12 黒騎士②
メイロウの街は城壁で囲まれており、上から見るとナドランドの基本的な街のつくりである円形をしている。
ケイズとリアは城門をくぐることなく、城壁の周りを迂回して、メイロウの街を素通りした。『未練がましいな』と自分でも思いつつ、ケイズはついつい足取りが鈍ってしまう。
リアのほうはあまり表情を動かしていない。さり気なく周囲に注意を払っているときの顔なのだと、ケイズにも分かってきた。
メイロウの街を過ぎたところにある森、川辺に近いところで野宿することとした。
街を素通りする間もずっと視線は感じた。リアを屋敷から連れ出すときに出食わした密偵たちとは、気配を消すのに雲泥の差がある。
(見られてるかもしれないから、リアに水浴びもさせてやれない)
今までは川があれば水浴びぐらいはさせていた。自分以外の誰かにリアの裸を見られるなど、あってはならないことだ。
苛々しながらケイズは火の番をする。リアにはいつも万全のもてなしをしてやりたい。だが、現実問題、自分では出来ないことも多く、不便をかけている。
リアも黙って火を見つめていた。
夜に進むこともできるが、待ち構えて戦う方がケイズは得意だ。
「おやすみ」
リアが布にくるまって眠る。慣れたもので、すぐにすやすやと寝息を立て始めた。旅を始めた時から変わらない。それでいて、いざ何かが近づけばすぐに目を覚ますのだ。
思えば最初から旅の一切を苦にしていない。本人の言葉通り野営の訓練も厳しく受けていたのだろう。
ぼんやりとケイズはリアの寝顔を眺めていた。
(可愛いなぁ。そろそろ撫でるぐらいならいいかな。でも、どうせ触ろうとしたらパッチリ目を開けるんだろうな)
悶々としながらどれだけの時間が過ぎただろうか。
焚き火の火も消えようかというところで、リアがパチリと目を開いた。すぐに、身を起こして立ち上がる。
「気づいたか」
ケイズも言い、立ち上がる。勝負していたわけではないが、リアに感知の面で先を越されたことに苦笑する。
(俺は起きてて、リアは寝てたわけなんだけど)
青鎧牛の角は傍らに置いてあった。背中に差した杖のうち一本を手に取る。杖で地面をついて魔力を通す。
「ん、30人くらい?」
リアが大きく伸びをする。好戦的な笑みを浮かべていた。
既に囲まれている。襲ってこなかったのは人数が集まるのを待っていたからだろう。
闇に乗じたつもりなのだろうが、地面を伝わる足音の振動で、相手の動きはケイズに筒抜けである。
(目当てはこれかな?)
傍らに置いた青鎧牛の角をケイズは見やる。他に値打ち物は特に持っていない。あとは人身売買の可能性もあった。売り物になりそうなのは、あまりに可愛らしすぎるリアくらいのものだが。
(まぁ、どっちでもいいか)
いずれにせよ、無事に帰すつもりもない。
「盗賊だな、気配が見え透いてる」
連中のせいで野宿をする羽目になり、観光の機会を逸した。リアとしたかったあれやこれやを思い浮かべるにつけ、怒りがいや増しに増していく。
「皆殺しだ」
ぽつりとケイズは呟いた。
「ケイズ、怖い」
リアが冷静に応じる。茶化しているつもりなのだろうか。まったく怖がっているようには見えない。
月明かりで見える範囲に、薄汚れた男たちが姿を現した。数人だが、見えない場所に他にも大勢潜んでいるようだ。
「なんだ、起きてやがったのか。寝てる間にさらっちまうつもりだったのに」
中央にいる髭面の男が言う。背後にいる男たちが下卑た笑い声を上げた。人数をたのんでいる。
連中の価値観からすれば、自分たち相手に30人は多すぎるのではないか。ふとケイズは思った。
相手は舐めきっている。それならもっと少ない人数で来そうなものだ。
(まぁ、ここには10人ぐらいだが、弓矢持ちもいるのかな)
違和感を覚えつつも、ケイズは状況を冷静に把握していた。どの道、襲ってくる以上、倒すしかない。
「嘘だな、男の俺は売れないから殺す気だったろ?攫うのは女の子だけだろ。何せ、滅茶苦茶可愛いからな」
ケイズは指摘する。リアの名前を教えるつもりにもならなかった。
当の本人は大あくびをしている。大した相手ではないと分かったようだ。
「ははっ、よく分かってんじゃねえか。まぁ、貧相な身体つきだから高くも売れないだろうが、そういうのが好きなやつもいるからな」
品定めするような視線がリアに向けられた。自分も釣られて思わずリアの体を見てしまう。どう見ても可愛い。
(正に俺じゃねぇか!)
