18 婚約②
「別に兄様がダメって言っても結婚するもん」
すげなくリアが言い放つ。クロウの方はリアからは嫌われているらしい。兄弟の関係性を、ケイズはしっかりと頭に刻み込んだ。
「あと、兄様、私たちね、ダイドラで暮らしたいの。冒険者になったって、私、ちゃんと言ったよ?なんで、なかったことにして、ケイズを軍に入れる話、するの?」
怒った顔でリアが言う。
ケイズとしても指摘したかった事項ではあるが、どう話を向けようか悩んでいたことだった。
「リア、だって、それはっ!」
なぜかすがるような眼差しをケイズはクロウから向けられた。やはり、一喝して言う事を聞かせる、という間柄ではないらしい。
(思ってたのと、全然違う人なんだな、ほんと)
ケイズはつくづく思うのであった。仕草や様子とは裏腹に、ビンビンと人を圧倒するような魔力を発してはいるのだが。
「リア様、軍としては、御二人の結婚を国民に納得させるにあたって、ケイズ君の入隊があったほうが分かりやすいのですよ」
苦笑いを浮かべて、鷹のような風貌の親衛隊長ゲイリーが言う。まるで子供に言い聞かせているかのようだ。
「国を挙げての祝い事、とするのにも、その方が良いでしょうね」
もう一人の親衛隊長カスルもなだめるように言う。
ケイズも聞いていて確かにそのとおりだろう、と思った。
2人とも頭ごなしに言っているのではない。リアから納得と同意を引き出そうとしている。自分とリアの今後を思って真摯に言っているから、リアも拗ねるに拗ねられない。
困った顔で自分に抱きついてくる。
(この2人から、軍に入ってほしい、か)
直接、戦ったことがなかったとはいえ、厳密には敵だった人々からも評価されていたのだ、というのはケイズとしても満更ではない。
(さて、どうしたものか)
ケイズは愛しいリアの頭頂部を見下ろして思う。なにをどうすれば、こうも小さく可愛らしいのか。
(いかん、そうじゃなくて、軍に入るか入らないか。リアの気持ちと幸せが一番大事)
リアさえ良いなら、ケイズとしてはダイドラにこだわるつもりもなかった。家族と一緒のほうが幸せかもしれないのだから。
「ダイドラにはお友達、クランの仲間がいるの。私はダイドラに帰りたい」
リアがそっとケイズの耳元で囁く。ケイズに言っているようで、その実、耳の良い兄やゲイリーたちに伝えているのだった。
「でもね、私ね、ケイズが、ホクレン軍に入りたいなら。うん、兄様には、ああ言ったけど」
リアが自分を下から見上げて告げる。リアはリアで自分たちの幸せをしっかり考えてくれているのだった。
(なんだ、この可愛い生き物は)
ケイズはとりあえず何もかもどうでもよくなってきた。
お互いにお互いを思い合っているのだ。
「リアーッ、なっ、兄ちゃん、干渉するの我慢するし、あまり口も挟まない。邪魔もしないから、なっ、兄ちゃんたちとホクレンにいてくれー」
とうとうリアに懇願し始めるクロウ。
放っておくと妹の太腿にすがりつきかねない勢いだ。
「もうっ、そもそも兄様がナドランドへ私をお嫁に出そうとしてたのに」
もっともなリアからのご指摘である。
悄気返っているクロウの背中を婚約者のネリスが優しくさすってやっていた。
(よく、この人、一度はリアをヒエドラン王子のところに嫁がせようと出来たな)
さすがに半ば呆れてしまうケイズであった。
「でもリア、家族の人とかと離れて、寂しくならないか?」
後でリアが寂しがっているのを見るのも辛い。
ケイズは確認する。
「兄様も姉様も、とっても強いから。離れてても大丈夫。また、いつかは会えるよ」
リアにはリアなりの考え方があるのだった。
「フィオナとかエリスたちには、私達がいないとだめだけどね」
信頼しているからこそ、離れてもいいのだということらしい。
途端にクロウが満更でもない表情を浮かべる。現金な人のようだ。が、ゲイリーと目が合うと咳払いをする。
「いいや、だめだ。やはり俺の血縁で、となればリアにも。そして実力からしてケイズにも。ホクレンにいてもらうしかない。婿入りって形しか取れないんだからな」
首を横に振って、クロウが言う。いかに溺愛していても、国家元首としての立場があるのであった。
ケイズはリアを見る。むんっ、と唇を引き結んで一歩も引かない構えだ。
つい愛おしくなって、ケイズは笑みをこぼしてしまう。
「感情論じゃなくて、実務的な意味でも、俺たちがダイドラにいることには、ホクレンにとっても利益があると俺は思いますけど」
肩をすくめてケイズは助け船を出す。
「何?どういうことだ?」
