55 コントラッド平原の戦い④
軍勢を前にして、緊張した面持ちでリアが唾を呑む。
「怖い?」
ケイズはそっとリアに問う。
リアが首をふるふると横に振った。
「大丈夫。この間は横から見ていたけど。今日みたく、自分も陣地の中にいて、正面から向き合うと全然違うんだってびっくりしただけ」
冷静さを取り戻してリアが微笑む。
ケイズは杖で地面をつついた。魔力を通していく。
(こっちが2万しかいないうちに、すぐ攻めてくるかと思ったけど)
一向に距離を取ったまま攻めてこない。両翼に騎馬隊を据えて中央に歩兵隊という構えだ。
ダイドラを守ることが第一のケイズたちナドランド王国側も無理に攻める必要はない。じっと相手の動くのを待つ。
コントラッド平原入りした翌日もただ、睨み合って終わる。時が経てば経つほど、ケイズとしても魔力を地面に浸透させて仕込みを行うことが出来るので、なおのことこちらが有利だ。
(なんだ、何を待ってる?)
それだけにかえってケイズは不安で、背中に嫌な汗をかいていた。
更に翌早朝には残りの2万とも合流する。ウィリアムソンの言葉通り、武装もしっかり整った軍であり急増とはやはり思えない。いよいよ万全の態勢となった。
「何?」
ホクレン軍が動き出したのは、ケイズ達の準備が全て整ってからだった。
整然と駆け足で進軍してくる。
「やるぞ」
ケイズは告げ、地面を杖でつつく。
地面が隆起して山のようになる。
ナドランド軍のいる側が有利な高所、ホクレン軍のいる側が不利な低所という状態を作る。完全な断崖を作ることも出来るが、それではダイドラへと素通りされてしまう。
「矢を射かけてやれ」
ケイズの指示をウィリアムソンが大声で復唱し、指示を飛ばす。ナドランド軍の歩兵が雨あられと眼下のホクレン軍へと矢を射かけている。このために弓矢を多く持たせたのだった。
じっとケイズは戦況を見つめる。当たりそうな矢は全てリアが切り払ってくれた。
敵の騎馬が側面から斜面を駆け上がろうという構えだ。左右に展開している。中央が歩兵の大隊だ。最初の布陣と変わらない位置関係のまま攻め寄せてくる。
「ガイルド」
ケイズはガイルドを呼ぶ。目は敵に向けたままだ。
伝令をウィリアムソンが走らせてくれた。騎馬隊が駆け上がってきて撹乱してくると高所の有利を奪われかねない。手を打つ必要があった。
「ケイズ殿」
単騎でガイルドがあらわれる。
「お前の騎馬隊で敵の右翼側を潰せ。俺が左をやる」
視線を向けずにケイズは用件だけを告げた。
本当はこちらも両翼に同数の騎馬隊を置いて戦いたかったが、1000を増強してなお、ナドランド側の騎馬隊は片方に配するのが精一杯だ。
「了解しました。お任せください」
力強く胸を叩いてガイルドが告げ、自分の隊に戻る。
騎兵の一団が、自軍左側から敵軍右翼を目掛けて突撃していく。
兵の練度に差はあるが、逆落としであった。馬の勢いが違う。
「すごいね。ただの助平じゃないんだ」
リアの言うとおりではあった。
黒い風を纏い、さすらい馬と共に先頭で暴れまわるガイルドをホクレン軍が持て余している。驚いたことにケイズの作った戒具を着けていなかった。馬の扱いがうまいというのは本当のようだ。
「さて、負けてられないな」
呟き、ケイズは岩を作った。自軍右側から攻め上ろうとしている敵軍左翼は自分で潰さなくてはならない。
開戦当初から2千程の歩兵がそばについている。指揮官はウェインだ。ウィリアムソンのほうが全体の指揮である。
「落とせ」
ケイズは静かに呟いた。聴いていたウェインが兵士たちに命じる。
「柵」
杖で地面をつつき地面に溝を作り、ケイズは告げた。溝を越えないと敵は攻め寄せられない。溝をのぼったところには柵を組ませる。これでかなりの時間を稼げるだろう。その間に矢を射かけてやれば良いのだ。
