S IDE④リア とにかく寂しい②
(でもケイズは何も知んなくて、兄様を1から納得させるなんでしょ)
リアは遠い目をしてここにはいない恋しい相手に語りかける。
兄のクロウは軍事国家ホクレンの筆頭将軍、若いが国家元首なのだ。一国の元首を納得させるだけの材料を集めようとして、かなりの無理難題を自らに課しているのではないか。
また、リアの内でケイズへの心配がムクムクと頭をもたげてしまう。
「リーアッ」
諸悪の根源にして、心配事の元凶がノコノコと姿をあらわした。
ノックもせずに兄のクロウが部屋へと入ってくる。
「来ないでっ」
容赦なくリアは即時に風の小虎を顕現させると風小玉にしてクロウに叩きつけてやった。
「ぐおおっ」
わざとらしく吹っ飛ぶクロウ。とっさに憎たらしくも氷の壁で直撃を避けている。
「キャアッ、クロウ様っ!」
兄を心配して駆け寄るネリス。目を回している兄の髪をかきあげ、顔を覗き込んで確認している。
「心配要らないよ。その助平変態はネリスに心配されたくて、わざと当たったフリだよ。本当は全然直撃してなくて痛くないんだよ」
冷たくリアは言い放つ。
『助平変態』はリアの知っている中ではもっとも腹の立つ男性に送る蔑称である。
「それでもリアさん、痛いのはダメですよ」
クロウを助け起こしながら、プリプリと怒ってネリスが言う。愛おしげに兄を見つめる眼差しはどこまでも柔らかい。
兄にはつくづくもったいない女性だ。
「ネリス嬢、ありがとう。でも、これは日頃の行いが招いた報いだ。兄として甘んじて受けなくてはならんのだ」
まったく格好良くないことを何やら格好つけてクロウが言う。甘んじて受けなくてはならないのなら、ちゃんと直撃を受けて大怪我すべきだ。
ただネリスにデレンデレンになっており、さりげなく甘えているのである。始末に負えない。
「むうーっ」
リアは唸り声をあげる。
この愚か者の助平変態は、自分に可愛い婚約者とのデレンデレンを見せびらかすために、ホクレンへと連れ戻したのだろうか。
「まったく、何をしているんですか」
ひょろりと背の高い兄直属の親衛隊長ゲイリーが入ってきた。猛禽類を思わせる鋭い眼光の持ち主で弓の達人だが、リアに向ける視線は優しい。小さい時から兄のクロウに煩わされているのを、よく知っているからだ。
相棒であり、剣士隊の方の親衛隊長カスルも一緒である。こちらは中肉中背の精悍な武人だ。
「リア様もずっと部屋にいるのでは気が塞ぎませんか?久しぶりに手合わせなどいかがです?」
カスルが自分用の木剣と、リアの遣う2本の短い木剣を見せながら告げる。クロウには到底真似の出来ない気遣いだ。
剣技だけならクロウと並ぶかより強いとされるカスル。軍事国家ホクレンでは当代最強の剣士だ。実力はバンリュウとも互角以上だという。
「うん!ありがとう、嬉しい!」
リアは頷いて快諾した。カスルとの訓練は自分にとっても勉強になるからだ。
ケイズと引き離されてすぐに、まだダイドラに滞在していたマカントとエイナに命じて、捜索の手配をしてくれたのがカスルとゲイリーである。諸悪の根源である愚兄のクロウからは、ただなんの役にも立たない謝罪を浴びせられるばかりだった。
思えば2人とも幼い時から、クロウが粗相をするたびに尻拭いをしてくれていたものだ。
「リア、俺も、兄ちゃんとも」
クロウが付き纏ってくる。
3人で、練兵場へ向かおうというところだ。本当にうっとおしい。
「ヤダ」
リアはツン、とそっぽを向いて告げる。少しでも仲良くするとすぐ調子に乗るのだ。小さい時から変わらない。
「ケイズと会うまで、兄様は許さない」
改めてリアは断言した。
「そんな」
