2 人攫い②
エリスとステラの2人はバンリュウ軍との戦のときには、出身国の軍隊まで引き連れて、助けに来てくれた。その関係もあってか、しばらくダイドラを離れていたのである。会うのはあの戦い以来だ。
「リアさん、ケイズさん」
近付くとエリスが嬉しそうな笑みを浮かべたまま、リアと両手を合わせてギュッと握る。ステラも微笑んで一礼をしてくれた。
「ただいまです。帰ってきましたよ」
何事もなかったかのようにエリスが言う。
「お帰り。戦いのとき、ありがとうね」
リアもリアで微妙な話題にこともなげに触れる。
「いいえー、御二人のためなら、国ぐらい動かしますよー」
エリスがえっへんと薄い胸を張って言う。
本当にやってしまうのが、エリスのエリスたる所以だ。ケイズとリアが大事、というよりもイェレス聖教国を動かすのが彼女にとって些事であるかのように見えるのはご愛嬌である。
「まったく、うちの性悪聖女様はすぐ安請け合いして、軽々しくそういうことを」
ぶつぶつと早速ステラに文句を言われている。だが、今回ばかりは本気で怒っているのではなさそうだ。
顔が笑っている。ステラも合意の上で助けに来てくれたのだろう。
「うん。本当にありがとうね」
重ねてリアが言い、またケイズの隣に立ってピトリである。
「もうっ、リアさんったら、すぐそうやって見せつけて」
エリスが頬を膨らませる。対するリアはニコニコ上機嫌だ。
「こっちは15日もダイドラ空けちゃって。下手したらフィオナさん、ジード様と既成事実を作っちゃったかも」
とんでもないあけすけな物言いをする聖女である。
ただ、ケイズの方は「ん?」となった。
「フィオナに限ってないよ、ない」
リアがブンブンと首を横に振った。
「え、まさか、フィオナも?」
ケイズは2人のやりとりで衝撃の事実を知った。
「ああ、本当にケイズさんは他人の色恋には無関心なんですね」
ステラが呆れ果てている。
「じゃあ、エリス、ジードは無理だろっ。あっちのほうが付き合い長いし、年も近いし」
全部を言わないうちに、ケイズは盾で殴られ、杖で殴られ、更にとどめに風小玉を食らって吹き飛ばされた。
「ケイズのお馬鹿っ!そういうこと言っちゃ、ダメなんだよ!」
倒れていると、頭の上からリアに思いっ切り叱られてしまう。
「分かった、心しておくよ」
素直にケイズは謝罪した。自分でも驚きのあまり失言してしまった、という自覚があるからだ。
重々しく頷くリアがとても可愛らしい。
手を貸してもらって立たせてもらうと、既にエリスもステラも姿を消していた。ダイドラの聖教会へと向かったらしい。リア曰く、ひどく怒っていたとのこと。
(後で謝っておこう)
すまなくケイズは思いつつ、リアと連れ立って再度自宅へと向かう。
バンリュウ軍も撃退して、エリスやステラもダイドラに戻ってきて、すっかりいつもどおりになるのだ、と思ってしまった。
だから、完全に油断してしまったのだ。
何かが肌に触れた気がする。リアも立ち止まって警戒するような顔つきとなった。
そう思ったときにはもう、視界が右にズレていた。違う。自分の体が左に飛んでいるのだ。
「ケイ―ッ」
リアの叫ぶ声。最後まで言えていない。
誰かに弾き飛ばされたのだ。横倒しに転がり、あわてて立ち上がったときにはもう、黒い道着様の衣服に身を包んだ人物が、リアの身体を抱きかかえて攫っていくところだった。
(俺にも、リアにも狙っていることを気付かせず。一方的に。しかも、リアに抵抗すらさせず、物みたいに抱えて、だなんて)
こんな真似が出来る人物は、大陸広しといえども1人しかいない。
「リアッ!抵抗するなっ!絶対、迎えに行くからっ、待っててくれっ」
ケイズは叫ぶ。聞こえたかは分からない。
次の瞬間には、襲撃者もリアも忽然と姿を消していたからだ。
「くそっ!」
ケイズは毒づいた。たとえ油断していなかったとしても、防ぎ、撃退の出来る相手ではなかった。
(クロウ・クンリーだ、今の。リアから聞いてた瞬間移動の魔眼。まさか自分で来るなんて)
蹴られた脇腹が痛い。
なぜ一度はリアを見捨てて放置しておいて、今になってあらわれるのだろうか。頭の中には疑問符がいっぱいだ。
(また、何か、リアに利用価値が出てきたのか?だが、わざわざ自分で来るほど?)
