11 地竜討伐②
ケイズはよろよろと立ち上がる。
視界が翳った。
どうせまた上にいるのだろう。
ケイズは杖を振るって、またしても一際大きな石弾を地竜の首筋に叩きつけてやった。自分は地針よりも石弾のほうが得意なのだ。
「グギャアア」
横倒しになった地竜が苦悶の絶叫をあげた。声だけでも鼓膜が破れそうな程に痛い。悲鳴ではなくて、攻撃なのだろうか。
耳を塞いで一瞬、視線も外してしまう。
「うるせえな」
頭を振って、視線をケイズは地竜に戻す。
真っ赤な口が自分の方を向いていた。いや、赤いのは溶岩だ。
「おう」
とっさの土壁で溶岩を防いだ。
が、続く尻尾の一撃に土壁を崩される。
またしても砕けた土壁の破片に身体を傷つけられた。更に尻尾の風圧。
身体が転がる。いちいちどこをやられたのかを考える暇もない。
すぐに立ち上がって、ケイズは反撃の石弾を速射してやった。鱗の上からでも地竜に激痛を与えているのが分かる。
怯んだ地竜の瞳だが、怒りの炎が燃えていた。
ケイズの内側からもふつふつと、理由のわからない激情がこみあげてくる。
(このトカゲめ、もう許さん)
自分も似たような瞳をしていることだろう、とケイズは思う。
構いはしなかった。何が何でも地竜を独力で討伐し、生きて帰ってリアにプロポーズをしなくてはならない。他のことは一切を一旦頭の中から除き去った。
リアの愛らしい笑顔を思い出すたび、身体の底から魔力が湧き出してくるように思える。
お互いに地竜と自分とは地属性同士だ。弱点など、どちらにとっても突きようがないのであった。愚直にただただ力をぶつけ合って、どちらが生物として上なのか。ケイズの魔力と地竜の生命力と、でそういう勝負となる。
どれだけの時間、身体から魔力を絞り出し、ぶつかりあったのか。
(日が昇る回数すら分からん)
最初に思い出したのは、碧色の風を纏って、くるくると踊るリアの姿だ。まだ11歳かそこらだろうか。
次に婚約破棄の場面。2人で王都ニーデルからダイドラヘの旅に出て、青鎧牛を倒したり、黒騎士と戦ったりした。
ダイドラに着いて冒険者となってからも。楽しかった、という思いだけが残る。
コボルトの討伐に始まり、オオツメグマを倒し、一角竜を殺そうとして、エリスとステラと出会った。
騙されてはいたが、飛竜をたくさん倒して仲良くなり、バンリュウに殺されかけながらも、もっと仲良くなって。
温泉郷で口吻されてからの逆告白までしてもらえた。1番、嬉しい記憶だ。
ふっと、ケイズは我に返る。杖にもたれるようにして立っていた。辺りはリアの姿も気配も何もない岩場だ。
眼前では、地竜がぐったりと地面に突っ伏している。
ケイズも傷だらけだが、地竜も傷を負い、鱗もいくらか剥がれ落ちていた。精も根も尽き果てた、といった印象だ。
(勝つのは俺だ)
身体はともかく、魔力だけならまだ身体の中から湧き上がってくる。杖も2本とも温存していた。余剰な魔力をすべて、命を削るようにして、杖に注ぎ込んで分解することが出来る。
「待て」
不意に地面が底響きするような声が告げた。
当然、自分の声ではない。
ケイズは地竜を見た。疲れ切った顔で目を瞑っている。周囲を見回しても他に誰もいない。
「喋れたのか」
ケイズは言い、魔力を杖に流し込み、分解して地竜にトドメを刺すこととする。
喋れるから何だと言うのか。あとはトドメを刺して倒すだけなのだ。今更、命乞いを聞くつもりもない。
「だから、待て、と言っておろうが!」
慌てた様子で地竜が告げる。
動く力も残していないくせに偉そうだ。
「貴様、なぜこんなことをするのだ?」
挙げ句、勝手に話を進められてしまった。
仕方なく、ケイズもため息をついて、話に応じることとする。すっかり戦意をそがれてしまった格好だ。
「そっちから襲ってきておいてよく言う」
それでもケイズは腹が立つので恨み言をぶつけてやった。
「いや、先に攻撃してきたのはお前の方だ」
地竜の言葉にケイズは首を左へ傾げる。
数日間、ずっと戦い通しだ。若干、記憶が混濁している。
