16 東の都市ダイドラ③
冒険者ギルドは数カ国に跨がる組織であり、ある程度規模の大きい街であれば、大体1つは支部が設けられている。ダイドラにも同様であり、街の中央部に建てられていた。
ダイドラの街は外縁部に一般市民の住宅地が広がり、その内側に商業地区、更に内側は領主の館や貴族や豪商の邸宅にレストランらと各種公共施設の連なる地区となっている。
「ここだな」
市場を抜けて案内板を元に、ケイズはリアとともに冒険者ギルドのダイドラ支部前に至る。
「おっきい?広い?」
リアが右から左に建物を眺めて感想を述べる。なんと称するのが正確か悩んだようだ。
軍事国家ホクレンにだけは国に1つも冒険者ギルドの支部がない。見たことのない建物に目を瞠っている。
「こんなに横に広くて大きい建物、見たことない。そもそも冒険者って人達、ホクレンにはいなかったから」
リアが更に告げる。
軍事国家ホクレンは、冒険者たちが生業としている魔獣・盗賊の駆除などは軍隊が組織的かつ徹底的に行う。ホクレンにだけは冒険者ギルドの支部が1つもない。
「中に、店舗入れたり、訓練場設けたりしてるからな。当然、事務書類なんかが多いから。普通に大きい建物が必要なんだろうけど」
ケイズは微笑んで説明する。周囲の建物は高さもあるので冒険者ギルドの造りは近くになると逆に目立つ。
「でも、ホクレンの軍営とかも敷地を広く使ってたんじゃないか?」
ふと思いついてケイズは尋ねた。
「んーん。練兵場とかで敷地は広いけど、建物一個一個はここまで広くないよ」
確かにそういうものだったかもしれない。数度訪れただけのホクレンの街並みを思い出しながらケイズは頷いた。
「ホクレンが軍隊でやっていることを、ナドランドは冒険者って有志がやってるんだと思えばいい。俺とリアの腕前ならいっぱい人の役に立てる」
ケイズの言葉にリアが嬉しそうな顔をする。
ホクレンの女性は滅多に軍隊には入らない。特に筆頭将軍の家は絶対に入れないと聞いた。
(精霊術の関係かな。リア見てると、暴れてるほうがピンとくるけど。ていうか軍には入れなくても訓練はつけるって矛盾してるよな)
クルクルと踊りだしたリアを眺めつつ、ケイズは考えを巡らせる。
我に返ると、目の前にリアの顔があった。
「うわっ、どうした?」
不思議そうに見上げてくるリアにケイズは尋ねる。
「ずっと立ってるけど、入らないの? 」
ずっと二人ではしゃぎながら建物の出入口付近で立っている状況だ。傍から見ていれば馬鹿みたいだろう。
「そうだな、早く登録したいもんな」
ケイズは両開きの木製扉を開けて、リアとともにギルド支部に足を踏み入れる。
「わ、人がいっぱい。賑やか」
リアが声を上げる。
言葉通り、中は冒険者ががやがやと動き回っていた。依頼達成の手続きや魔獣から得た素材の換金。軍隊とは違う統一感のない装備などがリアの目を楽しませているのだろうか。
「あちこちにいろんな支部があるけど、ここは充実してるなあ」
ケイズも左右を見回して告げた。事務的な窓口しかない支部も地方には多いのだ。
左手には喫茶スペースに雑貨屋などが間借りし、右手側は壁で仕切られているので見えないが、『訓練場』と表札付きの扉が据えられている。
何人かが自分とリアに視線を向けてきた。
ケイズは目を細める。
「ぎゃっ」
「なんだ、たけぇっ」
ケイズはリアに下卑た視線を向けた者を地針で宙吊りにした。床の上から発生させ、天井に刺さらない程度の高さに留める。我ながら器用なものだと思う。
ケイズもリアも知らない振りをする。
「いろいろ、これから把握しなきゃいけないこと多いけど。とりあえず登録にいこう」