「ケイズ殿、あの白馬の男と赤い鎧の男が隊長格かと」
ウェインが指さして告げる。
言われるまま、ケイズは地針で敵の指揮官を狙い撃って仕留めた。敵の指揮官かどうかの見極めは難しく、生粋の軍人であるウェインを頼らざるを得ない。ウェインには視力が良いというおまけもある。
両翼の騎馬隊が攻め込めず、歩兵同士の戦いも高低差で有利だ。
(こちらが優勢という形は作ったが)
ケイズは首を傾げる。バンリュウの居所が分からない。このままバンリュウが終わるとは思えないだけに不気味だ。
「ケイズ」
リアが隣りに来て声をかける。じっと力を温存して戦況を見つめていたようだ。
「何か変だよ。バンリュウ将軍の軍隊、何か空っぽみたい」
リアに言われて、ケイズも改めて敵軍を凝視した。
ただ精強さに物言わせてなんとなく攻め寄せてきている。ホクレン軍の現状を言葉にするとそんな印象だ。
「まだ、何かあるのか」
ポツリとケイズは呟いた。どんな危険が生じうるのか。考えを巡らせる。
「あっ」
リアが声を上げて、東の空を指さした。
黒い無数の点が、帝政シュバルトのほうから空を飛んで向かってくる。見る見るうちに大きくなってきた。1000は下らないだろう。
「なるほど、ここで、厄介だな」
ケイズは舌打ちした。はっきり見えない内から告げる。来たと思ったときには、きっともう遅い。
「ウィリアムソン!空だ。シュバルトの飛竜兵が来たぞ」
兵士たちが顔を上げる。
幸い、飛竜兵に有効とされる弓兵を多く配備していた。一方的に崩される心配はないと思うが。どうなるかケイズにも読めない。
「ひきつけて、一斉に射殺せ」
ケイズの指示をウィリアムソンが復唱する。
陣形の後備えだった兵士たちが空へと狙いを移した。かなりの数だ。優勢な形であったため、かなりの余力がある。やはり飛竜兵が戦の決定打となることもないだろう。
「ダメッ、一騎速いよ!」
リアの鋭い叫び。
黒い飛竜兵。
既に、ケイズの作った丘の上空にまで詰められていた。全身を黒い鎧で覆われた人物。黒騎士ガラティア。一際大きな黒い飛竜に跨っている。
問題は、ガラティア本人ではなく、ガラティアの跨がる飛竜が爪で掴んでいる大男のほうだ。
「嘘だろう」
ケイズは唖然として呟く。
空からバンリュウが降ってきた。柄の長い大剣を振りかざしてケイズとリアを目掛けて、である。
「ぐっ」
ケイズは大きく飛び退いて、バンリュウの初撃を避ける。
連撃で来られれば死ぬ。思っていたが来なかった。
リアが碧色の光を眼と髪から放ち、バンリュウに斬りかかっている。
「やはり、リア様か。なぜとは言わない」
大剣1本で、目まぐるしいリアの斬撃を捌き切りながら、バンリュウが静かに告げる。更に余裕を持って、打ちかかったナドランド側の兵士を紙切れのように斬り倒した。
「大した男だとは、もう分かっている。今回もまた、楽しませてもらう」
実に迷惑な買いかぶりだ。面と向き合ってしまえば、バンリュウの方が強いに決まっている。
「全員、戦に集中しろ!バンリュウは俺とリアでやる」
無駄に犠牲が出るだけだ。ケイズは指示を飛ばす。
リアがいてくれてやっと互角か少し不利なくらい。
(くそっ、俺がバンリュウに構ってると戦線が)
戦況も混沌としてしまった。たかが1000でも、頭上を取られている。火炎球を浴びせられ、時折、爪で掴まれて空から落とされる者もいた。
そうこうしている間にもホクレン軍にかなりの距離を詰められている。
「ケイズはやらせない。私も死んであげない」
リアが庇うようにケイズの前に立ち、バンリュウに向けて告げた。二振りの短剣で切り払う。まだ、ケイズの贈ったものを使っている。
(勝負どころはまだ先、か)
楽しそうに笑って切り結ぶバンリュウを眺めてケイズは思う。




