14 東の都市ダイドラ①
盗賊の襲撃に見舞われてから2日後の日中、ケイズとリアはナドランド王国東部の都市ダイドラに到着した。
「あちぃ、蒸れる」
ボソリとケイズはこぼした。周囲を湿地帯に囲まれたダイドラのジメジメした気候は以前から苦手なのだ。まだ昼前であり、太陽が空で元気に燃え盛っている。
「ケイズ、大丈夫? 汗、すごい」
心配そうにリアが言う。
同時に涼しい風が送られてくる。魔力で、リアが風を起こしてくれたようだ。
「大丈夫、ありがとう。でも、ここ、一年の長い期間ずっとこの気候でキリ無いから。俺がこの湿気に慣れる」
ケイズは微笑んで告げる。きっと、今の自分は汗まみれで爽やかとは程遠い顔だろう、と思った。もともと爽やかな風貌でもないのだが。
あわよくば、このダイドラに永住出来れば一番良い。暑さや湿気にも慣れなくてはならないのだ。
「うん。それにしてもおっきいね」
リアが城壁を見上げて言う。
ナドランド王国の大都市は概ね同じ造りをしている。円形に高い城壁で囲い、東西南北の4方向に城門が設けられていた。平地の多い地勢のせいだろうか。今、二人がいるのは西門である。
「王都のほうが高さはあっただろ」
ケイズも城壁を眺めながら答える。
ダイドラも魔獣の多い地帯に入植して出来た都市なので、まず魔獣の襲来からの防衛を考えて堅牢な城壁で囲った、という歴史がある。
「石の大きさとか角度とか全然違う」
リアの頭は、自分ならどう登るか、あるいは攻めるとしたらどうやるか、などといったことを考えているのだろう。
(実際、王都のより厚みがあるから、上に弓兵や魔術師をしっかり配置すればこっちのほうが攻めづらいかも)
暮らす予定の街が安全なのは良い事だ。
ケイズは一人で満足して、城門へ向かう。
「私、入れてもらえるかな」
また、リアが生真面目に緊張している。自分の身の上がどうというよりも、検査や確認を受ける、というのが苦手なようだ。
「大丈夫だよ」
可能な限り優しく微笑んでケイズは言う。
出る時は緩くて入る時は厳しかったニーデルと違い、ダイドラは出る時も入る時も緩い。門番の意味があるのかとも思うが、実際、門番の役割は魔獣の襲来があったときに迅速に城門を閉めることだ。
「一応、ナドランドって、国の方針として、都市に入る時は名簿に名前書いて記録取るんだと。でも、特に裏を取られないから、大丈夫だよ」
安心させるためにケイズは言った。
前の商人の一団の荷物検査に少し時間がかかっている。品数が多いせいだ。
「うん」
素直に頷くもリアが身を寄せてくる。新しい場所に来たことで、だいぶ不安なようだ。自分の右腕にリアの肩が密着している。
ただ、身を寄せられたケイズとしてはたまったものではない。幸せすぎる。
(あぁ〜もう、小動物が身を寄せてくる。長引け、なんか問題起きろ)
待たせている商人と門番に、この幸せを続けさせるべく呪詛の言葉を心の中で送る。
ケイズの願望とは裏腹に、商品の確認がつつがなく終わり、自分たちの番となった。門番の目が向くと、リアがすっと離れてしまう。
「うおっ」
門番が驚いた顔をする。
ケイズは身構えた。鉄製の鎧兜に身を包んだ純朴そうな若者で、あまり勘の鋭いようには見えない。ただ、リアの身元に気付くか可愛過ぎて惚れ込んだなら、始末しなくてはならない。
「なんだ、その角っ!」
門番が見ていたのはケイズの背負っている青鎧牛の角だった。
下心はないようだ。ついケイズが疑ってしまうのも、リアが可愛いので仕方がない。とはいえ完全な誤解であり、ケイズは心の内で門番に謝罪する。
「青鎧牛の角です。なぜか街道で死んでたんで切り取ってきました」
淡々とケイズは説明した。自分で倒したと言うと面倒になりそうなので、ありえそうなことを告げる。
不思議そうな顔をしているリアに、もう一人の門番が名簿を渡している。年かさの男で、こちらはあまり自分たちに興味を示さない。
