13 黒騎士③
音もなくケイズの視界に一人の人物が入ってくる。
騎士だ。夜の闇に溶けそうな黒い鎧と兜で全身を隈なく覆う。細身だが全身に装備を纏ってなお移動速度は速い。筋力もかなりあるのは間違いないと思えるぐらいの速度だった。得物は剣ではなく、背中のソードメイスだろうか。抜身の状態で背負っている。
「黒騎士さま!」
生き埋めにした盗賊の一人が叫ぶ。何人かは生き埋めにされたまま意識を取り戻している。
叫んだ男の顔を見るに、若く、盗賊らしからぬ印象をケイズは受けた。なぜかと思ってマジマジと眺めれば髭がなく、肌のハリも良い。全体にくたびれた印象を受けない。
改めてよく見ると似たような人間が数人だけ混じっている。
(全員、下衆の盗賊だとばかり思っていたけど)
思ったよりも複雑な状況かもしれない。ケイズは眼前の人物、黒騎士への警戒を深めた。
「一体、何事?30人からの現地戦力をたった二人に倒されたの?」
女性の声だ。少し高めで耳障りな声をしている。自分たちよりも年長だろうが、黒い鎧となんとなくそぐわない声音だった。
この30人の盗賊たちの、本当の元締めはこの黒騎士という女性なのだろう。
戦うべくかは少し迷うところだ。絡んできた者は既に全員倒したので、気が済んでいる。
黒騎士が顔を動かす。兜の正面部がリアを捉えた。
「なっ!リアラ・クンリー!?ホクレンの将軍家がなぜここに?」
ひどく驚いているようだ。
事情が変わった。どこぞの国の密偵であるのは間違いない。ナドランドの主要な相手は知っているので他国の者だ。
(現段階でリアのことを知っているなら、生かしては帰せない)
ケイズは地針を放つ。
足元、死角からの一撃。
「くっ」
黒騎士が後ろに飛び退いて避ける。
(良い鎧だな)
地針が鎧をかすめたのに傷一つついていない。魔法防御の効果でも付与しているのだろうか。ただの鎧なら簡単に抉ることができるのだ。
ケイズの攻撃開始を受けて、リアも黒騎士に飛びかかった。
一瞬で距離を詰めて蹴りを放つ。コマの様に回転し、連続で放つものの、鎧越しで効果は薄いようだ。
黒騎士が背中のソードメイスを抜いて振り下ろす。
リアが大きく後ろへ飛んで避ける。
黒騎士が細身の体に内包する力は凄まじく、地面が砕けた。
更に横薙ぎの一撃を放つ。風を圧する音が離れたケイズにも分かるほどだ。
もともと距離を取っていたリアが難なく避けて、ケイズのいる位置までさがってきた。
「鎧が硬い」
リアは汗一つかいていない。いつもどおり涼しい顔をしている。意外と勢い任せの戦い方をしない。戦闘中のリアはいつも至って冷静で信用のおける相棒なのだとケイズにも分かってきた。
「盗賊どもとは随分違うな。どこぞの国の正規兵ってやつなんだろうな」
ケイズは黒騎士に目を向けたまま言った。
力はあるのだろうと思っていた。また、硬くて重い鎧に見を包んでいるのに、小回りも利いて反応も早い。鎧のせいでリアの徒手空拳では痛打を与えられない。
「でも、勝てないほどじゃない」
リアがうっすらと笑った。楽しそうだ。眼と髪が碧色の光を放つ。
(少し本気を出そうってことか)
ケイズもついつい口角が上がってしまう。
リアが矢のような速度で黒騎士に正面から突っ込んでいく。
「くっ」
黒騎士がリアの突撃に合わせて、ソードメイスを振り下ろす。先程と同じ速さを想定してしまったため、振り遅れてしまう。
また空振って地面に穴をあける。
必要最小限の動きでリアが黒騎士の懐に潜りこんだ。下から、相手に反応する暇も与えずに蹴り上げる。
どれだけの力が込められていたのか、全身鎧、重量級の体が宙に浮かぶ。10メイル(3.5メートル)は浮いているのではないか。
ケイズは空中にいる黒騎士に、対して石弾を放つ。鎧を貫かねばならないのでかなりの魔力を込めた。多少、あの鎧に地属性への耐性が付与されていたとしても貫通するだろう。
(まぁ、心配しすぎかな)
属性への耐性付与などの付与効果を防具に施すのは多額の金と技術者が必要だ。ただ、目立つ黒ずくめの鎧兜を身に纏っているということは、それだけの備えをしているのかもしれない。
「嘘だろう」
しかし、ケイズの心配は違う意味で当たり、目を瞠ることとなる。
「すげーな」
続けて思わず口に出してしまう。
黒騎士が空中で目まぐるしく重たいソードメイスを振るい、石弾を全て叩き落としたのだ。