泣きそうなふりでクロウが悲痛な声を出す。
「怪我とかしてても許さない」
重ねてリアは断言した。
先を行くカスルとゲイリーが笑いをこらえている。肩がプルプル震えているのだ。
「2人とも、笑い事じゃないよ」
憮然としてリアはカスルとゲイリーにも告げる。
「兄様がお馬鹿して、自分の大好きな人を蹴るの想像して」
リアの真剣な言葉を受けて、カスルとゲイリーも笑うのを止めた。
「確かに」
「とんだクソ野郎ですな」
2人が声を揃えて、クロウに侮蔑の眼差しを向ける。
腹心たちに睨みつけられて、兄がネリスの後ろに隠れた。なぜか遠慮がちに守るようにネリスが2人の視線を悠然と受け止める。
「いや、俺だって、女の子は理由もなく蹴らん」
クロウがネリス越しになかなか下劣なことを言う。
「理由があっても蹴ってはダメですよ」
とうとうネリスにまで優しく諭されている。
また、デレデレ2人で話し始めたのを置き去りに、3人で練兵場へと至った。他の兵士は誰もいない。人払いをしていたようだ。
(別にいいのに)
思いつつ、リアは2本の木剣を構える。
一本の通常の木剣を手にしたカスルと向き合った。
「カスル、リアに怪我させたら氷漬けにして解雇だからな」
クロウが余計なことを言う。
手加減などされたくない。そもそもカスルがいなくなったら困るのは兄の方だ。
「兄様は黙ってて!」
怒鳴り、リアはカスルへと飛びかかる。
いくら素早く激しく斬りかかっても当たらない。あくまで剣技の訓練だから風の精霊術も魔眼による身体強化も無しだ。
途中、何度かリアの斬撃を木剣で受けながら、カスルが驚いたような顔をする。
(でも、全然、カスルは引っかかんない)
以前、ステラに高い方が直線的過ぎると言われた。
向き合って、カスルに何度か動く気配だけを見せる。先に相手を動かしてから隙を突こうと思うのだが、カスルの剣先はピクリとも動かない。
(ステラは、時々、引っかかってたのに)
結局、焦れて自分の方から飛びかかってしまう。
どれだけ動き続けたのか。
リアはすっかり息が上がってしまった。結局、カスルに動かされ続けたのは自分の方である。
「むぅ」
リアは唸った。
兄のクロウがネリスに膝枕をしてもらって、大いびきをかいている。
「成長されましたね」
カスルが汗拭きの布巾を渡して言う。
「マカントの奴よりもうよっぽど強いでしょう」
カスルに褒められると本当に嬉しい。
少しだけリアは笑うことが出来た。
「ケイズ殿のことも大丈夫ですよ。この世から消えてしまったわけではないから、マカントの奴ならまもなく見つけてくることでしょう」
ゲイリーも訓練終了と見て、近付いてきた。
「うん」
リアも汗を拭きながら頷く。
「まぁ、我々としてもあれだけ手強かった、ケイズ・マッグ・ロールとの婚姻自体には賛成なんですがね」
ゲイリーが苦笑いして言う。
「むしろ、そこだけなら英断ぐらいに言ってあげたいですな」
カスルもチラリとクロウを見て告げる。
ケイズとのことを2人とも悪く思っていないと分かればリアも嬉しい。
確かに、つい最近までバンリュウ軍と激しく戦い、万単位の犠牲を出したケイズを、自分の夫として迎え入れよう、などとは思い切った決断だと思う。
「リア様を連れ去らずにやってくれれば、素晴らしかったのですが」
ゲイリーが複雑な表情である。
「私もゲイリーもまさか連れ去るとは。せいぜい様子見かと、あのときは思っていたのですよ」
カスルも申し訳無さそうだ。
結果的にはケイズが無事に姿を見せてくれれば、2人のごめんなさいは要らないよ、とリアは思う。
(ケイズ、無茶せずにすぐ来てくれるといいな)
心の底からリアは思うのであった。




