15 東の都市ダイドラ②
「家はもうあるんだよ。所持金もまだ、当面は困らないぐらいはある。この青鎧牛の角だって、換金すればかなり高いから」
ケイズはリアを安心させようと丁寧に説明した。
師匠キバとの修行で、ケイズはかなりの金を得ている。修行の一環で倒した魔獣の素材を売った金に、ナドランド王国軍に従軍して得た報酬などだ。
地形を操ることの出来る自分やキバは軍の中に入れば効果的な活躍ができる。相手の陣地だけを泥濘に変えたり、土の壁で遮蔽物を作ったりするだけで、有利不利が簡単にひっくり返るからだ。
こうして得た報酬や金品は、全てリアとの生活を夢見て不動産を購入したり、貯金にまわしたりした。実際、ダイドラ以外のいくつかの街にもケイズは不動産を持っている。
「普通、家までは準備してないと思うけど、ケイズなら普通なんだね」
リアが珍しく、何かを諦めたような口調で言う。
そして立ち止まってしまうと、少し考え込むような顔をしてから、人通りの少ない路地にケイズを引っ張り込んだ。
「全部、ケイズに助けてもらって、準備してもらってはおかしいよ」
いつになく真摯な口調だ。真っ直ぐにケイズの目を見上げてくる。このままではいけない、というリアの気持ちがひしひしと伝わってきた。
(俺、なんか間違えたかな)
流れからして、家を準備したことが普通ではないということについて話したいのだとは、ケイズにも分かった。
普通が何だかがケイズには分からない。リアがどうして目的地に着いたのに今更、改まって話をしようとするのかも。ついさっきまで手放しで喜んでくれていた。
物心ついた時には、自分の周囲は砂嵐だった。時々、山などにいれば土砂崩れも発生させていたらしい。
自我を精霊に呑まれかけていて、暴走する寸前の状態だったという。精霊術師は生まれた後にも精霊に喰い殺されることはあって。幼い頃のケイズは正にその危機に晒されていた。
しかし、希少な精霊術師を失うことも避けたがっていたナドランド王国の上層部によって、王城の一画に拘束・封印されていた。どこか王城内に建てられた塔の天辺だったとおぼろげに記憶している。ずっと何もすることが出来ないで、魔力を増幅させるという魔法陣の上に座っていた。
したいことも欲しいものも何もなくて、砂にまみれて消えるのだと思っていた。別にそれでも構わないとも。地蜂はあの当時、自分をゆっくり魔力もろともに食らうだけの存在だった。
親兄弟の名前も顔も未だに思い出せない。師匠のキバだけは少しでも命を永らえさせようと、術を施しに顔を出していたが。そもそもケイズは、自分がどこで生まれて育ったのかも思い出せずにいる。ナドランド王国内ではあったようだが。
(でも最初は老師キバも師匠じゃなかった)
無理矢理に体の中から魔力を絞り出して喰い殺されないようにしていたという。その術の詳しい使い方はまだ習っていない。精霊術師の自分では使えない術だったのかもしれない。
リアの魔眼に近いことを、外から他人が無理矢理やっていた。根本的に問題を解決し本当に生きていくには、自分の力で魔力を錬成するしかないのに。
ケイズはいま、またリアの顔をまじまじと見つめる。どこか悲しそうな顔だ。
死ぬはずだった自分を本当に救ってくれたのは、幼くしてヒエドラン王子との婚約のために王城にやってきたリアだった。
自分とは違った碧色の綺麗な風に包まれて、楽しそうに踊っていた。今思えば、風の勢いに任せてクルクル回っていただけなのだろうが。
自分と同じように精霊を体に宿しながらも活き活きとして楽しそうで。
リアを眺めている内に、話したい、会いたい、近寄りたい、さまざまな願望が浮かんできて、ケイズは自我を取り戻した。活きる気力とともに、自発的な魔力量も増えて、自分は地蜂を制御する力を得たのだ。
(俺が生きているのはリアに惚れたからだ)
リアに惚れ込んでいなかったら生きていないのだから、自分の命の意味はそうなのだろうと、今でもケイズは思っている。
皮肉にも、将来結婚するはずだったヒエドラン王子の不興を買って厳しくされて、見る見るうちにリアが萎んだ花のようになってしまった。
自分ならば、リアをどこまでも可愛がって添い遂げるのに。落ち込ませるなんてあり得ない、とケイズはもどかしく思っていたのに。
ケイズはケイズでやりすぎて今度は悲しませている。何でもかんでも自分でやって借財感を追わせ続けて、籠の中の鳥にでもするつもりだったのか。
萎れたリアを見るのは当然ケイズも望んでいない。
「ごめん。リアと一緒にいたいって、結構前から思ってたから」
ちゃんと思っていることが伝わるといいのだが、と思いながらケイズは言葉を選んで告げる。理性では自分の愛情は、リアにとって受け止めるのに重いかもしれないとようやく分かったから。
「全部、不便が無いようにって考えて準備してきたから、だいぶ、やりすぎたかも」
金や家ごとき、自分の命の意味とは比べるべくもない。そう思って、勢いに任せて準備してしまった。それが原因で辛い思いをさせるのでは本末転倒だ。
「うん、やり過ぎだし。とってもお節介」
リアが苦笑している。
嫌われたわけではないのだ。ケイズはつい安心してしまう。
「他にもいっぱい、やり過ぎてる」
地針で作った男どものオブジェを一瞥してリアが言う。ぴとりと身を寄せてきた。
「最初にケイズが言ったんだよ。私、だめじゃないよって。同じぐらい強いよって」
リアが自分と一緒についてきてくれた理由を本当には自分も知らない。ただ、リアなりに覚悟を決めてくれていたのだと思った。
「不便だって良いよ。ずっとケイズが準備してたことに甘えて、助けてもらってばかりのほうが嫌だよ。だって、同じぐらいなんでしょ?」
ケイズの胸の辺りにリアが顔を埋める。
準備しすぎて泣かせてしまった。
「約束してね。今までのはもう変えられないけど。これからは全部自分でやらないでね」
助けられてばかり、してもらってばかりというのは嫌なことかもしれない。確かに自分が逆の立場なら嫌だ。気を使ってしまう。
(当たり前のことだったな)
ダイドラに連れてきて、これからどうしようと困り悩みながらでも、考えたり工夫したりするのはきっと楽しかったはずだ。リアもどうしようかな、と新しい人生を楽しむつもりでいたのに、全部お膳立てされていれば嫌な筈だ。
だからいま、言い出したのだろう。手遅れになる前に。どちらかが決定的に嫌な気持ちになってからでは、もう修復できないかもしれないから。
(二人で生きるって事の意味を、俺のほうがまるで分かってなかった)
ケイズは反省しながら、リアの頭を優しく撫でる。
「約束する。もうひとりで勝手に全部やったりしないから」
リアが顔を上げる。まだ目は潤んでいて目が赤い。
「んーん、こっちこそ、せっかく連れてきてもらって、浮かれてた癖にごめんね」
首をぶんぶんと横に振った。
顔と体をケイズから離す。不謹慎ながらひどく名残惜しい気持ちにケイズは襲われた。ついさっきまで叱られていたのに。
リアが拳で涙をごしごし拭いた。にっかりと笑う。
「いつもありがとう。でも、私も、ケイズにありがとうって、もっと言われたいんだよ」
それなら、自分のほうが言い足りないくらいだ、とケイズは思ったが口には出さなかった。これからは言う機会がいくらでもあることだろうから。
気を取り直して二人は、街の中央部にある冒険者ギルドのダイドラ支部へと向かった。




