S IDE①クロウ 不機嫌な妹②
瞬間移動していてよく聞き取れなかったが、クロウの蹴り飛ばした男が、リアに「逆らうな」と言っていたような気がする。
大人しくリアがついてきてくれるのは、単純に男の言いつけを守っているだけなのかもしれない。
(いや、まさかな)
クロウは首を横に振った。やはり兄妹の情に決まっている。考えすぎだ。
(そもそも、あれは一体、誰だったんだ?)
もしかしたら自分は、リアのお友達を蹴ってしまったのかもしれない。優しくて思いやりのある妹だ。お友達を傷つけたとなれば、怒るのも無理はないと思えた。
(むしろ、しっくりくる。よし、この件はそういうことだ。あとは家に帰してやらないと)
クロウは独りウンウンと頷く。
とりあえずはリアをまず安全なホクレンに連れて帰ることだ。
ナドランド王国がデンガン公国との戦いや帝政シュバルトの侵攻などで、荒れることの間違いない情勢下にリアを残しておけるわけもない。
(リアはホクレンで幸せになればいい)
クロウなりにリアを幸せにするための方策は考えてあった。
(そのためにも、後でマカントをとっちめて、言うことを聞かせないといけない)
一晩を森で明かして、再び出立の号令をかける。
ホクレンの国土に入って、親衛隊の残り2000とも合流した。
国内に入れば、あとはただ駆けるだけである。
まる3日ほど駆け続けてリアとともに本拠の軍営に帰ってきた。広大な練兵場の敷地にある筆頭将軍寮である。豪華でも華美でもないが、来賓と面接することもあるため、かなり広い。手入れも行き届いている。
残りの行軍中もずっとクロウには、リアが無言だった。カスルやゲイリーとはポツポツと話すのだが。
親衛隊の面々は練兵場で一旦整列し、カスル、ゲイリーそれぞれのの号令で解散を待っている。今、クロウはリアと2人である。
「クロウ様、お帰りなさいませ」
ニコニコと柔和な笑顔をみせて、ネリスが寮の入り口で出迎えてくれた。
出会ったときの青いドレスをきれいに仕立て直したものを身に纏っていた。褐色の肌とよく似合う。とても美しく活き活きとした、本来の魅力を存分に放っている。
リアが驚いた顔をし、自分とネリスを見比べた。
「あら、その方は?」
ネリスがリアを見て、一瞬、固まった。婚約して早々に浮気と誤解させてしまっただろうか。
今回のリア救出は老師キバから所在を知り、いてもたってもいられなくなって、急遽踏み切ったことである。ネリスにも知らせていなかった。
が、すくにネリスが自分のリアの顔を見比べて微笑んだ。
「リアラさんですね、妹さんの。目元とか、クロウ様とそっくりですわね」
リアもリアでネリスを見て、更に戸惑いの度合いを深める。それでもなお、自分に何も聞いてこようとしない。頑なに口を利こうとしないことが、クロウにとっては何よりも悲しかった。
「デンガンの公女で、ネリス・レム・デンガン嬢だ。兄ちゃんと婚約してる」
クロウは妹に婚約者を紹介する。まさか自分の方が先に、リアへ自分の婚約者を紹介することになろうとは思わなかった。とうにリアを結婚させているはずだったのだ。
「すんごい、キレイな人だ。兄様と、ホントに結婚してあげてくれるの?」
リアがマジマジとネリスを眺めて尋ねる。
なぜかリアの中では、ネリスが自分と結婚をお情けでしてやる、という図式になっているらしい。
「ええ、私なんかが釣り合う方ではないですけど」
ネリスが苦笑して言う。
リアがぶんぶんと首を横に振った。
「ううん、兄様。身内にはポンコツだから、気をつけてね。お嫁さんは一番大変だよ」
リアが大真面目な顔で言う。
自分に失礼だと気づいてくれないだろうか。ネリスが自然な動きでクロウの左腕を抱く。
