48 クラン双角参加試験〜エメとルゥ①
(杖の完成、レガート、間に合うかな)
イワダコ討伐から7日が過ぎている。ケイズはダイドラにある自宅にて、一人の男と向き合いつつ思っていた。袖から覗く両腕がたくましい茶髪の男、ナドランド王国外相サナス伯爵の護衛、ジェイレンである。
「いよいよ、か」
手紙に視線を落としたまま、ケイズはポツリと呟いた。エリスがイワダコ討伐からの帰り、イェレス聖教国の首都ラウェルナに寄ったのもこの関係だろう。
ナドランド王国軍10万で、北にあるデンガン公国へ侵攻を開始したという。かなりの勢いで侵攻しているようだが、西の戦況自体はケイズにとっては、どうでも良いことだ。
(まったく、国の東側は俺とリアに丸投げかい)
ケイズにとって問題なのは、西の侵攻に呼応して、東にいるバンリュウ率いるホクレン軍だけではなく、帝政シュバルトにも動きが見られるということだ。
「東に敵がいるのに、よく他所を攻めようって気になるもんだ」
ケイズはヒエドランの憎たらしい顔を思い出してボヤいた。外敵を攻めると団結しやすいという面が国家にはあるが、情勢をよく考えてほしい。
ジェイレンが苦笑する。
「そのあたりは一介の護衛である私にはなんとも」
かつてサナスと密約を交わしたときに一戦交えた仲である。知っている人間を寄越したことに、サナスの配慮を感じた。
「だいぶ、最新の情勢を詳細に書いてくれた手紙だと思う。よくもまぁ、俺みたいな一般人に。教えていいのかって思う内容ばかりだ」
ケイズは手紙を砂の魔力で風化させて消滅させた。ジェイレンがホッとした顔をする。
気になることがいくつも書いてあった。機密であってヒエドランには聞かせられないようなこともチラホラと。手紙の存在が漏れればサナスが困るだろう。
「手紙自体とは別に。かなり悩んでおられるようでしたな」
ジェイレンも肩をすくめる。内容を読んでいないのだろう。サナスに対して忠実であり、誠実な人柄なのだと分かる。
外相などをしていると、自国全体のことを考えるだけではなく、他国との関係も考えなくてはならないのだろう。
「大変だな、政治する人も」
ケイズは言い、意外そうな顔をするジェイレンに気付く。
「なんだ?」
また偏屈だと思っていただの、とそういう話だろう。うんざりしてケイズは尋ねる。
「いえ、少し余裕みたいなものが見えて。私たちのところへかつて乗り込んできたときとは別人のようで」
苦笑いしてジェイレンが言う。更に部屋を見回して続けた。
「一人暮らしにしては、家財も多いようですな。誰かと一緒に住むご予定でも?」
確かに元々は自分の寝台と最低限の衣類、杖しかないような家であった。
間取りとしては、客間にリアの私室(予定)、寝室、台所に浴室、とダイドラの一般的な家屋よりも豪華な一軒家を建てたのだ。
ケイズは一気に赤面する。今ではタンス、衣装棚に化粧台などなど女性物の家財がどんどん増えていた。
「うるさいな、庭がまだ広いから。いざ子供部屋を作るってなるなら建て増しだって出来るんだよ」
ケイズはつい発想が飛躍してしまい、トンチンカンなことを口走ってしまう。
「いや、まさか、発想がそう飛んでくるとは、大体、察した上で私も言ったのですが。幸せそうで何よりですな。あまり邪魔にならない内にお暇します」
ジェイレンが微笑んで席を立った。家の玄関までケイズはジェイレンを見送る。
サナスからの手紙で、考えることや悩ましいことが一気に増えた。それでも当座の問題はバンリュウ率いるホクレン軍だ。
(今度は1人でってわけにいかないよな)
リアのことを思うと胸が苦しくなる。
また、同じ失敗を繰り返したくない反面、置いていくのも連れて行くのも心配だ。頭の中で思考がグルグルと巡る。
しばらく悩んだが、バンリュウにふっ飛ばされて泣いていたリアの顔を思い出すにつけて腹が決まった。
