S IDE⑥ リア〜再会①
軍事国家ホクレンの本拠、本営の自室にリアはいた。最近は暇でとにかく走っている。身体を動かしていないと、とかくモヤモヤしてしまうのだ。
ホクレンの本拠は山の麓に位置しており、軍営のすぐ西には市街地が広がっている。街を走っていると気軽に声をかけられるのだが。
(みんな、子供扱いする)
リアは昨日も焼き菓子を露天商の女性から受け取ってしまったことを思い出す。由々しき事態だ。
今日も外に出てあてどなく走ろうとしていたところ、兄クロウの親衛隊弓手部隊隊長のゲイリーに呼び止められた。
ニコニコしながらとても良い知らせを伝えてくれる。
「ホント?良かったっ!」
リアは飛び上がって喜び、涙を流す。
無事にケイズを保護して、カスルたちがホクレンの本拠に向かっているという。
同じように喜んで、ゲイリーもうなずいていた。まだ若いはずなのに、孫を見るおじいさんのようだ。
「いつ、着くのかな?」
リアはそわそわしてしまい、走りに行くどころではなくなって、なんとなく衣装棚を開いた。
ネリスから貰ったヒラヒラのドレスが増えた中、以前からの私服もきちんと並んでいる。なにかと片付いていないと落ち着かないのだ。
(変な格好じゃ、やだ。せっかく久し振りだもん)
リアは自分の身体を更に姿見の鏡で確認して思う。鏡の中に猛禽類のようなゲイリーも、気持ち悪いぐらいニコニコしている。
今は走りに出ようというところだったので、膝丈の灰色ズボンに、紺色のシャツという男の子のような格好だ。さすがによろしくない。
(それにホクレン筆頭将軍家の子女としては正装じゃない。皆の前で、ケイズに会うのに良くない)
恋人と再会するのだ。頬が赤らむのを感じつつ、リアは寝台の上に碧色の道着様衣装を取り出して並べた。当然、両脇には風竜の牙からつくられた短剣2振りが仕込んである。
「リアッ!」
ノックもせずに諸悪の根源、長兄にして、軍事国家ホクレン筆頭将軍クロウ・クンリーが飛び込んできた。
リアは無言で顔すら向けることなく、風の小虎を顕現させ、丸めてクロウに叩きつける。
ゴゥンッと重苦しい音が轟く。
「ぐぁっ!」
あえなくわざと当たって、クロウが吹っ飛ぶ。
やられたと見せて、実は氷の壁で防いでいるのだ。白々しい。
「キャァッ、クロウ様っ!」
兄の婚約者ネリスも一緒にいたらしい。デンガン公国公王の娘であり、褐色肌に小麦色の髪をした可愛らしい少女だ。
リアは顔すら向けていないので、声によってネリスにも気付く。なんとなく、いるのだろうと思ってはいたが。
ゲイリーが苦笑いである。
振り向くと、壁にぶつかって目を回している、フリをしているクロウを、ネリスが助け起こしているところだった。
「もうっ、リアさんっ!クロウ様に痛くしちゃダメって、いつも言ってるのに」
優しいネリスがクロウを庇うのだ。怪我がないかを愛おしげに確かめている。対して完全に惚れ込んでいる兄のクロウはされるがまま、デレンデレンだ。
何を見せつけてくれているのだろうか。
「知んないっ!」
よってリアも兄のことについてだけは、たとえネリスが相手であろうと安定のそっぽである。2人きりで話すときは仲良しなのだが。
(そもそも痛くないはずだから!)
きちんとクロウが防御していることをリアは見切っているのである。
「いいんだ、ネリス。リアッ、良い知らせだ。ケイズ・マッグ・ロールが見つかったぞ」
今更のことをどうだ、と言わんばかりに胸を張って言うクロウ。
リアは素っ気なく視線を寝台の上へと戻す。
「知ってるよ。ゲイリーがもう教えてくれたもん」
リアはまた寝台の上に置いた正装の碧色道着とにらめっこである。ほつれているところ、破れているところ、変なところがないか、よく確認しなくてはならない。
「見つけたのはマカントで、連れてきてくれるのはカスルだよ。兄様は何もしてくれなかったね」
皮肉たっぷりに憎まれ口をリアは叩いてやった。
「うぐっ」
落ち込んだ真似をしてもダメである。少し気を許すとすぐ調子に乗るのだから。
(今回はみんな、呆れてるんだよ)
リアは自分に対してだけとても愚かな兄を見て思う。
ゲイリーやカスルも、マカントも本件についてはクロウに怒ってくれていて、誰も失点を挽回させてやらなかった、ということだ。
まして、これからケイズ本人が来るのである。口では交際を認めてくれていたが、いざ本人を前にすれば、どんなお馬鹿がクロウから飛び出すのか、知れたものではない。
この皆での扱いには無言の連携、牽制という意味合いもあった。
「リアさん、さすがに」
優しく、クロウとの付き合いが深くもまだ短いネリスだけがクロウの味方だった。
「ひどくないよ。私がちっちゃいときから、ずっと兄様がお馬鹿してきた、そのツケなんだよ。自業自得だよ」
リアはクロウを睨みつけてやった。
幼いときからの話では、ネリスも反論しづらいだろう。困った可愛い顔で黙ってしまった。リアに友達ができるたび、素行調査や実力行使をしていたような兄である。
(あんまり言うとネリスに嫌われちゃうから、黙ってあげてるだけ、私たち、優しいんだよ)
リアとしては情けをかけてやっているぐらいなのである。
「今度、ケイズのこと、蹴ったり痛くしたりしたら、絶交だよ」
代わりに本気でリアは言い放ってやった。
実際、クロウに翻意されてしまったなら、ケイズと暮らすため、兄とは縁を切る覚悟までリアは決めている。
生半可な気持ちで、あのとき告白したのではないのだ。
「そ、そんなっ!リア、過激すぎる!」
再び落ち込んだふりをするクロウ。
「本当だよ。ケイズと暮らせないんなら、私、自分が死ぬか兄様を倒すか、離れるかしかないと思ってるよ」
リアはさらにクロウを見据えて断言する。行き違いとはいえ、自分を他国に置き去りにしたのだ。そこで知り合った相手と仲良くなり、いよいよ、というところを妨害されている。
むしろ、穏当なくらいだ、とリアは思う。
「リア様、それぐらいにしてやりましょう」
苦笑いのまま、ゲイリーが間に入ってくれた。
「ケイズ殿?いや、君?との結婚は我が国にとっても益がある。今更、閣下も翻すつもりはないでしょう」
優しい言葉にリアはうんうん、と頷く。
少しだけ心配なのは、ケイズが時々、少し変になったり、気持ち悪くなったりしてしまうことだ。リアにとってはなんら苦ではないが、ダイドラの友人たちにも呆れられていた。
(ケイズ、ちょっと暴走する)
リアは今までのあれやこれやを思い出し、少しだけ心配になってしまうのだった。
だから、長兄のクロウを、目の前にいる今のうちに、徹底的に締め上げておくしかないのである。
「兄様、せめてケイズの前では、ちゃんとしたお兄ちゃんのフリしなきゃダメだよ」
リアは本気で言った。もう根っこがちゃんとしていないのは仕方ないのである。
「そんなっ、リアッ、なんて言い方を!」
クロウが哀れみを乞う情けない声を出す。
「めっ!」
そんな兄をリアは手刀で戒める。
ネリスとゲイリーがしょうもない、兄妹のやり取りを前に、すっかり困惑しきっているのであった。