二人は『登録受付』と書いてある窓口に向かう。1箇所だけ誰も並んでいない窓口があった。
「こんにちは、今日は冒険者登録ですか?」
丁寧に受付の女性が一礼して告げる。リアを見てにっこりと微笑む。
自分たちよりもいくつか年上だろうか。20歳前後の綺麗な女性だ。栗色の髪と琥珀色の瞳が落ち着いた印象を与える。胸元に付けたプレートには『フィオナ』と書いてあった。
フィオナがケイズの背中の角に気付く。
「あら、それは青鎧牛の角よね。依頼達成の報告か素材の換金だったのかしら」
登録と同時に素材を持ち込む人間があまり多くないのだろうか。受付のフィオナが驚いた顔をしている。口調も砕けたものに変わっていた。挨拶が丁寧だったのは挨拶にもマニュアルがあるからだろう。
「街道でたまたま出くわしたので、二人がかりで倒した。今日は登録で間違いない」
今後、仕事をしていけば実力は知られることになる。ケイズはありのままを端的に伝えた。リアは隣で大人しく二人のやり取りを眺めている。
「たった二人で!すごいわね」
フィオナが目を見開く。声が大きい。
ケイズは顔を顰める。称賛も注目もされたくはなかった。
隣の窓口で同じく登録手続きをしている同い年ぐらいの二人組に見られてしまった。視線が青鎧牛の角に釘付けだ。
ケイズは隣の二人組みも無視した。
「だから、今日は登録手続をしてほしいんですけど」
じとりとした視線をフィオナに送りつつ、ケイズは話を戻した。
「あら、ごめんなさいね」
フィオナが悪びれた様子もなく、慣れた手付きで手元の抽斗から用紙を2枚取り出して、ケイズに渡す。
「この用紙に必要事項を記載してね。あと、こっちが書き方の見本。何か分からないことがあったら遠慮なく訊いてね」
更に見本とペンをフィオナから受け取る。
登録に身分証を必要としない。ただし、20歳以下の場合は身元保証人が必要であり、確認の連絡がギルドから同人に行く。多少の問題があっても実力のある人間を確実に抱えるため、緩い制度にしているようだ。
ケイズの場合、既に師匠の老師キバと話がつけてある。連絡が行ってもリアの分も含めて保証人となってくれる手筈だった。
二人分の用紙をケイズはすらすらと記載していく。以後はこの登録情報から作成された冒険者証が身分証明書となる。
「名前違うよ。私、リアラ・クンリーだよ。マッグ・ロールはケイズのだよ」
記載内容を覗き込んでいたリアが口出ししてくる。街の門でも同じ失敗をしていたことをケイズは思い出した。自分が置き去りにされたホクレンの人間だということに、リアは問題意識を感じていないようだ。
「お馬鹿、偽名ってやつだよ。ホクレンの人間だってバレたら痛くもない腹を探られるかもしれないだろ」
周囲に聞き取られぬよう、小声でケイズは伝えた。
リアが頷く。腑に落ちない顔をしている。
「分かった。でも、ケイズに馬鹿って言われたくない」
むくれた顔で不服を申し立ててきた。
「こういうときに、本名使う人はお馬鹿なの」
ケイズは世間を知らないリアに心得を教えてやった。もちろん、自分と姓を揃える必要はなく、多分に願望が入っているのだが余計なことは言わない。
「それでも、やだ」
ぷい、とリアが横を向く。他の名前にしてほしいでもなく、偽名を使うこと自体には納得しているようだ。だからケイズも自分の欲望を突き通すことにする。
「まったく」
ケイズとて、本当にリアのことを馬鹿だと思っているわけがない。ただ、狡さがないだけのことで、そこはむしろ好感がもてる。ケイズは苦笑しつつも二人分の用紙を書き上げ、受付のフィオナのところへと提出する。