(まぁ、こっちが普通だよな)
ケイズは名簿に名前を書くリアを横目で見ながら思った。
「そうか、魔獣同士で争ったのかな」
ただの好奇心で訊いただけなのだろう。すんなりケイズの説明に若い門番が納得した様子で頷いている。
「ケイズ、はい」
リアが二人の間に割り込み、ケイズに名簿とペンを突きつける。
見るとしっかり『リアラ・クンリー』と書いてあった。
(あぁ、しまった)
あらかじめ偽名を使うよう話しておくべきだった。
1都市の門番が、リアの正規な名前を見てホクレン将軍家の令嬢とは思わないだろう。しかし、確実にこの名簿は上位者に提出される。身分が上の者であれば気付くかもしれない。
門番が目を離した隙に、ケイズはリアの文字をペンでぐしゃぐしゃに塗り潰した。欄内の下部に『リアラ・マッグ・ロール』と、更に下の欄には『ケイズ・マッグ・ロール』と書き直した。
(よし、これでただの書き間違いにしか見えないはずだ)
リアが物言いたげに頬を膨らませている。自分の書いたものを消されたのが気に入らない様子だ。
ケイズは改めてまじまじと自らの書いた2つの名前を見比べた。
(ふふっ、俺とリアが同じ姓を。気が早いけどまるで夫婦みたいだ)
自然と表情が緩んでしまう。
「あぁ、そうだ。俺とリアが夫婦。うん、これでいこう。お互い16歳でナドランドなら結婚出来る年齢だし。いずれそうなるわけだし、くくくっ」
リアに脇腹をつつかれる。我に返ったケイズに門番を手で指し示す。
「うわっ、やばい。こいつ変態だ。あっ、悪かった、入っていいぞ。むしろとっとと行ってくれ」
若い門番が気持ち悪いものを見る目で自分を見ている。通っていいと言っているが、とても通したくなさそうな葛藤がその表情に見て取れた。年かさのほうに至っては目も合わそうとしない。
腑に落ちないものを感じつつ、ケイズはリアとダイドラへ足を踏み入れる。
「ケイズ、どうしたの?さっき凄い気持ち悪かったよ」
リアにまで真顔で言われてしまった。
「いや、なんで?何があってこうも都合よく?」
ケイズも首を傾げてしまう。青鎧牛の角に、リアの身分、若い者同士の二人旅、つつかれそうな事柄を想定して、返しの言葉も準備していたのに肩透かしを喰らった格好だ。
気を取り直して西門から街の中央部へと向かう。途中、武器を持った人間と何度かすれ違った。中にはリアを不躾に眺めている者もいる。
「ぎゃぁ」
「うあ〜」
ケイズは片っ端からリアに下卑た視線を送る者たちに地針を喰らわせる。当然、体には当てない。死んでしまう。服や鎧を貫いて宙吊りにするだけだ。
二人が通った後には、無数の宙吊り男たちが晒されている。何かそういう行事のあとのようだ。
「時々、ケイズは変になるけど」
リアが歩きながら言う。今までのようにケイズの後ろではなく、軽快な足取りで先を行く。余程物珍しいのか、忙しく首を動かして周りを見ている。
時々、視線を固定している店があれば、ケイズは記憶に刻み込んだ。後日、お買い物に行かなくてはならない。
「この街、とっても楽しそう。連れてきてくれて、ありがとう」
冒険者が多く、賑やかなダイドラの街並みは見ているだけでも楽しい。王都ニーデルとも違った趣がある。気分が変わって、落ち込んでいたリアには良いのかもしれない。
(ニーデルに来たてのリアは楽しそうだったもんな。いつも王城とか屋敷の庭でくるくる踊り回ってたよな、そういえば)
先程とは違う意味で、ケイズは自分の頬が緩むのを感じた。
浮かれているとくるくる回る習性が、リアにはある。今も片脚を軸に踊るような足取りで浮き浮きと進んでいくのだ。
「でも、この街でやってけるかな。お家もお仕事もまだないのに」
リアが急に回転をやめてしょげ返っている。
確かにケイズはともかく、リアには所持金すらないのだった。不安になるのも無理からぬことだ。




