49 クラン双角参加試験〜エメとルゥ②
「でも、バンリュウ将軍、来るのに時間かかったね。もっと早く来るって思ってた。ツリーフォークのときとか、便乗してコッソリ来るのかなって」
軍事国家ホクレン出身のリアも鋭い。笑顔のまま言う。
ツリーフォークの苗木を盗んだのは十中八九、帝政シュバルトの黒騎士ガラティアだ。苗木も「何か黒い人間に攫われた」と言っていた。
(まぁ、あれは先走りだったんだろうな。ホクレン軍と呼吸が合ってなかったし)
魔獣を悪用しようというのがガラティアらしいやり口だ。ただ、今回の帝政シュバルトは違う。
「あー、リア。そのことだけど。シュバルトも今回の戦に絡んでくるみたいだ」
ケイズの言葉にリアが首を傾げた。
「不可侵の条約は?期限、切れちゃったの?」
リアも、元ヒエドランことバカ王子の婚約者だったせいか、しっかりと軍事上のことは頭に入っているのだ。ケイズにとっては思い出したくもないことだが。
「ナドランドの西方軍で、北にあるデンガン公国を攻めるらしい。シュバルトにとっては、たとえ条約を反故にしてでも、ランドーラ地方を攻め落とす好機だって論調が強いらしい」
全てサナスからの手紙にあったことだ。リアにだけはケイズも隠すつもりはない。
リアが呆れた顔をする。
「東を攻められてるのに、西で攻勢に出るの?王子は軍隊のことは本当にお馬鹿だね」
今までずっと下に見てきたであろうリアからの散々な言われようだ。直接、聞かせてやりたいものだ、とケイズは笑ってしまう。
「俺たちがどうにかするとでも思ってるんだろうよ」
先日、2人でそんな啖呵を切ったばかりだ。
「嘘にしちゃいたいね。こんなんじゃ」
リアが苦笑して言う。
結局、ケイズもリアを信じて今回は背中を預けるしかないのだ。直接、話をしていて腹も決まった。2人で全力を尽くしてホクレン軍を撃退する。
コンコン、と遠慮がちにノックの音が響いた。
「ケイズ、リア、ちょっといいか?」
ジードの声である。
「マーシャルもいるね」
戸の開かない内から言い当ててしまうリア。今更驚かない。
ジードとマーシャル、珍しい組み合わせだとケイズは思った。
「どうぞ」
ケイズが言うと扉が開く。
「やぁ、驚いたかい?久しぶり」
赤毛の剣士マーシャルがさわやかな笑顔で告げる。
リアが首を左右に振っているものの、既に気付いていたとはケイズも言いづらい。
とりあえずケイズとリアが並んで座っているので、マーシャルとジードには対面に腰掛けてもらった。
「密談してたところ悪いな。ただ、そっちが2人だけでいる時に下話をしたくてな」
ジードがすまなそうに話し始めた。
何を自分とリア2人きりのときに話しておきたいというのか、とんと見当がつかず、ケイズはリアと顔を見合わせる。
「エメとルゥのことなんだが」
2人の名をジードから聞かされて、露骨にリアが嫌な顔をした。
「昨日、第8等級の実技試験を受けた。マーシャルが試験官でな」
構わずにジードが進める。
ケイズはちょっと居住まいを正した。本気だ、とケイズには感じられたからだ。エリスとステラを殺しかけて、止められたときに近い感覚である。
「2人とも弱っちいから不合格だよね」
リアが赤毛の試験官さんを見て、うんうんと頷いた。今更圧力をかけても遅いのである。
「いやぁ、2人とも良い腕だったよ。第8等級にはもう十分な腕前だった。さすがジードが目をかけるだけはある」
どこぞの性悪聖女とは違い、良い意味で空気の読めないマーシャルがさわやかに言い放つ。
マーシャルを連れてきたジードの意向はケイズにも分かった。ジードだけではなく、他の人間もエメとルゥを認めている、という証人にするつもりだ。公平で有名な上、マーシャルには、自分とリアも試験官を昔、してもらったというおまけもある。
