S IDE⑨フィオナ 成長と巣立ち
イワダコの依頼を終えて帰ってきたリアと、フィオナは自宅である冒険者ギルド職員の女子寮にて、いつもどおりテーブルを挟んで夕食を摂っていた。献立は甘じょっぱく煮込んだ魚の煮付けと茹でた野菜に丸パンである。
「フィオナ、私、ケイズと暮らすの、始めようと思う」
神妙な顔でリアが言う。まだ自分で作った料理に手もつけていない。
いつか来ると分かっていて、覚悟もしていたはずなのに、恐れてもいた言葉だった。
温泉郷でケイズとの関係に何か進展があったらしい。
(ううん、その前からリアちゃんは様子が変だったわね。ケイズ君はいつもどおりだったけど)
フィオナは最近のリアとケイズを思い起こす。
リアがケイズにやたらと密着するようになった。ジエンエントでの戦争に行ってからだ。
「それはいずれ、本当に結婚をしたいってこと?」
意地悪くフィオナは尋ねてみる。多分まだ何段階も先の話のはずだ。
リアのお顔が真っ赤に染まった。いちいち訊くほうが野暮なのだ、とフィオナも察する。
それでもリアがこくんと深く頷いた。どうやら本気のようだ。
「その前に、いろいろ、しなきゃいけないこと、いっぱいだけど」
もじもじしながらリアが言う。つい先日には、ケイズと宝石店に行っていた。それも準備の一環だろう。
かつて、結婚して夫婦になるのがどういうことか、と訊いたときとはまるで違うのだ。
見た目が幼くとも16歳であり、年相応に一歩一歩、大人への道を進んでいる。
「わかったわ」
リアと離れがたく思いつつもフィオナは答えた。
そもそもは前途有望な冒険者のリアが私生活でつまずくことがないように、と囲い込んだのが始まりだ。いつまでも自分に縛り付ける、というわけにはいかないことぐらい分かっていた。
「一緒に暮らすのも楽しかったんだけど。いつまでも一緒ってわけにはいかないのは、私もわかっていたから。もともと、ケイズ君と仲良しさんだもんね」
フィオナは深くため息をついた。
ケイズの方も大人になったと思う。ステラやエリスに食ってかかったり、酷い態度を取ったりすることもなくなった。
「別にすっかりいなくなるんじゃないよ。ダイドラにケイズのお家あるから、そこで暮らすの。ギルドにもいっぱい顔出すよ。ずっと私たちも仲良しだよ」
不安そうにリアが言葉を並べる。リアも寂しくないわけがないのだ。
言葉とは裏腹に、クランを作ったこともあって、冒険者ギルドでリアの過ごす時間はかなり短くなった。もともと職員でもないリアに手伝ってもらっていたのが変な話ではあったのだが。あまりにリアが優秀で可愛らし過ぎたのだ。
(うふふ、あの受付の制服着たリアちゃんとか似合いすぎてたわ)
思い出し笑いをするフィオナ。
我に返ってリアを見ると、真面目な顔を自分に向けていた。
「私はね、フィオナ。そうするよ? でも、フィオナはどうするの?」
可愛い一方ではないリア。特に真面目な表情で話をしている時は要注意だ。異様に勘が鋭いので油断ならないことを言う。
フィオナも居住まいを正す。
「どうするの?ってリアちゃん、何の話をしているの?」
本当に何の話か分からないのでフィオナは訊き返した。
リアが言いづらそうに椅子の中でもじもじと身じろぐ。
「ずっと、今のままでいいの?」
悩ましげにリアが問う。なぜだかひどく歯切れが悪い。
「ごめんなさいね。リアちゃん、本当にどの件?」
何か冒険者ギルドの仕事関係だろうか。重要案件の幾つかをフィオナは思い出しては打ち消した。いずれもリアやケイズには直接の関係がないことばかりだ。
「あっ! エメ君とルゥちゃんのこと?」
ようやく思い至って、フィオナは告げた。
「もうっ! 私、ケイズの話してたんだよ? フィオナにとってのケイズはだあれ?」
リアがテーブルを叩いて言う。プリプリと怒る顔も可愛いのだ。
独特の言い回しだが、フィオナにもようやく得心がいった。
(あっ、ジードさんとのこと?)