クロウの興味を引くことには成功した。義兄が自分に目を向ける。
「他国に身内や気心の知れた実力者を置いておくことは、本来、軍事国家ホクレンにとっては、アリ、なんじゃないですか?」
ケイズはかねてから用意しておいた話を切り出すこととした。
(俺がホクレンに入るのでも、俺は全然良かったんだけど)
どういうことだろう、とキョドキョドと落ち着かないリアの様子が可愛い。何年も前からリアとともに他所の国で暮らすしかない、となった時に備えて調べ上げておいたのである。
「軍事国家ホクレンは、もともと国家じゃなかった。今もなんなら違う。シュバルトやエスバルと並ぶ大国フェンの地方軍だったんでしょう?」
ケイズの問いかけに、クロウの顔から表情が消える。
ゲイリーやカスルも腑に落ちない顔をしていた。そこを強く意識しているのはやはり、一部の者だけなのだ。
今、現に国として存在しているホクレンである。いちいち気にするものは少ない。まして自分たちの結婚とどう絡むのか、など分からないだろう。
「でも、国のほうが先に滅んだので、あなた方のご先祖は自分たちを率いる存在を失った。でも、ホクレンの首脳部は自分たちの本来を忘れてはいない。軍であることを見失わずに、未だ軍事国家という形を崩さない」
ケイズはまだ語り続ける。なかなか本題には至れない。
「それがお前たちの新居となんの関係がある?俺はもう、お前たちの新婚生活のために、豪邸を建てるべく、土地の手配をしているとこなんだぞ?」
クロウが衝撃の事実、なんとも魅力的なことを口走る。
(リアとの豪邸っ?!)
ケイズは束の間揺らぎそうになる。
しかし、リアがペチペチと上腕を叩くので我に返った。
「あなたたちの正式な名称は、大国フェンのホクレン方面軍、というのが正しい。つまり、あなたたちは未だに、自分たちを率いてくれる人間の登場を待ってる。そして、そんな大人物はどこにあられるか、生まれてくるかも分からない」
ケイズはまた説明に戻る。
話がようやく本来したいところへと落ち着いてきた。
「だから、ダイドラに、信頼のできる血縁がいるのは悪いことじゃなくて、名分の立たないことでもない」
ケイズは言葉を切った。クロウや場に居る人々の反応をうかがう。感心しているようで悪い感じはしない。
「俺たちがダイドラにいても、間違いじゃないんでしょう?ダイドラにそんな人物が出てくるかもしれないんだから」
ダメ押しのつもりでケイズはクロウに尋ねる。
嬉しそうなリアの様子はあえて目に入らないようにした。
「よく調べたもんだ」
感心してクロウが言う。リアの姉であるセイラも似たような表情だ。
好きな女の子が生まれた国の歴史を調べるのは当然だ、とケイズは思っている。
「だが、足りない」
思わぬことをクロウが言う。ふざけた風でも情けない顔でもない。
「俺は国の歴史や伝統になんて縛られない。だから弟も妹も。家族も部下も大事にする。当然、責任もあるからいろいろと天秤にかけるがな。俺はリアの幸せを願って、ナドランドに嫁がせようとして失敗した。そこへの後悔はあるが、本義を見失ってはいない」
今までで一番、真摯な口調でクロウが言う。本当に良い兄の顔だった。
だからリアも生意気な口を挟めない。
「遠くに嫁がせて、妹が幸せになれるのか、大事なのはそこだ」
重ねてクロウが言い、椅子に寄りかかって告げる。
「一度、しくじった人がよくいうわ」
涼しげな声が割って入ってくる。リアの姉セーラだ。
「セーラ、いや、それは」
クロウがまた、情けないお兄ちゃんに戻る。セーラもまた、溺愛の対象らしい。
「ケイズ君なら、リアのためにここまで調べ上げてくれる男の子ならいいや、って、もう、兄さんも思ってるくせに」
苦笑いしてセーラが言う。
「まぁ、そうだ。好きにしろよ、2人とも」
ポツリとクロウが言う。
「え、兄様、良いの?」
キョトンとして、リアが言う。
「多少、ホクレンのため、国益のために多少呑んでもらうことはある。敵対しない、とか、な。それぐらいでいい」
クロウが絞り出すように言った。
「ほんと?兄様、ほんと?」
リアがクロウの方を向いて確認する。
「ランドーラ地方、一番の実力者のところへ嫁がせる。それで名分は立つようにしてやる。単独で竜2匹を圧倒したっていうのも加えれば、どうとでも、俺ならしてやれるよ」
今までで一番優しい口調でクロウが言い切った。
「やった、やった、兄様、ありがと」
飛び跳ねて言うリアを見ていて、ケイズも幸せに感じる。
こうして、2人は婚約し、ダイドラで新生活を始める運びとなったのであった。




