SIDE⑦エリス〜ダイドラの危機⑦
「クロナガスダイルの近くに、他の魔獣が来る可能性は低いかもしれないが、魔術師たちを剣士や戦士、前衛の者たちは守るようにしてくれ」
レザンが全体に向けて指示を出す。
細かい戦略を更に説明してくれる。きっかり半日後、クロナガスダイルを落とし穴の近くに誘き寄せ、動けなくなったところを攻撃する手筈だ。
「我々、生身の人間は反撃をまともに受ければひとたまりもない。一撃で仕留めよう」
グッと握りこぶしを掲げてレザンが締め括った。
反撃をさせなければ犠牲も怪我人も出さずに勝てるのだ。士気を上げ、希望を皆に抱かせてくれる、レザンの話だった。
(まだ、かけるには早いわね)
エリスは建物を立てるためか積まれた丸太の上に腰掛けた。自身の支援魔術と稼働時間とを勘案する。
近くをうろうろしている魔術師たちが話しかけたさそうにチラチラと視線を向けてくるのだった。
「立ち直って、魔術師さんたちを魅了することにしたんですか?」
ほほ笑みを浮かべてステラが話しかけてくる。いつもどおり白銀の鎧に身を包み、背中に盾を負う。
ステラが来て尚更、視線のチラチラの頻度が増した。いずれも男性である。
「そっちこそ、ごっつい剣士さんや戦士さんにモッテモテじゃないの」
皮肉たっぷりにエリスは返してやる。
「お互い、弓職の人には縁がありませんでしたねぇ」
ステラが蒸し返すようなことを言う。
「やめてよ、やっと立ち直ってきたのに」
エリスは睨みつけてやるのだった。
「今度は時間差で私が未練たらたらなんですよ」
苦笑いしてステラが言うのだった。
確かにステラとの長い付き合いの中では、そんなことも多かった気もする。
「未練たらたらでも、あそこにはもう、割って入れるわけないでしょ。今だってどっかでいちゃついてるのよ、絶対」
エリスはあえて追い打ちをかけるように言うのだった。
「また、性悪が戻ってきましたね。その調子ですよ」
苦笑いを浮かべて、ステラが言う。どんな調子だというのだ。
「誰が性悪よ。私はイェレスの聖女なのよ?」
ムン、と胸を張ってエリスは言うのであった。
頭の中では目まぐるしく計算を続けている。ステラと話している内に答えが出て、ここ、という時間になった。
エリスは杖を手にして立ち上がる。
「魔術師の皆さーんっ!支援の強化をかけますっ!早い者勝ちですよー!」
当然、全員にかけるのである。ただ、自分の方へ我先にと駆けてきてくれるのは気分が良い。
「本当に悪い聖女ですね」
呆れた声で告げて、ステラが去っていく。
エリスが支援をかけるということは、ステラ達前衛の面々はいよいよクロナガスダイルに向けて出立するということなのだ。
(無理しすぎないこと。そして、無事でいること、お互いにね)
エリスはステラを見送って思うのであった。
殺到してきた赤色に黄色、といった色とりどりのローブに身を包む魔術師たちに支援をかけていく。
白い聖なる魔力を1人1人、丁寧にエリスはそれぞれに注ぐ。全員にまとめてかけることも出来るが、より強力なのは1人ずつ、しっかりとかける方に決まっている。
(どうか、皆さんの力で)
祈るような気持ちを心の内で繰り返す。
小1時間ほどでかけ終わった。
「すごい、力が漲ってくる。これが第1等級の冒険者の力、か」
誰ともなしに感動してくれることが、エリスの自尊心をくすぐってくれた。
「おまたせしました」
エリスは告げながら、最後に残した、ギルドマスターのレザンにも強化をかける。
「前衛が出発しました。罠の準備も完璧ですよ」
白い魔力を浴びながらレザンが知らせてくれる。
「分かりました。では、参りましょ」
エリスは告げて、伸びをした。
タソロ村から纏まって出立する。
出来得る限りの準備を整えた。そのうえでクロナガスダイル、超上級魔獣と対峙することとなる。
エリスは魔術師たちに囲まれながら進む。さらにその外縁を数人の剣士と戦士が囲んでいる。護衛ということで数名がついてくれることとなったのだった。
(蒸し暑い。ケイズさんならとっくにうだってるわね)
襟をパタパタさせながらエリスは思うのだった。
(そもそも、あの2人がグズグズしてなければ、今頃はもう楽勝で。こんな大掛かりで面倒くさいこともなかったのに)
本領を取り戻すといつもの不平不満が湧いてくる。物事は一長一短なのであった。
丈の長い草地、ぬかるむ地面。時折、下級魔獣と遭遇するもさすがに手練れの集まりである。リアほどではなくとも手際良く駆除してしまう。
「そろそろだ、全員、気を引き締めろ!」
レザンが珍しい大声をあげた。
「いたぞおっ!」
さらに数分後、知らない誰か冒険者が叫ぶ。
その言葉どおり、木々よりも高い位置に巨大な鰐の頭が見える。60メイル(約20メートル)はあった聖炎のゴーレムと同等か少し大きい。
(いよいよね)
準備が主な役割だった。だが、全てではない。ここからまた出来ることが生まれてくるかもしれない。
(全部、難無くこなしてみせてあげる。ジード様の目の前で、ね)
エリスはむくむくと自身の中で『性悪』が頭をもたげるのを感じる。
(私じゃなくて、フィオナさんを選んで、勿体ないことしたなって、後悔させてあげるんだから)
この期に及んで不謹慎な動機を抱く、イェレス聖教国の聖女エリスなのであった。