そしてフィオナは赤面した。
「私、エリスとステラとも仲良しだし、ホントは肩入れしちゃだめなんだけど」
リアが本当に話しづらそうだ。
「グズグズしてると、エリスとステラも可哀想だよ」
飛竜襲来の件を後処理まで終えて落ち着いたとき、4人で女子会をしたことがある。エリスもステラもジードに執心しているのを見て、焦ったものだ。若干のお酒も入ってしまい、酔った勢いでいろいろと話し、取り決めをした。
「でも、今だって私とジードさん、悪い仲じゃないし、このままじっくり、少しずつ」
フィオナの言葉にリアが呆れ顔だ。
確かに長い年月の付き合いがあるにしては、進展が遅い自覚はあった。
フィオナがまだ新人受付嬢として、ダイドラに赴任してからの付き合いになる。今、22歳だから当時の自分が16歳、ジードが20歳だった。
新人で右も左も分からない中、既に中堅どころの冒険者だった弓遣いのジードには、とても助けられたものだ。当時から面倒見が良くて、他人のことを考えて動く人だった。受け手のつかない依頼も等級関係なく何度も処理してもらって。
いつの間にやら当たり前のように惹かれていた。
(今も、リアちゃんとケイズ君の面倒を2人で見てるようなもんだし。うん、まるで夫婦みたいって)
阿呆なことを思っていて、はたとフィオナは気づいてしまう。
「私、面倒見てたつもりのリアちゃんに先を行かれてるの?」
うっかり口に出してしまう。
幸い、相手がリアである。よく分からなかったようだ。首を傾げている。
「そういうのはよく分からないけど」
リアが口をつぐむ。
少し考え込む顔で沈黙して俯いた。何か意を決したように顔を上げた。
「エリスもステラも、キレイで可愛くて良い2人だけど。ジードにはフィオナじゃないと駄目だと思うよ」
日頃の話し方や仕草のせいで誤解されがちだが、リアは非常に真面目で律儀である。
そんなリアにとって、決めたことを破る、というのは大いに抵抗があるのだろう。更にエリス、ステラとも仲が良い、という事情も加わる。
一大決心をしてくれているのだ。
「リアちゃん」
それだけ自分とジードの仲を心配してくれているということだ。フィオナはすっかり感じ入ってしまう。
「フィオナがジードのこと嫌いならいいよ。でも、私とケイズ、差し向けてでも、前に助けようとしてたし。フィオナ、困ったとき、いっつもジードに泣きついてるし」
更にリアが言葉を重ねる。
「ちょっと待って。リアちゃん、私、泣きついたことはないわよ」
フィオナは一応、大事なところを訂正しておく。
「むう、そういう些細なところはいいのっ! フィオナは、ジードとのこと、はっきりさせなきゃ駄目だよ」
かえって怒らせてしまった。リアがプンプンしている。
「ごめんね、リアちゃん。真面目に心配してくれたんだもんね。ありがとう」
フィオナは反省し、リアに謝罪した。頭も下げる。
顔をあげるとまだリアがむくれていた。
「あとね」
更にリアが言う。
「毎日じゃなくても3日に1度はちゃんとお部屋のお片付けしなきゃだめだよ」
「え?」
虚をつかれてフィオナは声を上げた。
確かにリアが来てからはリアがいつも掃除や片付けをしてくれている。
「まだあるよ」
更にリアが言う。
「ご飯、一人のときも、ちゃんとしたもの食べなきゃ駄目だよ」
確かに一緒に暮らし始めてから、料理もリアがしてくれることが多い。冒険や依頼でリアが遅くなるときはフィオナもきちんと作るのだが。一人だとつい手抜きをしてしまう。
「まだあるよ」
更にリアが言う。
「服洗って干したらすぐ畳まなきゃだめ」
もともと女子力こそ低かったものの、しっかり者でお利口さんのリアである。覚えると家事のほとんどをこなしてしまうのだ。
「えーっと、リアちゃん」
遠慮がちにフィオナはリアを止めようとする。料理もすっかり冷めてしまった。
「フィオナはね。お仕事忙しいけど。だからって、自分のことサボっちゃ駄目だよ」
そこからたっぷりとリアのお説教が続くのだった。
(うん、また、しっかりしなきゃね、いろいろ)
フィオナは思い、名残惜しく思いつつも、リアの言葉を真摯に受け止めるのだった。
本日22時に次の回を投稿します。