(今回は、リアにもバンリュウ軍のことは言わないと)
ケイズは冒険者ギルドのダイドラ支部へと向かう。
「ケイズッ!」
冒険者ギルドへ入るなり、ギュッとリアが抱きついてくる。人目をはばかることもなく。来ることが分かっていたかのような反応の速さだ。
「やっぱり確定だ」
「あの時のは告白だったんだな。リアちゃん、受け入れたのか」
「くそっ、変態のくせに! だがリアちゃんのためにも祝杯だ」
他の冒険者たちからの生温かい眼差しを意にも介さず、リアがじゃれついてくる。ケイズとしては自慢でもあり至福でもあり、反応に困ってしまう。
ジャラント温泉郷から帰って以降、ずっとこの調子だ。ピトリからギュッになった。
「リア、ちょっと話が」
真面目な声を作って、ケイズは切り出した。
「うん、同棲のこと? それとも指輪のこと?」
リアが頷いて言う。改めて聞くにつけて、私生活の充実ぶりが実感できて幸せな気持ちになれる。
受付のところでフィオナがニコニコとしていた。リアが掛け合ってくれて、とうとう念願の、同棲についての許可をフィオナから貰えたのだ。少し寂しそうにケイズには見えたのだが。
「リアちゃんからしたいっていうなら良いと思うわ。でも、2人で暮らすのも大変よ。もう少し準備してからになさい」
母親のようなことをフィオナが言っていた。隣で聞いていたリアはプククと笑っていたのだが。
楽しそうなリアを見ると、ケイズは申し訳なく感じる。つい先日にはプロポーズに向けて交換するための指輪を宝石店で選んだのだ。ケイズもリアもともに精霊術師である。高純度の、お互いの属性の魔力を宿した魔鉱石にしようという話になった。
全てが順調な中、不穏な話をしなくてはならない。
「戦いの話」
ケイズは周囲に聞こえないよう、リアの耳元で囁いた。
リアがふっと凛々しい顔付きになる。
「うん、分かった。応接室で話そ」
微笑みを見せてリアが言い、フィオナのもとへと駆け寄っていく。どこまでも無邪気で子供っぽい一方で、ここ最近、少しずつ所作が大人びてきているように、ケイズには感じられていた。
フィオナから許可を貰って、空いている応接室へと入る。ケイズはリアと対面で向き合おうとした。
「リア?」
当たり前のようにリアが、二人がけのソファに並んで腰掛けて身を寄せる。
「こっちの方が良い。ケイズ、また嘘ついて、勝手に戦争に行っちゃうかもしれない」
真面目な顔でリアが言う。過去の件にまだ立腹しているのかと申し訳なく思って顔を見ると、目が笑っていた。
「リア? 真面目な話なんだけど?」
ケイズはじとりとした視線をわざと送ってやる。
くすぐったそうにリアが笑った。今ひとつ雰囲気が締まらない。
「うん、またお城に篭って守るの?」
リアがさらっと戦略について尋ねてくる。
「こっちはそうしたいんだがな。大人しくまた、敵が城攻めに応じてくれるかどうか」
ケイズの戦い方はある程度バンリュウ始めホクレン軍に知られている。待ち構えて戦うほうが得意なのはバレているだろう。
「野戦にいろんな手で引きずり出そうとするんじゃないかって。そこを乗り越えてこっちは城攻めに引きずり込めるかって、そういう、戦いの駆け引きになるんじゃないかな」
現段階での想定をケイズはリアに告げる。
「どういう戦いになっても、私はケイズを守る」
リアが真っ直ぐにケイズを見上げて宣言した。
気持ちが、ただただ素直に嬉しい。顔がほころんでしまう。
「そういうのは普通、男がかっこつけて、好きな女の子に言うもんなんだけど」
立場が逆だとケイズは言ってやった。本当は格好良くケイズがリアに言いたいことだ。
「うん、私が危なくなったら、ケイズも助けてくれるでしょ? 信じてるもん」
無条件に信頼を寄せてくれるリア。
「うん、傷一つだってリアにつけさせやしない」
ケイズも頷いてみせる。
リアが嬉しそうに笑った。




