54 コントラッド平原の戦い③
「え?でも、なんで?こことゴブセンのお城を落とさないと、バンリュウ将軍、ダイドラを攻撃出来ないって、みんないってたのに」
リアの言うとおりである。話をきちんと聞いていた証拠だ。もう少し余裕のある場面ならば撫で撫でしているところだった。
確かにダイドラを攻めているホクレン軍を、背後あるいは横合いから急襲すれば、ほぼ間違いなく勝てる。
「そうだな。でも、それには城を出て戦いに出なくちゃいけない。何せこっちはダイドラを見捨てられない」
ケイズの言いたいことをリアも察したようだ。
多少の不利を受け入れてでもケイズと野戦をしたい、というバンリュウからの意思表示だ。城に立て籠もっているケイズを討つのはとても難しい、と前の戦いで嫌というほど思い知ったのだろう。
「ダイドラを狙えば、こっちが絶対に出てくるって。奴は確信してるんだよ」
ケイズは本営に向けて歩きながら言う。すれ違う兵士たちの動きも慌ただしい。
「うん、ダイドラの皆を見捨てられるわけないよ」
リアに言われて、ケイズの頭にも見送りに来てくれた皆の顔がよぎる。兵士たちの中にもダイドラに家族を置いている者が少なくない数、いるだろう。
「うん、だからこっちは、ダイドラを守るために野戦をするしかない」
ケイズは自然と厳しい顔になってしまう。
たとえ野戦でもケイズには勝つ自信があった。
(しかし、そこまでするか)
あくまでホクレン軍に対して勝つ自信があるということであって、バンリュウ個人にではない。
なぜ、バンリュウが無理をしてでもケイズを野戦に引きずり出してきたのか。理由は1つしかない。
ケイズは首筋にうすら寒いものを感じる。
「あくまでも俺の首を狙うのか」
歩きながら、ポツリとケイズはこぼした。
リアが弾かれたように見上げてくる。そして、大きく深呼吸をした。ダイドラの皆を一旦、心配させられた後で、今度はケイズの心配をせねばならない。心労を短い時間でかけてしまうことをケイズは心苦しく感じる。
「ケイズは死なせないよ。私が守る。相手がバンリュウ将軍でも負けない」
それでも固い決意をにじませてリアが嬉しい言葉をくれた。
つい、嬉しくなってケイズは微笑んでしまう。
「ありがとう、分かってる。俺もリアに怪我1つさせない。前回とは違う。でも、それにしてもさ」
少し考えてからケイズは言う。
「バンリュウって人は本当に怖い武人だな、つくづく。それなりに準備してきたつもりだけど。楽勝なんかとんでもなくて、また命がけになりそうだ」
実際に一度戦って圧倒され、またしつこく首を狙われている。正直、恐怖しか感じない。
「大丈夫だよ、私もいるから、ね。私とケイズで頑張れば、怖い人にだって負けないよ」
力づけてくれようと一生懸命に言うリアが可愛らしくも心強い。
ケイズは、ぎゅっとリアを抱き締める。
「ありがとう、ほんとに。リアがいてくれて良かった」
耳元で囁く。くすぐったそうにリアが腕の中で身じろぎする。
リアから元気をもらったケイズは、本営に再び足を踏み入れる。既に先と同じ顔ぶれが集まっていた。全員、話は伝わっているようで、一様に硬い表情を浮かべている。
「最初に。ダイドラも無防備ではありません。実は私とガイルドの2人で仕込み、2万ほどの兵士を隠しております。全員、現役で、西のエスバルやガオスとの国境にいた兵士です」
開口一番にウィリアムソンが告げた。もともとケイズも知っていることだ。他の将校もケイズとは違う経緯で知っていたのだろう。表情に驚きはなかった。
数の上でも不利ではなくなり、秘密にしないでくれたのは助かるが、素直にケイズは喜べない。
「本当に、お前たち2人だけで仕込んだのか?」
じとりとした視線をガイルドとウィリアムソンに向ける。
