10 地竜討伐①
とても重たそうに砂鯨の尾ビレを背負っていく、金髪魔術師のノレドを、ケイズは見送った。
霊山バーゴットの麓に広がる砂丘地帯の入り口である。
よろけて歩く姿を見るにつけ心配になってくるが、他人の心配ばかりをしていられる状況ではケイズもないのである。
「これから、この山を登って、地竜を見つけて、ボコボコにしなくちゃいけない」
ケイズはノレドから持たされた非常食やら水袋やらの詰まった背嚢を持って、砂丘を抜け、霊山バーゴットへと足を踏み入れた。
一人で倒さなくてはならない。一人で地竜をも倒せるほどの男だと、義兄であるクロウに見せつけることが目的なのだから。
砂丘の段階からすでに道は無かった。
黙々と道なき道を進む。時折、杖で地面を突く。
魔力を地面に拡げて、地竜の居場所を探した。歩きながらである。少しでも早く地竜を見つけたかった。
(リアといたら楽しかったのに)
禁断症状で指先の震えが止まらない。
なんなら先を歩くリアの姿が幻で見えてくるほどだ。
ただ歩くだけにせよ、野宿をするだけにせよ。胸がドキドキしてしまうのを、表に出さないようにしながら。華奢な可愛い背中が自分の前をスタスタ歩いていくのだ。
(俺がなんにも言わない内から、なんでか全部分かってて。後付で質問してきて。笑うとそれもまた、可愛くて)
ケイズはリアとのやり取りをあれやこれやと思い出す。
時折、振り向いてはリアが笑いかけてくれる。目を瞑って思い返せば、声も聞こえてくるような気がした。
霧が立ち籠めてくる。さすがに気を抜けなくなる。リアの幻を追って崖から落ちたり、魔獣に不意をつかれたりしたら、余りにも愚かしい。
(魔素が濃いのか)
瞬きをして視界から、幻のリアにはご退出頂いた。
霧から感じられる魔素の濃さに、ケイズは顔をしかめる。リアとの思い出をなんとなく邪魔されたように感じられたからだ。
魔素の霧に入ると、魔獣に出会すようになった。
(もともと視力頼みじゃないからな)
ケイズは霧から襲い来る地走性の魔獣をことごとく、片端から地針で串刺しにしてやった。リアがいれば、風の刃で一刀両断していたことだろう。
何をしていても、何を目にしても、リアをつい思い返してしまうのであった。
「あぁ、会いたい、しんどい」
思わず言葉を胸から吐き出しながら、ケイズは地面を杖で突く。魔素の濃さが地竜の近さを物語っているように感じられた。
地面の魔力を丁寧に広げていると、重たい物が動いている振動を感知した。他の魔獣とは段違いに大きい。
まだかなり離れている。霊山バーゴットの頂きに近い、広場のような場所らしい。リアの直感と比べて、どちらが早く感知できていただろうか。
自然、ケイズの足はそちらへと向かう。
魔素の霧の中、湿気とは違う乾いた心地よさがあった。見えないのはケイズの場合、まるで苦にはならない。
やがて、霧が晴れ、平坦な岩地へと辿り着いた。振り向くと眼下には雲とも霧ともつかぬ靄と山肌ばかりが見える。知らず、かなりの距離を登っていたようだ。
視線を戻す。いくつも立ち並ぶ巨岩の中にあって、一際、大きな岩が動いている。
「グルルルルッ」
地の底から響いてくるような低い唸り声。たたの岩かと思っていたところ、4足に、翼、尻尾も生えている。
地竜だ。大きさは100メイル(約30メートル)は下らないだろう。鱗はまるで岩肌のよう、鱗に覆われた背面が茶色で、柔らかそうな腹部が乳白色だ。飛ぶ気はさらさらないのか、生えている翼は申し訳程度の、ちょこんとした体に対して小さなものだ。
「グルゥゥゥ」
金色の瞳が生意気に自分を睨みつけている。
ケイズは地竜を睨み返してやった。