「言われてみれば、そうかもしれない」
ケイズは言いつつ今度は逆側に首を傾げた。
指輪が目に入る。茶色の、地属性の魔鉱石で作られた指輪だ。自分の正当性をしっかり主張しなくてはならない。そんな気分をケイズは抱いた。
「いいか?この指輪にお前の涙をぶっかければ、魔力を増強する素敵な魔道具が出来上がるんだ」
地竜相手にケイズは大真面目に指輪を見せながら説明する。
更にリアへ渡す予定の碧色、風属性の魔鉱石で作られた指輪も、懐から取り出して見せてやった。大事なものなので、どれだけの激闘であろうと死守である。
「こっちは風属性だから、風竜を泣かせて、涙をぶっかけて完成させる」
話を聞く地竜が無言のままだ。一体、どこに話が行き着くのか読めないのだろう。所詮はトカゲなのだ、とケイズは思った。
「こっちの地属性は俺用、碧色のはリアっていう、俺の奥さんになる予定の、とても可愛い女の子に渡す用だ」
一応、念の為、ケイズは更に小一時間ほどリアの見た目がいかに可愛らしく、人格面でもお利口さんで素晴らしいかを説明しておいた。
それでも腑に落ちない様子の地竜と睨み合う。
まだ分からないようだ。
(やっぱり、喋れてもトカゲじゃ、理解力がなぁ)
とても失礼なことを考えてしまう。
ケイズはため息をついた。
「つまり、この指輪を2つとも完成させて、俺は素敵なプロポーズをしよう、ということだ」
結局、全部きちんと説明してやる羽目になった。ケイズはむん、と胸を張る。
沈黙。
(あぁ、そうだった。トドメ刺したら駄目だった。欲しいのは涙なんだから)
冷静になって、ケイズは本来の目的を思い出した。戦いが長く激しかったものだから、つい忘れてしまったのだ。
「ブハッ」
いきなり地竜が吹き出した。汚いよだれが飛んできたので、ケイズは避ける。
「何だ、貴様。娘っ子に求愛するために、神竜とも言われる、このワシに喧嘩を売ったというのかっ」
愉快そうに笑う地竜に対し、ケイズは首を横に振った。所詮はトカゲ、やはり何も分かっていない。
「魔獣の交尾と一緒にするな。こっちは大恋愛なんだよ」
求愛などと無粋極まりない言い回しだ。情緒や風情、恥じらいというものが全くわかっていないのである。
「やることは一緒ではないか」
何とも身も蓋もない言い方をするトカゲだ。
今日一番の深いため息をケイズはついた。死闘を繰り広げている方がまだ疲れなかったかもしれない。
「とにかく、勝ったのは俺だ。大人しく涙を流して、泣いて謝れ」
ケイズは魔力に余力があったのに、地竜はまだヘバッているのだ。だが、素直に言うことを聞いてはくれないだろう。
どんな痛い目にあわせようか、ケイズは思案する。
「分かった、ちょっとまっとれ」
驚いたことに地竜が快諾する。実にあっさりしていた。
「いいのか?」
つい、ケイズは尋ねてしまう。自分で神竜などと言っていたくせに、誇りはないのたろうか。
「あまりに馬鹿馬鹿しくて、泣けてきたんじゃ」
地竜の目から涙が溢れる。憎まれ口が余分だが。
ケイズは歩み寄って、指輪を涙に浸した。
指輪が一際、強い光を放つ。眠っていたものが目を覚ましたような不思議な感覚だ。
「全く、これでいいじゃろ。力が弱くなったらまた来い。ちっぽけな精霊使いよ。同族のよしみじゃ」
うんざりしたように地竜が言う。
精霊使いとは、随分古い言い回しだ。話し方もさっきからジジ臭い。きっと人語を教えたのが高齢の男性だったのだろう。
「あぁ、あと、鱗と牙もついでに寄越せ。良い杖を作るんだ」
勝者として当然の権利を主張したところ、怒った地竜と再度乱闘となる。なかなかの譲歩だと思う。本当は骨が欲しいのだから。
最後は根負けした地竜が牙を1本と鱗を数枚、譲ってくれ
た。
「全く、なんて我儘なやつ。牙も鱗もくれてやったんじゃ。そのめんこい風の子を連れて顔ぐらい見せに来い」
最後、立ち去るケイズに地竜が告げる。
もしかしたら自分はとても性格の良いトカゲに乱暴してしまったのかもしれない。ケイズは若干の罪悪感を覚えつつ、頭を下げるのであった。




