6 独り旅④
自分にとってもノレドにとっても随分と迷惑な昇級条件だ、とケイズは思った。ケイズ自身はリアとともに第9等級から第1等級まで飛び級で昇級している。一つ一つ上げていく大変さは分からないが、仲間でもない他人を巻き込むようなものなのだろうか。
(いや)
ケイズは思い至る。
上級魔獣2種類というのが妙な符合でいかにも怪しい。
(地竜と風竜を倒す手伝いのつもりでノレドを寄越したんだ)
本当にはた迷惑な話であり、ケイズの真意を理解してくれていない。
自分一人で倒さないと意味がないのである。
「そもそもなんで、あんたは第2等級になりたいんだ?そこまでして」
しかし、ケイズの中で同じ迷惑をかけられた、という妙な連帯意識が生まれてしまったのも事実だった。ため息をついて仕方なく話の水を向ける。
ノレドが黙り込んだ。あるきながら、意を決したように口を開く。
「――――――は第1等級だろ」
打って変わって小さな声でノレドが言う。先程の喜びようとはまるで別人だ。
「なに?」
まるで聞き取れなかった。当然、ケイズは訊き返す。
「だからっ!エリスさんは、第1等級だろっ!」
叫ぶようにノレドが言い直した。顔が真っ赤だ。そこまで怒ることはないだろうに。魔獣が近付いてくるのでやめてほしい、とケイズは思う。
なぜ、エリスの名前が今、出てくるのかもケイズにはさっぱり分からない。
「そうだけど、なんでエリス?」
確かに恐ろしいほどの魔力量を誇る性悪聖女のエリスも第1等級ではあった。間違いはない。
ケイズは首を傾げた。自分の話とはまるで関係が無いように思える。
「お前、エリスさんと同じクランにいて、一緒に冒険をして、本当に何も思わないのか?あんなに可愛いのに」
ノレドが目を見開いて尋ねてくる。
別にケイズは何も思わない。むしろ、しばしば性悪ぶりを見せつけられては呆れさせられている。なぜか、今も馬の交尾を視力強化の魔術を使ってまで見ようとしていたところを思い出してしまう。
よって、ケイズはただ首を横に振った。
「なんだよ、本当にリアしか見ていないのかよ。あぁ、もうっ、恋敵じゃないから都合がいいっちゃいいんだけど。話が通じねえな。何とか察してくれよ」
流石に無理である。勝手に葛藤して、金髪をかきむしりだした魔術師。
ケイズはただ呆気にとられてしまう。生まれて初めての経験だ。眼の前にいる人が何を考えているのかさっぱり分からない。
「一目惚れ、したんだよ」
落ち着いてから、衝撃の真実をポツリとノレドが告げる。
もう一段、さらに深い驚きの中へケイズは落とされた。
「飛竜に囲まれて、もうみんなで駄目だ、死ぬんだってなった時にさ。空から白い竜に乗って、颯爽とエリスさんがあらわれたんだ。俺らの傷も体力も一瞬で回復してくれて、あのとき、俺の頭はポーッとなって。これが、恋かと」
聖女のエリスが回復術を使うのは当たり前だ。どこに惚れる要素があるのか、ケイズにはさっぱり分からない。
男の子は女の子が可愛いから惚れるのだとばかり思っていた。
「で、炎の渦柱を使ったら、今までにないぐらいデカいのが使えて。それで、俺はもう、この娘のために生きよう、頑張ろうって」
照れくさそうにノレドが言う。
まったく共感できない自分にケイズは困った。
「俺はリアが本当に可愛いから、大好きで愛してるんだけど。あんたは回復してもらって惚れるのか」
価値観があまりに違いすぎる、とケイズは思った。ただ、考えようによっては、ノレドのしているような、他人の愛し方も純情なのかもしれない。可愛さに左右されない、無償の愛だ。
「見た目だって、人形みたいに可愛くてキレイだろ」
気を悪くしたのか、ムッとした顔でノレドが言う。
エリスのような性悪聖女の人形がもしあったなら、怖いのでそっと見えないところに自分は隠すだろう、とケイズは思った。
