4 独り旅②
「リアとのことは自分でやり遂げたい。ただ」
宣言すると、またエリスとステラが揃って心配そうな顔をする。2人とも人の話は最後まで聞いてほしい、とケイズは思った。
どうしても体が1つしかないので、頼みたいこともあるのだ。
「ただ、もし頼めるなら、ガイルドやウィリアムソンの軍や、このランドーラ地方を助けてやってほしい」
ケイズは頭の中に地図を思い浮かべて告げる。
戦に負けて、ナドランド王国西部が不安定な今、東の帝政シュバルトと軍事国家ホクレンがどう出てくるか分からない。東からの圧力がある情勢下であるのに、自分はリアのため、ダイドラから離れることになる。
「シャウトナット平野の戦いで、ナドランド王国軍が大敗した。ヒエドラン王子が何を言い出すかも分からない。帝政シュバルトもこの地方を狙ってる。俺とリアにだって帰ってくる場所が必要だ」
頭を下げてケイズは頼んだ。
具体的にしてほしいことは分からない。2人がイェレス聖教国でそれなりの身分であることも折り込んでいる。1番タチの悪い頼み方だ、という自覚ぐらいはあった。
ただ、ガイルドやウィリアムソンにとって、イェレス聖教国からの後ろ盾があやふやなのと確固としているのとでは、随分違うだろう。
「ケイズさん、帰ってきてくれるんですか?」
ポツリとエリスが尋ねてくる。心配と寂しさの入り交じった表情だ。
「ホクレンにお二人が取り込まれることも私達は心配で。リアさんをダシにされればケイズさんは逆らえないのでは?」
ステラも言い添えてくれる。
2人とも自分とリアのことをよく見た上で心配してくれているのだ。
「俺にはリアが幸せでいてくれるのが1番大事だ。ダイドラで冒険者を始めて、リアは本当に楽しそうだった。やり甲斐も友達も手に入れたからだと思う。リアが幸せになれるのは、ホクレンよりもここだよ。だから俺はここにリアを連れて帰る」
少し言葉を切った。今更だ、とケイズは思う。
「ホントに、楽しそうだった。俺も嬉しかった」
ニーデルにいた時のリアとダイドラで過ごしていたリアを思い出して比べる。しおれた花のようだったリアが生き生きと楽しそうに笑っていた。眩しい笑顔を何度も見られてケイズ自身も幸せだった。
他の街、場所では得られないものをダイドラで手にしてきたのである。
「そう、ですよね。分かりました」
ゆっくりとエリスが頷いた。弱々しく笑みを見せる。送り出す側としては不安だろう、とはケイズも思った。
「いざとなれば、教皇クレメン様にここはしっかり守らせますから。任せてください」
自分で全部頑張る、とせめて口だけでも言わないあたりがエリスである。
「ジード様や他のみんなには、私から伝えておきます。驚かないよう、うまく言っておきますから。心置きなくリアさんを取り戻すために頑張ってくださいね」
正直、ステラの申し出の方がケイズには有り難かった。
リアを連れ去られてしまったことを、自分以外にも知っている人がいる、というだけでも救われた気分になる。
ケイズは肩が少し軽くなったのを意識しつつ、ダイドラを後にする。
北門から森に出て、杖で地面をつつく。
独りで街道を歩き続けた。
(独り旅、のつもりだったけど)
しばらく歩いていると、後ろから追跡してくる者の存在を感知した。
ダイドラの方からだが、エリスとステラが上手くやってくれているに違いなく、ケイズには、自分に用件のある者がいるとは思えなかった。
追ってくる者はかなり速い。人数は一人。
無視するか待ち続けるかケイズはしばし考える。
(急いでいるしなぁ)
ケイズはリアのことを思い、無視することとした。急いでいるのである。
ゆっくりと歩いているようでいて、かなり速く進んでいる。追っている人物はずっと走り続けているようだ。振動で分かるが、少しずつ距離は縮まっている。
「刺客って感じはしないな。ああいう連中はもっと静かに走る」
ケイズはポツリと呟いた。リアがいたら、どう反応するだろう。無邪気に「やっつけよう」と言うのではないか。
(悲しくなってきた)
ケイズはため息をついた。
分かりやすく街道を歩いたのが失敗だったかもしれない。森や林の中を進んでいたら、いくらでも撒きようはあったのだ。
ただ帝政シュバルトには急いで入りたい。ケイズの見立てでは目的地のミズトロバという山岳都市まで7日はかかる。
さらにしばらく進む。
もうだいぶ距離を詰められている。やむを得ず、ケイズは立ち止まって追跡者を待った。自分の影。杖がヌボーっと長く伸びている。
(てか、本当に俺、追われてるのか?)
ふと、そもそのところをケイズは疑問に思う。自意識過剰ではないのか。
「おーい」
疑念を裏切るかのように、かすれた叫び声が耳に届く。
「ケイズッ!ケイズ・マッグ・ロール!待ってくれ!」
すでに待っている。
やっぱり自分だった、とケイズはうんざりした。ただ大声で名前を呼ぶぐらいだから、刺客ではないようだ。
「や、やっと追いついた。エリスさんに速度強化をかけてもらってたのに」
追ってきたのは、痩せた金髪の男性だ。歳は自分より少し上ぐらい、20歳前後だろうか。魔術師のようで、濃紺のローブに、赤い魔鉱石のついた杖を所持している。かなり強い魔力を有しているようだが、初対面である。濃紺のローブはあらゆる属性の魔術を使いこなす、器用な魔術師の色だ。
ケイズはまじまじと相手の端正な顔を眺め、首を傾げる。
「どちら様?」
なぜ知らない相手に追われていたのか。素直な疑問をケイズは口にする。
「ノレドだよっ!マーシャルさんのパーティーにいる。会ったことあるぞ!俺っ!」
どうやら会ったことはあって、ノレドの方は自分をおぼえているらしい。
まったく見覚えはないのだが。
(そもそもマーシャルって誰だよ)
原則、リア以外はケイズにとって同じに見えるのである。
「ごめん、俺、リア以外に興味はなくて。余程なにかないと覚えられない」
隠すようなことでもないので、正直に告げてケイズは謝罪した。
「そのリアに、飛竜襲来前に蹴られた奴いただろ。それが俺だよ」
必死な顔でノレドが言う。少し近い。リア以外の人間は近寄らないでほしい。思ったが流石に、理不尽なのでケイズは自分が下がって距離を取った。
しばし沈黙して、ケイズはリアとのことを出会いから思い出してみた。楽しい思い出がいくつもあって、常にリアの可愛さは群を抜いていて。飛竜との戦いでも美しく合理的な、まるで踊っているかのような戦いぶりだった。
(あぁ、いたな。リアに蹴られてた人)
ようやくケイズは思い出した。
「あのときの、羨ましかった人か。俺が蹴られたかったのに」
恨めしい思いをケイズは吐き出した。お仕置きでもなんでも、リアから与えられるものはすべて独り占めしたいのだ。
「いや、本当に変態なんだな」
若干、後ずさりしつつノレドが言う。羨ましい上に失礼な男である。
「で、そのノレドがなんで俺を追ってきたんだ?」
いろいろ我慢してケイズは尋ねる。忙しいのだ。下らない理由で邪魔するなら許さないのである。
聞いている限り、自分とも、あまり接点のある相手でもない。
「話すと長くなるんだが」
ノレドが切り出した。
忙しいのである。話が長くなるとのことなので、ケイズは先を急ぐこととした。無視して歩き始める。