自分一人であれば、先日の青鎧牛よりも手こずったかもしれない。
(でも、まぁ、俺たちは独りじゃないからな)
落ち着いて相手の動きを分析していられるのは、余裕があるからだ。
地面にはリアが立っている。全身を碧色の風が包む。
「んぅっ」
リアが生じさせた竜巻を黒騎士に叩きつけた。
やりすぎだろう。ケイズは口に出しそうになった。
なぜリアのことを知っていたのか身元の確認もしたかったのに、あれだけの竜巻を食らわせれば細切れになってしまう。
「あの鎧、欲しいな」
ポツリとケイズは呟いた。
黒騎士が傷一つつかない鎧姿のまま、竜巻に乗ってどこまでも飛んでいく。黒い鎧には、風属性への耐性まで付与されていたようだ。
「でも、俺の筋力じゃ、動けないか」
ケイズはいろいろ諦めて、飛んでいく黒騎士を見送った。
落下点まで追ってもいいが、多分逃げるだろう。追いつけない。鎧は硬かったが、終始押していたのは自分とリアであり、最後まで徹底的に戦えば命を落とすのは相手だ。
「ごめん、失敗した」
リアが近寄ってきた。申し訳無さそうだ。逃がすつもりなどなかったことはリアにも分かっていたのだろう。
「結果論だけど、牛の時みたいに拘束しといて欲しかったな。なんでリアを知ってるか吐かせたかったから」
ケイズは穏やかに告げた。リアが一旦口を開きかけ、また閉じてショボンとした。
逃げられたのは仕方がない。結果的にそうなったというだけで、どちらかというと、そもそも殺すつもりで竜巻を放ったことのほうが問題だった。
「たぶん、盗賊してた連中はリアのことを知らなかったと思う。知ってればもう少し対応は違ったはずだ。そもそもずっとメイロウを越える前から尾行してたんだから」
敗北感のようなものが肩に重たい。
黒騎士の側からすれば、異状に気付いて駆け付けたものの、思っていた以上の事態で離脱したかったに違いない。
(死なないように逃げるため、タイミングを計ってる感じだったよな)
結果的には黒騎士のほうが、思い通りの成果を得られたということだ。強い弱いとは別のところで負けたような気分にさせられた。
「あんな強い人、どこの誰だったんだろ」
リアが首を傾げている。
当然の疑問だった。
(それが知りたかったから、生け捕りにしようとしたんだよ?)
ケイズは苦笑してしまう。
笑ったことで何か感じたのか、リアが物言いたげに俯いてしまう。言いたいことがあるようだ。
言わせてあげたいので、ケイズは少し待つことにした。さっきも似たようなことがあったように思う。
「ケイズ、私、あの竜巻き、拘束する気で撃ったんだよ。でも、あの人、上手に風に乗っちゃった」
リアが遠慮がちに、上目使いで告げた。
二人が思っていたより更に上手だったということだ。
「あー、そうか。早とちりで注意してごめん」
ケイズは素直に謝った。
「んーん、逃げられたのは間違いないもん」
リアが首を横に振った。殺そうとしたのは誤解で、やはりリアは冷静なのだ。
「現地戦力とか言ってたから、他国の軍人だと思うけど、どこの国かはわからないな」
ケイズは言い、忘れないうちに青鎧牛の角を背負った。
黒騎士の話していたのも訛りのない共通語だった。訛でもあればどこの国かぐらいは分かったかもしれない。
(盗賊30人も集めて何をする気だったのやら)
どうせ、ろくな事ではないだろう。集めていた盗賊が下衆だったのだから。ここで二人で話し合っても結論は出ない。
(リアに驚いていたぐらいだから、いると思っていなかった。つまりリアのことは知ってはいても、狙いじゃなかったんだろうけど)
ケイズは優しくリアの髪に触れた。遅かれ早かれリアのことは各所に知られるだろう。どうしても目立つ。ただ、知った上で捕まえに来るような相手が問題なのだ。
「盗賊まみれで、ここじゃ落ち着かないから、場所を変えて一眠りしようか」
ケイズは大きくアクビをしてみせた。ついでに盗賊どもの拘束を更にきつくする。リアの寝顔ならばともかく、埋まった盗賊の顔を見ながら就寝など絶対に嫌だった。
「うん、分かった」
素直なリアは本当に可愛い。月明かりに照らされた白い頬が神秘的だ。
「しかし、こんな奴らさえいなければ、厄介事もなくて、俺は今頃思う存分リアを」
最後に盗賊をケイズは一睨みした。
面倒ごとが多過ぎる。ただただ楽してリアの可愛さをただ享受していれば良いだけの日々はどうすれば得られるのか。
ケイズは頭を悩ますのだった。