有無を言わさず、地針で柔らかそうな腹部を狙う。
「何っ」
ケイズは目を見張った。
地竜が後ろ足で立ち上がり、前足で伸びてくる地針を打ち払ったからだ。重たげな巨体に似合わぬ俊敏さである。
(巨体のくせに、なんて反応だ)
ケイズは目を細めて、立ち上がった地竜を見上げる。カラッカラに晴れた空を背に立つ姿はまるで小山のようだ。
良い決闘日和である。
「まったく、バカでっかいトカゲだ」
ぼやきつつ、ケイズは地竜の弱所を探るべく、上から下までをしげしげと眺める。
下を向くと同時に視界が翳った。
地竜が巨体でのしかかろうとしているのだ。当然乗られれば、ケイズなど紙みたいに潰れる。
無言でケイズは神腕杖をふるい、巨大な石弾を生じさせて叩きつけてやった。
「グオウッ」
のけぞって転倒する地竜。ひっくり返してやったので、地面がちょっと立っていられないぐらいに揺れる。
(ざまぁみろ)
まともに石弾を食らって首の辺りから流血している地竜を見て、ケイズは思う。
が、尻尾が振り回されていた。
とっさにケイズは土壁を生む。更にもう一枚、重ねる。衝撃をかなり殺したものの、止めきれない。神腕杖で受け止めるも、あえなく弾き飛ばされてしまう。
「ケフッ」
地面を転がり、岩にぶつかってケイズの体は止まる。
咳き込んで口から血が出た。内臓が痛い。衝撃でどこか痛めたのだ。急ぎ靴を脱いで、地面から魔力を吸い取って回復する。損傷も治した。
体勢を戻したときにはもう、地竜が仰け反っていて、口の中には真っ赤な溶岩が見えた。
(ブレスか。生意気なやつ)
ケイズも地針を十分に魔力を籠めて放つ。
溶岩流と地針がぶつかり合い、煙を上げて相殺した。
再び睨み合う。原形も止めないぐらいにのしてやろう、とケイズは固く決意した。
地竜の顔だけですら、ケイズの全身よりも大きいぐらいなのだが。手強い相手であると、自分のことを認識したはずだ、とケイズは思う。
よって、ここからが本番だ。
「グオオオオオッ」
空気が張り詰めて、震えるほどの咆哮を地竜が発した。
「うおおおおっ」
対するケイズも負けじと吠えた。どうしても声量で負けるのが癪なので、そのまま地面を杖で突いた。
憎たらしい地竜の顔面に塵旋風を叩きつけてやる。
自分にとっても地竜にとっても、砂嵐は望むところだ。お互いに活き活きとして全力で戦うことができる。
「グルオオオッ」
早速、地竜がまた溶岩流を吐こうとしてきた。
ケイズは地竜の下顎に地針をぶつける。咄嗟だったので力が足りない。
(硬い)
貫くことこそ出来なかったものの、溶岩を吐こうとした口を閉じさせることに成功した。
「グポォッ」
変な音を発して、地竜の鼻から溶岩が噴き出す。
よほど熱かったのか、前足で鼻先を押さえてのたうち回っている。
「ハッハッハッ、ざまぁみろ」
ケイズは杖で指して大笑いしてやった。人に熱いものを吐こうとするからである。
(ただ、普通、そもそも鼻に溶岩が回ったんなら、死ぬべきなんじゃないのか?)
内心では相手の頑丈さに呆れ果てていた。
笑ってばかりいて、攻撃しないのでは勝てない。ケイズは更に追撃の地針を放つ。
尾で正確に地針を強打、迎撃されてしまった。砕けた石弾がケイズに向かって飛んでくる。
「ぐうっ」
急所に当たりそうなものは何個か防いだが、またしても衝撃で倒れ、地面を転がる羽目になった。
負傷したのか、ローブの中でドロリとした生暖かい液体が動く。
(気の抜けた攻撃は逆効果ってか。舐めてた)
リアがいたらお仕置き宣言をされていたところだ。
(あぁ、リアのお仕置き。早く会いたいな)
恋しく思いつつもケイズは戦闘を継続するのであった。