2万というのはいかにも多かった。2人の現場にいる将軍だけでは無理な数字だ。ただ集めるだけではない。装備も揃えて、食わせてやらなくてはならないのだから。
「我らの窮状を案じてくれた協力者がおります」
ウィリアムソンとガイルドの顔から表情が消えた。一応の説明をしてくれたのはウィリアムソンのほうだ。
二人なりに気を回してくれていたのだとケイズも理解はしている。若干、不穏当だが。
ケイズはため息をついた。
「ゴブセンとジエンエントに4千ずつを残して、ここの2万とその2万。数の上では互角な上に俺もいる。ホクレンの奴らにはダイドラの城壁すら見せてやらない。野戦をやるぞ」
言葉に力を込めてケイズは言い切った。さらに細かい作戦を全員に伝える。怖いぐらいに皆、素直にケイズの言葉を受け入れてくれた。
「出撃するぞ!」
ガイルドが戦闘でさすらい馬に跨って号令をかけた。
2万の兵を連れて、ケイズたちはジエンエント城を後にする。ケイズが命じたのは兵達に弓と矢を多く携行させることだけだ。
(さて、無事に合流できるかが最初の勝負だな)
歩兵の一団に混じり、行軍しながらケイズは思う。
合流前の移動中が1番危険だ。騎馬の多いバンリュウ軍がである。奇襲をかけるとなればかなり速いだろう。
ケイズは杖で地面をつつき魔力を地面に通した。
斥候も広く満遍なく死角のないように放つ。
「野戦ですか。いいですな。バンリュウもコントラッド平原から動く気配はないそうです。誘い出された格好ですが、俺の腕の見せどころでもある」
さすらい馬に跨ったガイルドが馬を寄せて言う。確かに野戦であれば騎馬隊が活きる。
精霊術師の自分やリアを前にしても、さすらい馬は我慢していた。他の馬とはだいぶ違うようだ。
二言三言、交わしてからガイルドが離れていく。様子を見に来ただけのようだ。
「リア」
更に行軍を続ける中でケイズは隣を歩くリアに声をかけた。
「ん?なあに?」
リアが見上げてくる。
「言おう言おうと思ってたんだけど。その脇に仕込んだ短剣。今回は使うのか?」
ケイズは前を向いたまま尋ねる。
脇腹の辺りだけいつも服が動かないのだ。鞘に入った短剣が左右の両脇部分に縫い付けられている。
「気付いてたの?さすがケイズ、鞘に入ってればほぼ魔力、遮断されるんだって兄様も言ってたのに」
静かにリアが訊き返してきた。
「鞘に入れてても俺には魔力が分かる。俺の神腕の杖にも負けない、名剣だろ、それ」
ずっと出会ったときからケイズは気づいていた。
ただ切り札のようなものなのか、一向に使おうとしない。ケイズとしても自分の贈った物を使ってくれている方が嬉しかった。
「うん、魔力の伝導良すぎて、風が強くなりすぎるし、ケイズから貰った短剣のほうが嬉しくって」
ケイズにとっても嬉しい言葉をくれるものだ。
リアが脇に手を入れた。軽く触って何か確かめている。
「もう、使いこなせると思う。また、腕を上げて、強くなったから。この短剣、風竜の鱗を剥いで作ったって、兄様がいってた」
さみしげにリアが笑った。風竜の鱗、考えうる限り最上級の素材だ。
兄からもらった短剣2本を使い、兄の軍隊と戦うことになる。
他ならぬケイズのためなのだ。
愛おしくなってケイズはリアを抱き寄せる。
「うん。大丈夫。バンリュウ将軍でもこの短剣は斬れないと思う」
耳元でリアが囁いた。
ジエンエント城を出た翌日の午後になってコントラッド平原に入る。
先に自ら率いる2万で、4万のバンリュウ軍とコントラッド平原で対峙した。残りの2万は各個撃破されかねないのでわざと遅らせている。まだ自分のいる方が対峙するのに適していると思えた。
4万の大軍にして精強なホクレン軍だ。圧倒するかのような闘気を放っている。




