26 密談と展望①
冒険者ギルドを出て家を目指す頃には日も傾いていた。
(複雑になったのはヒエドラン王子が変なことをしたせいだ)
ランドーラ地方西部メイズロウ近郊で、ウィリアムソン達の軍勢と睨み合いとなっているのだという。
ケイズの立場では詳しい状況が分からない。
(誰に当たろうかな)
ケイズはリアと並んで歩くという至福の時間を過ごしつつも、考えを巡らせていた。
直属の、自分の上の立場ということであれば、ギルドマスターのレザンかもしれないが、どこまで戦のことに関与しているかが分からない。
(うん)
あえてケイズは人通りの少ない方へと進む。何か言いたそうな顔をして、口だけ開いたリアが、また口を閉じて黙り込んだ。
人目を感じる。見ているぞ、とそれと知らせてくるような視線だ。
やがて行き止まりに至ると、正面に2人の人間が立つ。
「ケイズ・マッグ・ロール」
聞き覚えのある声が自分の名前を読んだ。
「誰?」
無邪気なリアが自分を見上げて尋ねてくる。曇りのない瞳がすでに可愛らしすぎるのだった。
抱きしめたいのをケイズは辛うじて堪える。
「外相サナス。もしかしたら、元外相サナス。ナドランド王国の外交部門で頑張ってた人」
ケイズは本人の代わりに答えた。
背の低いほうがサナスであり、背の高い方は護衛のジェイレンである。革の鎧に片手剣で武装していた。
「ナドランド王国はもうだめだ。私は見切りをつけてきた」
表情を変えずにサナスが言った。既にサナスの中では受け入れ、済んだことのようだ。
「今は、ランドーラ伯のもとに身を寄せている。肩身は狭いのだが、他に行くあてもない」
更に加えてサナスが言い、肩をすくめた。王都ニーデルで国政の中心を担っていたという自負が肩身を狭く感じさせるのではないか。
ケイズが言うことではなかった。
「把握してるかもしれないけど。俺もリアも、まだホクレンの本営から戻ってきたばかりで、情勢がさっぱり分からない」
ケイズはリアの肩に手を回して告げた。『親密になってきたぞ』という誇示である。
重たいのか、少し迷惑そうだがリアも我慢してくれていた。
「ホクレンとデンガンの連合に、王都ニーデルまで攻め落とされている。民の犠牲を避けるため、陛下が即座に降伏されたのだ。その賢明な即断に免じて、陛下は生命を保証してもらえた。私にとっても仕えた主君だ。そこは素直に安堵している」
淡々とサナスが説明してくれた。
「そうか」
記憶は殆どないが、ケイズにとっても祖国だ。相槌を打つしかなかった。ただ、あまり悲しくもない。
国が滅んだにしては、あまりにダイドラの状況が落ち着いているせいだろうか。
実感が湧かない。黙ってケイズはサナスの話す続きを待つこととした。
「ナドランド王国には抵抗する力がなかった。何せ軍隊を、ヒエドラン王子が独断で移動させてしまったからな。今はダイドラの西、メイズロウの近郊でウィリアムソン達と睨み合っている」
呆れるような内容だ。さすがにサナスの声にも隠せない疲労感が滲み出す。
自国の危機を守りもせず、あろうことか味方の軍に闘いを挑んでいるということだ。
「ダン・ラ・ダンが率いていた精鋭の6万をそのまま動かしたのだ。無防備なニーデルに残された面々ではどうすることも出来なかった」
ここまでのサナスの説明で、ケイズはおおよそを理解出来た。
平穏であるのは、ウィリアムソン達が戦線を西で固定しているからだ。軍事面ではまるで能力のないヒエドランに突破できるわけもなかった。
「でも、ヒエドラン殿下は、なんでこっちに?」
当然の疑問をケイズは発した。
隣ではリアという小動物も首を傾げている。
「それは、ケイズ・マッグ・ロール、その人がここダイドラにいるからでしょう」
半ば呆れたような口調でサナスが教えてくれた。なせわからないのだ、と言いたげである。
分かるわけもない。
リアとの破談後、自分へ異様な執着を見せていたのがヒエドラン王子である。軍事国家ホクレンの後ろ盾を失っても、ケイズさえいればどうにかなると、謎の考えに固執していた。
(俺より、普通は軍事国家ホクレンの後ろ盾を選ぶと思うけど。あっちは国で、俺は個人なんだから)
ケイズは改めてヒエドラン王子に呆れさせられてしまう。
(ま、そもそも、せっかく、リアと婚約してたのに破談しちゃうなんて、正気の沙汰じゃない。俺なら絶対に手放さないんだから)
ケイズはそして、当然の結果に至る。
「まだ、ケイズのこと、あてにしてるの?ヒエドラン殿下は」
呆れた口調でリアが言う。
「でも、分かるなぁ。ケイズ、凄いもん。あの兄様まで説得してくれて、私と婚約したんだもん」
薄っぺらい胸をえっへんと張ってリアが言い放つ。
本当はまだ、言わないでほしいことだった。
「それは初耳ですね、おめでとうこざいます」
とうとうサナスの口調が、露骨に丁寧なものとなった。
ケイズは嫌な予感に襲われてしまうのであった。