ケイズは悲鳴すらあげさせなかった。何人たりともリアに下卑た視線を向ける者は許さない。
盗賊の頭領が、足元から伸びた地針に貫かれて絶命する。
リアの身体が弾けるように跳び、視界の中にいる数人が倒れた。
矢が何本か飛んできた。
ケイズは石弾で撃ち落とし、すでに死んで木に縫い付けられている頭領の死体に近寄った。
「下品な目でリアを見るからだ。しかも貧相だと?こんなに可愛いのに?」
ケイズはブツブツ言いながら、視界に入るものを片端から石弾で撃ち落としていく。本来は地針を使うまでもない相手だ。
リアの動きは相当目まぐるしい。
ケイズはもう、目で追うのを諦めていた。力強く木や地面を蹴って動き回っているのが音だけでも分かる。樹上を上手く使っているらしく、地面を伝わる振動に乏しいので動きの全容は掴みきれていないのだが。
青鎧牛のときとは違い、目と髪の色は黒いままだ。相当余裕があるのか、リアの方は誰も死なせていない。
「なんだ、こいつら、化け物だっ!」
残った盗賊たちが逃げようとしだした。
(貧相な上に化け物だ、と?)
許すわけもない。逃げようとしたものから撃ち殺していく。
既にケイズは、倒れている者を生き埋めにする作業に移行している。
リアも一人として逃がすつもりはないらしく、森の中をかなり深追いしているようだ。遠くからも悲鳴が聞こえてくる。包囲していた者の位置までしっかり把握していたようだ。
(よく気配だけで分かるな)
ケイズはリアに感心していた。
地面に魔力を流し込み、足音や振動で感知するというカラクリのある自分と違い、リアの方にはそういうものは無さそうだ。勘だけで相手の攻撃や位置を察知しているのだから天才としか言いようがない。
ものの数分で盗賊たちの殲滅作業は終わった。正確には33人、誰一人として逃してはいない。死なせたのはリアに下卑た視線を向けた頭領だけである。
切り株に腰掛けて、倒れた盗賊を生き埋めにしているとリアが帰ってきた。足の先から頭の天辺まで、舐めるように確認する。怪我はしていないようで、ケイズは安心した。
リア本人は落ち着かないようでそわそわしている。
「どう見ても可愛いじゃねぇかっ!」
ケイズは我慢できずに叫んでしまう。
まだ女性らしい凹凸に乏しいだけだ。リアの魅力は別にある。感情の動きが隠せない大きな黒目や仕草、華奢な身体、ケイズはいくらでも挙げられる、と思った。
「確かに、発育は遅いけど!」
胸のあたりを見ながらケイズは更に口に出してしまう。
「ケイズの馬鹿っ!」
とうとう我慢できなくなったリアが、顔を真っ赤にして蹴りを放ってきた。容赦のない鋭い一撃だ。
「ぐぇっ」
リアの分析に集中しすぎて、ケイズは直撃を食らってしまう。痛みと体が浮遊する感覚。ケイズは樹木に叩きつけられる前に、土の腕を作って自らの体を止める。
口に出していないか、あるいは聞こえないくらい小さい声のはずだったが、怒って蹴ってきた。ということは口に出していたのかもしれない。盗賊の頭領の発言に思いの外、自分は動揺していたようだ。
(気をつけよう)
思いながらケイズはリアに近付く。蹴られるのはいいが、嫌われては困る。
「まだ怒ってるよ」
リアが頬を膨らませて宣言する。
(こ、これは痴話喧嘩、というやつだ)
ケイズは初めての体験を予期してワクワクしてしまう。幸い、盗賊どもは全員昏倒して、首から上だけを地表に出して埋まっている。この痴話喧嘩を邪魔するものは誰も居ない。
リアの怒りを鎮めることに専念出来る状況だ。
ケイズは言い訳をしようと口を開きかけたところで、自分の索敵範囲内に高速で入ってきた存在を感知した。
「速いな、来るぞ」
ケイズは言葉を発してリアの警戒を促す。
遅れてリアも気づく。顔つきが変わった。恥じらう少女から戦う人間の顔だ。
臨戦態勢になってもリアの顔は可愛らしい。あとでたっぷり猫可愛がりしたい、とだけケイズは思った。




