SIDE③ノレド 砂鯨討伐⑤
砂丘の中、ところどころに砂煙が上がっている。
「何だよ、ありゃ」
ダイドラではまず見ない光景を目の当たりにして、ノレドは思わず尋ねていた。
うんざりするぐらい、岩と土と砂にあふれた光景だ。緑は霊山バーゴットの麓にかろうじて見える程度である。
唯一、この乾燥地帯に来て良かったのは、隣に立つ偏屈な地属性精霊術師が上機嫌であり、いつもより話しかけやすいことだけだ。
「砂鯨は砂の中を泳ぐ。気をつけてないと人間ぐらいは簡単に呑み込むような流砂の中だ。そこにいる砂ミミズなんかを砂ごと呑み込んで濾して食う。余分な砂を背中から噴出する」
ケイズが言葉を並べて説明する。淡々としているようて、実は上機嫌な様子だ。ウンウン頷きながら先を歩き始める。
あわててノレドも後へと続く。聞く限り、ケイズの通る道から逸れると流砂に飲まれるのではないか。
「あの砂煙を目指していけば、そこに砂鯨がいるってことだ」
ケイズが前を向いたまま説明を続ける。
探査用に魔力を地面に流さなくて良いと言っていた意味がようやくノレドにもわかった。
「あと、俺は地面を固めて道を作りながら進む。あんたは俺の作った道を進めばいいんだ」
やはり流砂に飲まれることもあるのだ、とノレドは冷や汗をかく。
「ちなみに、その道を外れるとどうなる?」
一応、念の為、ノレドは確認してみた。
「砂に飲まれるか流されるか。いずれにせよ助けなきゃいけなくなるから、道を外れないでほしい」
存外、優しい返事を貰えた。いざとなれば助ける気でいてくれているらしい。
(まぁ、砂まみれになるのはゴメンだから道を外れる気はないけどな)
ケイズの行く道をなぞってノレドも進む。
ただ右へ左へ砂埃の中をいくら歩いても砂鯨の近くにたどり着けない。
(これ、迷ってないか?)
ノレド自身にも砂丘地帯に足を踏み入れてから、砂鯨の上げる砂煙が見えないのである。
何を目印にケイズが進んでいるのか、とても気になった。
「うん、近くだとかえってだめなのか」
挙げ句、ケイズが一人で勝手に納得して頷く。
杖で地面をつついて何食わぬ顔でノレドを先導する。
(その技、使わないんじゃなかったのか?)
ノレドは確信した。やはり迷子になっていたのだと。
「ケイズ、砂鯨の上げる砂煙を目印にして見つけるって話はどうなったんだ?」
濡れ衣では申し訳ないのでノレドは、試しに確認してみた。
「うん、そう思ってたんだけど、まったく当てにならなかった」
まったく悪びれることなくケイズが振り向いて言った。
「あんたが三連砲で消し飛ばすんだから一緒だよ」
軽くノレドは額を押さえた。今度はジードの苦労が分かった気がする。
更に当て所もなく砂丘地帯をさまよう。
少なくともノレドには、さまよっているように感じられた。
違ったと悟ったのは、ケイズが杖で念入りにコツコツと地面をつつき始めたときだ。
どうやら砂を魔力で固めているようだ。音が砂を叩く音ではない。
「下にいる」
顔を上げてケイズが言う。
同時に地面がぐらりと揺れた。砂の海の中にある浮島のような環境をケイズが作ったのだ。
「どうやら、俺たちを食いたかったらしい」
大口を開けて砂の中から浮上しようとして、ケイズの硬化させた地面に頭をぶつけたらしい。
「はっはっは、ざまぁみろ」
心底嬉しそうにケイズが笑う。何が面白いのか、つくづく笑いのツボの独特な男である。
が、一方で、隣りにいるととても心強い。上級魔獣に迫られているというのに、ノレドはまったく慌てていない自分に気づく。
「多分、あの辺に顔を出す」
ケイズが杖を向けた先。
ノレドは水、氷、風の魔力球を作り、放とうとする。
思ったより早く、砂鯨が頭を出した。尖塔のような三角錐形の頭部である。色は赤みがかった砂と同じ色だ。
慌ててしまったせいか、発射してすぐに砂鯨が砂へと潜ってしまう。狙いも悪かった。上過ぎて虚しく空を切り見当違いな場所で大爆発を起こす。
「外れた!」
思わずノレドは叫ぶ。
「見りゃ分かる」
そっけなく答えて、ケイズがノレドに顔を向ける。
「あのデカい的にちゃんと当てられないと次も勝てないし、エリスとは釣り合わない」
エリスの名前を出して、激励しているつもりらしい。淡々とケイズが告げる。
「分かってるよ」
歯を食いしばる。先よりも大きな魔力球を3つ、中空に並べた。
形と出力を維持するのは時間経過とともに辛くなる。
(頭を出すまで、いくらでも待ってやる)
ノレドはずっと砂丘とにらみ合う。
意地でも魔力球を消さないつもりだった。
ケイズがノレドを見て驚いた顔をする。
地面が大きく揺れた。
「あー、そういう手もあるか」
ケイズが一人、納得して頷く。
説明をもらう前に、浮遊感に晒される。
2人はケイズの固めた地面ごと、空中に浮かびあげられていた。
砂鯨が背中から出す砂で地面ごと押し上げたのだと遅れてノレドは気付く。
「このまま、空中で食おうって算段だな」
のんびりとした口調でケイズが告げる。
「馬鹿なやつだ。空中に出てきたら自分だって逃げられないのに」
ケイズが杖先を固めた地面に当てて、硬化を解除した。
(一言合図ぐらいしろってんだ!)
砂煙の中、ノレドは目を凝らす。砂鯨の赤みがかった体色が辛うじて見分けられた。
「いけっ!」
叫び、溜めに溜めた一撃をノレドは解放した。
3つの魔力球が混じり合って、砂鯨の頭部を直撃する。
氷と水の混じり合った爆風が生じた。
「うわっ」
ノレドは反動で砂の地面に背中から落下した。岩の上でなくて良かったと思う。
砂の上で大の字になった。砂がパラパラと降ってくるので、口と目を手で守る。
「想像以上の威力だ」
同じく砂まみれになったケイズが呆然として言う。
「あんた、すごいな」
自分の方を向いて、ケイズが手放しで褒めてくれた。
砂の雨がやむ。くすぐったい気持ちを隠して、ノレドは上体を起こした。
「よし、これであんたは、実戦でも三連砲を使いこなせることを証明した。次はもうあと一種、風竜のついでに倒せばいいんだ」
とても満足げなケイズ。
どうしても、ノレドには確認したいことがあった。
「なぁ、依頼は砂鯨の尾ビレの採取だよな。跡形も残ってないんだが、どうする?」
ノレドの言葉にケイズが遠い目をした。
改めて、ジードの苦労がよく分かる。ノレドは額を押さえた。
その後、2人はもう一頭の砂鯨を探し出し、少し抑えた威力の三連砲によって、首尾よく、砂鯨の尾ビレを手に入れたのであった。
ノレドは砂鯨の死体から尾ビレのみを切り離しつつ思う。
(もう一頭は、ケイズが倒しても別に良かったんじゃないか?)