(なるほど、今日という今日は本当に一歩も引かないぞ、と)
意固地になっているリアを納得させられずとも、ケイズには分かると踏んだのだろう。
「あぁ、だから、そろそろ2人をうちのクランに」
ジードが言いかけて、リアに遮られた。
「ヤダッ!」
駄々っ子さんが、ケイズのローブを引っ張って言う。あんまり強く引っ張るので、いつも以上に首が締まって、ケイズの意思が少し遠のいてしまう。助け舟を出すに出せない。
マーシャルが驚いた顔をしているのは見えた。聞き分けのない時のリアを見るのは初めてなのだろう。
「リア、お前もクランでいろいろやりたいこと、あるんだろうけど。俺にだってあるんだ。せっかくクランを作って冒険者同士で集まれるなら、俺は後進の指導もして、育てる場所にしたいんだ」
ジードが真剣に一息で告げる。考えをまとめ呼吸を整えて更に続けた。
リアがケイズの袖から手を離す。
「ダイドラの町全体も、そうやって良い冒険者が増えれば、もっと賑やかな良い町に出来る。俺みたいなのでも、冒険者として町に貢献できる、俺にとってもクラン双角での夢だ。悪いが、ただの好き嫌いなら譲れない」
まるでダメ押しである。どう考えてもジードの方が大人の発言で正論だ。
ケイズはちらりとリアを見た。むすぅっとしている。
「ヤダッ、ねぇ、ケイズはっ!?」
もはや感情の問題で、リアからしたら嫌なものは嫌だ、の一点張りだ。理屈ではないのだろう。困ったリアがケイズを味方につけようとする。
「うーん、ジードには世話になってるだろ?ただ嫌いっていうんじゃ大人気ないし。オルストンのときみたいに、エメとルゥにも試験をしたら?」
ケイズはどちらの敵にもならないよう配慮して言った。ジードがホッとしている。闇雲にリアの味方をする可能性があると思っていたのだろう。
ただし、リアもぱっと顔を輝かせた。
(あ、リアったら無茶な試験をさせるつもりだ)
ケイズは苦笑した。リアもリアでケイズを味方と信じ切っているので、落とすための試験をするつもりだと思っているようだ。
「あぁ、そうそう。そもそもエメとルゥの2人は?入りたいって自分で言ってるのか?ジードが入れたがってるだけ、とかなら論外なんだけど」
一応、確認しておこうと思い、ケイズは尋ねた。
「当然、確認したさ。入れてほしい。頑張るってよ」
ジードが頷いて答えた。
「そりゃ、君たちのクランに入れるかもってなれば、蹴るわけないだろ」
苦笑いして、マーシャルが口を挟む。一応、お互いに商売敵ということにはなるのだろうか。ちょっと複雑な心境のようだ。
「そのことで、やっかみや嫌がらせを受けるぐらい。あの2人もそれなりに苦労してるよ。ジードがエメとルゥをえこひいきしてるって、噂も出てるぐらいだ」
現にエリス、ステラも、ジードがエメとルゥばかりにかまけて、などと文句を言っていたことをケイズも思い出した。
ジードも駆け出しなら誰でも助けるわけではないのだろう。人柄や素質を見切った上で、リアと揉めてでも入れようとしているのだ。
「まぁ、君たちのとこでダメなら、俺のパーティーがもらうよ。あの、前途有望な2人」
マーシャルが冗談めかして言う。
「うん、いいよ」
リアが快諾する。
「おい、リア、俺の力説は無視か」
ジードが慌てる。真摯に話をしたのにまるで伝わっていないかのようだからだ。
「知んないっ」
リアが安定のそっぽである。
ジードの言っていることが分からないわけではないのだろう。引っ込みがつかなくなっているだけ、というようにケイズには見えた。




