3 独り旅①
リアがいなくなってしまった。義兄に連れ去られた。
朝起きると改めて、重たく寂しい気持ちに押しつぶされそうになる。
(落ち込んでばかりもいられない)
ケイズは神腕の杖2本、2号と3号を背負って、家を後にする。しばらくは戻らないつもりだ。リアの家財を入れてからは鍵もかけるようにしている。
冒険者ギルドのダイドラ支部へと向かう。自分とリアにあんなことがあったのに、変わらぬ喧騒ぶりで理不尽に苛立ってしまう。
何やらそわそわしているフィオナの窓口に並んだ。
「あら、ケイズ君、どうしたの?」
嬉しそうに言うフィオナ。連れ去りと関係なく、リアと離れることになっていたのに、上機嫌なのはおかしい。なぜだかケイズの背後を覗っている。
「例の、地竜と風竜の居場所を詳しく知りたくて」
リアの不在を伏せて、ケイズは尋ねた。
話している間にも肩越しに後ろを見られるので居心地が悪い。
(もしかして、リアも来ると思って期待しているのか?)
ケイズは確信はないので首を傾げつつも納得した。ちょうど、昨日から同棲をする予定だったので、フィオナには連れ去りのことなど知る由もないのだ。
(ただ、連れ去りのこと、教えると実はホクレンの将軍の妹でって話からになるよな)
自分は急いでいるのである。ケイズはフィオナにも話さないことに決めた。
「えぇ、あぁ、そうよね。リアちゃんと一緒に2人で倒しに行くのよね。うーん、でも実は詳しい場所、帝政シュバルトのミズトロバ支部じゃないと分からないみたいなの。近くにいるようだって、回答があっただけなのよ」
フィオナが苦笑した。それなりに機密性のある情報だったらしい。
「直接、ケイズ君たちがいけば教えてくれるそうよ」
地図を渡しながらフィオナが言う。ミズトロバというのは、帝政シュバルトの南西部にある山岳都市だ。ミズトロバ支部にはフィオナから話を通してくれるという。
有り難い話だがやはり、フィオナの様子がおかしい。いつもなら、リアに怪我をさせないように、などとリアの心配を優先するはずなのだが。快く送り出してくれる。
(まぁ、フィオナのことを気にしてなんかはいられない)
形だけ礼を言って、ケイズは冒険者ギルドのダイドラ支部を後にする。このまま、ミズトロバへ向かうつもりだった。ダイドラの北門から西へ街道を進んで帝政シュバルトに侵入、そして南へ下っていけば着く。
(シュバルトには勝手に侵入して、ミズトロバって町の冒険者ギルドで、地竜と風竜の居場所だけ聞き出せばいい)
先日、ナドランド王国軍と一緒になって、飛竜兵の軍団を撃破したケイズである。黒騎士ガラティアとの因縁や帝政シュバルトがけしかけてきた飛竜王を倒してしまったこともあった。
正面から正規の手続きでは入国させてもらえないだろう。
人混みの中を歩いていても、考えてしまうのはリアのことばかりだ。
(リア、無茶してないといいけど)
とっさに告げた言葉は聞き取れただろうか。
義兄のクロウに歯向かって、痛い目にあわされてはいないだろうか。
心配な反面、無策で突っ込んでいっても結婚させてはもらえないだろう。クロウやホクレンとの関係ではリア本人を信じるしかないのだ。
「ケイズさん」
考え事をしながら歩いていると、背後から声をかけられた。
振り向くとエリスとステラが並んで立っている。エリスは水色の切れ込みの入った修道服。ステラは白銀の鎧を身に着けている。
「昨日は悪かった」
まずケイズは謝罪した。ジードとフィオナのことで、無粋なことを言ってしまったからだ。
「大丈夫です?」
顔を覗き込むようにして、エリスが尋ねてきた。
心配そうな顔をしていて、紫色の瞳がたゆたうやうに揺れている。
「何が?」
ケイズはとぼけて訊き返す。何かリアやホクレンのことを感知したのかもしれない。
ただ、2人とも人目を引きすぎるのだ。いかにも聖職者然としていて。既に何人かの男が自分たちを二度見してした。
エリスとステラが顔を見合わせて、迷うような素振りを見せてから、意を決したように口を開く。
「200人ほどの一団が、ダイドラ近郊から北へ向けて駆けていくのを我が国の密偵がたまたま目撃しました」
話す前とは打って変わって冷静な口調でエリスが切り出した。
「極めて練度の高い軍隊のようで。音もなく整然と、風のように駆けていった、と」
ますます自分の思っていたとおりの事態だ、とケイズは思った。
「運が良かったのかな?そういう軍なら、見られる失敗はしない。勘付いた人間を始末してから進むはずだ」
本当に思った通りをケイズは口に出した。イェレスの密偵も運が良かったのだと思う。
「気配と姿を消す、支援魔法インビジブルの達人がいます。たまたま彼女が見かけたのです。確かに他の者なら始末されてたかもです」
ステラが説明してくれた。つくづくイェレス聖教国も懐が深い。優秀な人材に事欠かないのだ。
同時に改めて、エリスとステラも事の次第を知っているのだ、と確信する。
「中心には、ホクレンの筆頭将軍クロウ・クンリーがいたと。紛れもなくホクレンの親衛隊です」
エリスの声が切迫したものを帯び始めた。それだけ心配してくれているのだ。
「ケイズさん、リアさんはどこです?最近は気持ち悪いぐらいにベッタリだったじゃないですか?どうして、今は一人なんです?どこに行くつもりですか?」
真剣なときでもエリスの性悪が顔を覗かせる。言葉の選択に出ているのだ。
「ベッタリは余分だ」
ケイズは苦笑して言い返す。あと「気持ち悪いぐらいに」も、と内心で付け加える。
周囲にある程度、聞かれてもしょうがないとケイズは思った。
「リアは、俺から見たら義兄に当たるクロウ兄さんに連れてかれた。詳しい理由は分からない。一旦は置き去りにしてたのにな」
クロウを義兄と称したところで、エリスとステラが呆れた顔をした。ケイズは無視して続ける。
「俺のやることは変わらない。順番が変わっただけだ。リアと結婚してから認めてもらうんじゃなく、認めてもらってから結婚する。俺がリアに相応しいんだって納得させなくちゃな」
何度も自分に言い聞かせたことを、2人にも告げた。
「どうやって?クロウ・クンリーは個人としても怪物です。そして軍事国家ホクレンの総帥で、十万もの軍がいるんですよ?クラン双角のみんなでどうにかしようとしても」
ステラが耐えかねたように言う。
諦めろとでも言うのだろうか。他人と婚約していたリア、何年も待ってようやく両想いにまでなったのだ。今更、諦めがつくわけもない。
「クラン双角は、冒険者の集まりだ。最初からこんなことに巻き込むつもりはない。俺はクロウ・クンリーの前でリアに最高のプロポーズをする。それにはちょっと準備が必要だから帝政シュバルトに忍び込んでくる」
プロポーズの内容までは照れくさくて言うつもりになれなかった。
あくまで自分とリアの問題なのだ。
「私達にとって、リアさんはもちろん。最近じゃケイズさんだってお友達です。力になってあげたいんですよ?」
もじもじしながらエリスが言う。
「イェレス聖教国のことは抜きにしても、友達ですから」
ステラも言い添えてくれた。
一時期にはいがみ合ってもいたのだが、ここまで言ってもらえるようになったのだ。嬉しくも思う反面、やはり私事なので、ケイズは巻き込めないと思うのであった。




