29 ケイズ発つ②
ケイズはリアと2人、ダイドラの主要通りを西へ向けて歩く。とりあえずはウィリアムソンやガイルドと接触しようと思ったのである。
「あっ」
リアが声を上げて立ち止まる。
ケイズも気付いていた。
正面から飛竜襲来の時、ともに戦ったタイリークが数名の兵士とともに歩いてくる。ランドーラ伯の私兵隊長と名乗っていたはずだ。
「ケイズ・マッグ・ロール殿、ランドーラ伯閣下がお呼びです。応じていただけますか?」
硬い表情と口調でタイリークが言う。
思えばランドーラ伯とは、今までに直接会ったことはない。
(よく考えてみれば、ランドーラ地方が狙われてるってことは、ランドーラ伯の領土が脅かされてるってことでもあるのか)
ケイズは立ったまま考え続けていた。回答もせずにタイリークがそわそわしているが別にどうでも良いのである。
「領主様に?ケイズが?」
軍事国家ホクレン筆頭将軍の妹がびっくりしている。
「会うよ。多分、会っといたほうがいい」
ケイズは主にリアへ告げた。自己都合だと言っているのに、タイリークが安堵の表情を浮かべる。人を何だと思っているのだろうか。
リアがプククッと笑みをこぼした。
「ケイズは何を言い出すか分かんないからなー。タイリーク、びくびくしてた」
妙なところを面白がる、人のことを言えない婚約者なのだった。
困惑もあらわにするタイリークを始めとする兵士たちに連れられて、ケイズとリアはダイドラの中心に建てられた白い館に案内される。
「わっ、きれい」
リアが嬉しそうに言う。
そのままタイリークに先導されて、館の奥、書斎のような一室に通された。
白髪の老人が部屋の真ん中で微笑んでいる。
「はじめまして、ケイズ・マッグ・ロール殿。私がランドーラ伯のヨルグ・モンドです」
穏やかに自己紹介し、ランドーラ伯のヨルグが頭を下げた。領主である。リアがびっくりしていた。
この丁重な物言いからして、既にサナスが接触して下話をしているのだ、とケイズは察する。
「はじめまして」
ケイズも応じて頭を下げる。
「ホクレン筆頭将軍の妹婿が、軽々しく頭を下げるものではありませんよ」
いきなり厳しい顔で怒られた。
さっと警戒してリアがケイズの背後に隠れる。強いが、リアは怒られるのが苦手なのだ。
(自分は領主で伯爵のくせに。そうはいくかってんだ)
ケイズの方は動じることもない。
「俺、ただの冒険者です」
ケイズは背中の杖を指差し、さらには冒険者証も見せてやった。
「リアラ・クンリー嬢と婚約した以上、そんな言い分は通りませんよ」
丁寧な口調で、しかし、ヨルグも一歩も譲らない。
「それに」
ヨルグがケイズの冒険者証を一瞥した。
「一等級の冒険者証で、並の冒険者のような口振りをされても、まったく説得力がありません」
この言葉にタイリークがプッと吹き出した。つられてリアもプククしている。
そして、この2人の非礼はなぜだかヨルグに怒られないのだった。
(何がしたいんだ、この爺さん)
結果、ケイズは失礼な感想を抱くのだった。
「今、我が領土だったメイズロウ近郊に旧ナドランド王国軍が展開しています。元王子のヒエドラン殿が率いているようですね」
さらりとヨルグがとんでもない説明をした。
「領土だった?旧ナドランド?元王子?」
1つ1つ、わざとらしくケイズは全部拾い上げてやった。
(サナスのやつ、この爺さんに何を言ったんだ?)
ケイズは疑問だらけであった。手回しがあまりに早すぎる。
話に乗ったであろうヨルグも分かっているのだろうか。
(自分が領主じゃなくなるって、自分で言ってるんだぞ?)
意図してケイズはヨルグの顔を凝視した。
『大丈夫?』と言わんばかりにリアがケイズのローブ、その背中側を握りしめた。少し首筋が引っ張られるのである。
「私も頑迷な老害ではないつもりです。もう高齢であり、ランドーラ地方は各勢力の真ん中にあり、ともすれば戦争にも巻き込まれる。強い人間が必要なのですよ、この土地は」
穏やかに微笑んでヨルグが告げる。
帝政シュバルトに狙われ続け、イェレス聖教国も支援はするが表には立とうとしない。本国のナドランド王国がアテにならないとなれば、確かに統治者としては苦労させられる土地だろう。
(おまけに魔獣も多くて、ホクレンまで介入するようになって)
確かに言われてみれば、ランドーラ地方の統治には強さが大事なのであった。
(それは分かったけど)
ヨルグという眼前の老人が長年、保持してきた土地なのだ。今更、手放すというのだろうか。
「俺は、あんた達に面倒な立場を押し付けられてるだけの気がする」
ケイズは仏頂面を作って告げる。やすやすとは頷けないのであった。自分はリアと結婚して、さらには幸せに生活をしていきたいのである。
余計な厄介事は御免だ。
既にヨルグへの苦手意識を植え付けられたリアも頷いてくれる。
「実力のある人の責務ですよ」
しかし、自分たちの言葉にも態度にも一切、動じることなく、年長者の余裕を見せて、ヨルグが軽く言う。
(だから押し付けるなって)
他人事のようなヨルグの態度にケイズは思い、また胡乱な眼差しを返すのであった。