目まぐるしくケイズは思考を巡らせる。
自分の存在、顔は知られていない。で、なければもののついでに首を斬られていただろう。ただ、リアを連れ去っていくのに邪魔な誰か、ぐらいにしか思われていなかったようだ。
バンリュウと散々、戦って邪魔した自分を殺さなかった理由は、単にクロウが顔を知らなかったから、ぐらいしか思い浮かばない。
「焦ることはない」
ケイズは自分に言い聞かせた。
一時、すわ乱闘かと慌てていた人たちは落ち着きを取り戻している。襲撃者もリアも忽然と姿を消していて、蹴られたケイズも何食わぬ顔をしているからだ。ちょっとした殴り合いぐらいなら、しばしば起こっている。
「行き着く先は、首都の方のホクレンに決まってる。もし利用するつもりで連れ帰ったなら、リアに酷いことはしないし、不本意なこともさせないだろ」
一番ありそうなのは、再度どこかに政略結婚だろうか。だが、自分と両思いの今、リア自身が全力で抵抗して拒むか、時間を稼ぐかしてくれる、とケイズには信じることができる。
それでも、掴みかけていた幸せをかっさらわれたかのような錯覚を抱いてしまう。ついさっきまで指輪を買い、いよいよ同棲をしようなどと話をしていたのだから。
「本当に錯覚だ。どうなるにせよ、リアとの結婚はお義兄さんにも認めてもらわなくちゃいけないんだから。リアとの結婚を、してから認めてもらうのか。俺自身を認めて貰ってから結婚するのか、の違いだけだ」
ケイズはブツブツ言いながら、独りダイドラの道を歩く。相当、不気味だったようですれ違う人が露骨に自分を避けていた。それでも独り言を続けるうちに落ち着けた気がする。
いつの間にか自宅へと帰り着いてしまっていた。リアと2人で到着するはずだったのだ。今日にでも同棲を開始するはずだったのに、と思うにつけて、泣けてくる。
そして理性でリアは大丈夫と分かってはいても、目の前にいないだけで心配になってしまうし、喪失感もずしりと肩に重い。
ケイズは自室の寝台に座り込む。可愛らしいリアの使うはずだった家財は極力見ないようにした。
夜になっても一睡もできない。リアの兄クロウ・クンリーに自分をどうやって認めさせるのか。
いろいろな考えが浮かんでは消え、消えては浮かんでをするものの、なかなか決め手となるものが出てこない。
空が白んだ。ふっとローブの袖に手を突っ込む。指輪のケースに指先が触れた。
昨日、購入したばかりの茶色い地属性の魔鉱石と、碧色の風属性の魔鉱石で作った指輪だ。
取り出して、じっと見つめる。
「やっぱりこれしかない」
ケイズは呟いた。
「お義兄さんの面前で、リアへの最高のプロポーズを見せつけるしかない」
ただ、そのためには未完成の指輪を完成させなくては駄目だ。未完成の指輪では最高のプロポーズとはならないのだから。
ケイズは覚悟を決めた。
最強種と言われる属性竜の最高峰を自分一人で泣くまで打ちのめしてやる覚悟を、である。