「ええ、カスル様やゲイリー様からも聞いてます。きっと、身内には甘えちゃうんでしょうね、クロウ様は激務だから」
柔らかな笑みとともにネリスが言う。
「それより、私、リアさんとは同い年なんですよ?仲良くしてくださいね」
更にネリスに言われて、リアがコクン、と頷いた。ネリスには従順である。初対面だというのに。
ホクレンに帰ってから初めて、リアがはにかむような笑顔をみせてくれた。
(ネリスと婚約してよかった)
思いつつも、クロウは咳払いをした。
「俺のことはもういいから。リア、自分のことのほうが大事だろう?」
いよいよ本題を切り出すときだ、とクロウは思った。
ネリスにもまったく話をしていなかったのでキョトンとしている。
リアが首を傾げた。
また無表情に戻ってしまったのが、クロウにはひどく悲しい。
「どういう、こと?」
警戒するような口振りでリアが尋ねる。とても聞きたくなさそうだ。
「兄ちゃんな、今度こそリアに幸せな結婚をさせようと」
クロウの言葉にリアが露骨に嫌な顔をした。
背中を向けてどこかへ立ち去ろうとする。気持ちは分かるが待ってほしい。最後まで聞いてくれればきっと笑顔になるはずだ。
「ちょっと待て、リアッ、聞いてくれ!」
ネリスの面前であるにもかかわらず、クロウは縋りつかんばかりに懇願する。情けない姿を見て、ネリスも複雑な表情だが、なりふり構ってはいられない。
「政略結婚をさせようとして失敗したからな。今度こそ恋愛結婚で幸せにしてやろうと思ってな」
もう同じ轍は踏まない、ということだ。クロウはリアのためになる提案だと確信している。
「私は、クロウ様と、たとえ政略結婚でも幸せな暮らしを、と思ってましたのに」
しょんぼりと悲しそうにネリスが言う。とんだ誤解である。
「大丈夫、ネリスに俺は恋してるからな。ただの政略結婚じゃない」
クロウは断言してみせた。
「まっ」
ポッ、とネリスが頬を赤らめて恥じらう。本当に可愛らしい婚約者だ。
ホッと安心してリアの方を向くと、ものすごくむくれていた。
「なんで兄様ばっかり幸せで。婚約者も可愛い良い子。私、兄様のせいで幸せ、邪魔されてるのに」
リアのような子が小さな声で恨み言を並べると本当に怖いのである。
「あぁ、リア、大丈夫だ。今度こそ兄ちゃんが幸せな結婚をさせてやるからな。任せとけ」
クロウは恐怖を抑えてもう一度言い直そうとした。
「ヤダッ!兄様のバカッ!」
涙ぐんで叫ぶリア。胸の痛む姿である。
ネリスも慰めるように、そっと未来の義妹の肩を抱く。
「やっと私、好きな人、出来たんだよ。告白もチューもしたんだから!」
リアの言葉にネリスが驚いた顔をする。咎めるような眼差しをクロウに向けてきた。
だが、クロウとて調べは万全なのである。
「あぁ、知ってる」
クロウの言葉にリアが驚いた顔をする。何も自分が知らないと思っていたらしい。
「俺がその辺の、無能で取るに足らない連中と、大事な妹を結婚させるわけがないだろ」
もったいぶって、クロウは前置きを述べる。そして大きく息を吸った。
「いいか、リア。俺が選んだ、お前の結婚相手は、ケイズ・マッグ・ロールだ。有能なのも、好き合ってるのも知ってる。リアを幸せにできる選択肢は他にない!」
断言した次の瞬間、クロウはリアによる風の技をまともに食らって、思いっきりふっ飛ばされてしまう。
風を凝縮した小さな玉をぶつける、速射も可能ないい技だ。
「きゃあっ、クロウ様!」
ネリスが駆け寄ってくれているのが見えた。
「兄様の馬鹿っ!本当にもう知らないっ!」
絶叫して、リアが立ち去ってしまう。
何が行けなかったのか、クロウにはさっぱり分からなかった。