「多分、リアが可愛すぎて俺にはくすんで見えるんだ」
ケイズは正直に伝えた。リア以外の女性は基本みんな同じに見えるのである。
「あぁ、もう、すげえな」
なぜだかノレドに感心された。
ただ、ケイズとしても共感のできる部分はあって。
「つまり、あんたはエリスと少しでも釣り合うように冒険者等級をあげたいんだな」
自分がリアを見て、一目惚れをし、老師キバの下で修行に明け暮れていた日々を思い出す。かつての自分と今のノレドは同じではないか。
「うん?あぁ、そこは正確に理解してくれているんだな」
ノレドがかえって戸惑っている。
近くにリアがいたのに、なぜエリスの方に惚れるのかはまるで理解できないが、好きな女の子と釣り合う自分でありたい、というノレドの気持ちはよく分かった。
「人も好き好きで好みってものがあるもんな」
ケイズは一人、納得して頷いた。
「お前、さっきから俺とエリスさんに滅茶苦茶失礼だからな」
なぜだかノレドを怒らせたようで、睨まれてしまう。
ちょっとケイズにはよく分からなかった。
「気持ちはでも、分かる部分がある。俺も協力する」
真剣にケイズは告げた。好きな相手の違いこそあれ、根底の部分では同じなのだ。
「あ、あぁ、ありがとう」
ノレドが意外そうな顔で言う。
「こんな時でなけりゃ、もっと手放しで応援するんだけど」
今はリアがいない。取り戻すための計画実行中だ。
どうしても帝政シュバルトに入り、竜を倒さなくてはならない。リアが一緒ならともかく、単独で高位の属性竜と戦うのはケイズにとっても命懸けだ。
「分かってる。最後は俺自身が頑張るしかない。ただ、そういう条件だから同行するけど。あまり邪魔に思わないでくれ」
ノレドが固い決意をにじませて言う。自分で頑張るのだ、という物言いにケイズは好感を持った。
「あんた、いろいろな属性を使えるみたいだけど、得意なのはあるのか?」
協力すると決めた以上、ケイズとしてもノレドの実力を把握しておきたい。
ノレドが申し訳無さそうな顔をする。表情の豊かな年長者だ。
「それが、俺、ほぼ全部の属性ほぼ同じ威力ぐらいの魔術までしか使えないんだよ。特別強い属性の術式は使えない」
ある意味、とてもめずらしい存在だ。大体の人が聞けば羨むだろう。大概の魔術師は火が得意な代わりに水がまるで使えない、など偏りが出るものだ。
(突出した属性がないと、上級魔獣を倒すのは大変だ)
基本的に、なんの条件もなくただ上級魔獣を倒せというのなら、ノレドが得意とする属性で弱点をつける相手を選べばいいのである。
「マーシャルさんたちと仕事をする時も、相手が上級魔獣だと長期戦、持久戦で。まぁ、最後にはいつも勝ってて、そこは安定してたんだがなぁ」
ノレドの魔力量が異様に多いのも原因が判明した。長期戦で魔力を使い続ける内に、身体が適応して増えたのだろう。
(それはそれですごいけど、さ)
ケイズには理解できないが、それだけエリスに本気で惚れ込んでいるということだ。
「俺の師匠は地属性の魔術師だった」
ケイズは歩きながら切り出した。
「老師キバって人で。俺もそこまで魔術には詳しくないけど。あの人の言ってたこと、教えてくれたことを思い出しながら、俺も手を考える」
魔術師と精霊術師では、根本的な魔力の使い方がだいぶ違う。それでも魔力や魔術についてもいろいろと老師キバからは教えられたものだ。
「ありがとな」
照れくさそうにノレドが手を差し出した。
ケイズは一瞬、何のつもりか分からず、差し出された手を眺める。
「俺もそっちのやりたいことに協力する。遠慮せずに頼ってくれ。よろしくな」
ノレドがケイズの手を握る。
だから一人でやらなくてはケイズの方は意味がないのである。
何度言えばわかるのか。思ったが、なぜだかケイズは悪い気はしなかった。
(あと、リア以外に触られるのもほんとは嫌なんだけど)




