した。

「フウゥゥッ」

 鼻息荒くさすらい馬が地面を蹴る。

 敗走に魔獣としての能力を使わせたことにとても怒っているようだ。

「分かってる。もう、こんなザマのねぇ戦はしねぇ。騎馬隊の馬はお前の仲間でもある。悪かったし、この借りは仕事で返す。必ずだ」

 騎馬隊では、敗走すれば死ぬのは人間だけではない。当たり前の事だった。

「ガイルドッ!」

 ウィリアムソンが駆け寄ってきた。

「わりぃ、しくじった」

 立ち上がりつつガイルドは素直に詫びる。

「見ていたぞ。まさかお前があそこまであしらわれるとはな」

 敵陣に目を向けてウィリアムソンが言う。

 尋常なことではなかった。ウィリアムソンにも分かっているようだ。

「バンリュウだ、バンリュウがいた」

 端的にガイルドは告げる。

「なんだと」

 ウィリアムソンが目を見張る。

「バンリュウがいる以上、ケイズ殿抜きじゃ話にならねぇ。犠牲が出過ぎる。来てくださると分かってるんだ、そっちを待とう」

 ガイルドはさらに告げた。いつも無茶をするほうの自分の言葉だ。

 ウィリアムソンが頷き、2人は陣を一旦、東方へと下げるのであった。

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