46 イワダコ討伐⑤
すぐにリアが照れくさそうに身を離す。
「ケイズはなんで、ニーデルで私を助けてくれたの?」
いたずらっぽく微笑んでリアが尋ねてくる。
「それは」
頭が回らず、とっさに適切な返しが思い浮かばない。最初に出会ったころからの話を持ち出してリアはどういうつもりなのか。
「はっきりした答え、あのとき、もらってないの。ただのお節介だなんて、もう信じられないよ」
言い淀むケイズに、リアが意地悪く重ねて尋ねてきた。
ジャラント温泉郷の商店街にある裏通り。表通りからはまるで2人にとって、他人事であるかのように喧騒が響く。店の灯が漏れ出して、リアの横顔を照らす。
「ね。なんでいつも助けて、優しくしてくれるの?」
急な質問攻めにケイズの思考が追いつかない。
(いや、リア、さっきのは?一体?)
いつも自分がリアに迫って嫌がられたり羞じらわれたり。それでもケイズのほうが好きで好きでたまらないから。ケイズの側が一緒にいたくて、成立している関係だと思っていた。
「ケイズ、大好き」
リアがギュッと抱きついてきて告げる。いつもの言葉とは違ったものに、ケイズには聞こえた。
「ケイズは?」
顔をケイズのローブに埋めたまま、言葉だけでリアが尋ねてきた。
「俺も、リアのこと、好きだ。じゃなきゃ」
ケイズの言葉は続くリアの言葉に遮られた。
「戦争になんか行かないよね。一緒に冒険したり、婚約破棄された翌日に来てくれたりしないよね」
いつの間にリアが自分の気持ちに気づいてくれていたのか。
好きだから、恋をしていたから、婚約破棄の翌日に躊躇することなく行動へ移せたのだ。
「いつも全部、ケイズは私のためばっかりで。嬉しくって、楽しいからありがとうって」
言っている途中で、リアが首を横に振った。
「そんなことより、大好き。全然、気づいてくんないから。もう、自分から言うことにしたの。せっかくいっぱい、ピトッてくっついたのに。分かんないだもん、ケイズは」
うらめしげに言われて、ケイズは申し訳なくなってしまう。くっついて貰えて幸せだ、ぐらいにしか思ってなかったのだ。
「ごめん、リア、その」
あたふたしていると、リアが顔を上げる。満面の笑顔だ。
「ケイズは、自分が好きだ、ばっかり。私からの気持ち、全然察してくれない。でも、いいよ。やっぱり幸せだから、嬉しくって」
愛おしい気持ちがどうにもならなくなった。
ケイズはリアの方へと顔を近づけて、今度は自分から口づけをする。
どれだけそうしていたのか。
口を離した。
しばし見つめ合う。
「リア、その、改めて、今更だけど。俺、当たり前だけど、大好きだから」
ケイズは幸せそうな顔のリアに言う。想定外の事態に言葉がうまく出てこないことが悔しい。
「うん、明日から、私、もっと頑張る。まずはイワダコ。ケイズ、私たち、好き同士だからね。もっと前より当てにしていいんだからね。分かってね」
リアが一生懸命に言う。
あまりのことにまた、言葉が出てこないケイズ。こくん、と頷いてみせると、ふっとリアが肩の力を抜いた。話しは終わった、というようにケイズを引っ張って表通りの喧騒へと戻る。
夢だろうか。嫌われてはいなくて、でも仲良し止まり、もっと仲良くなれるよう、もっと頑張ろうとケイズはケイズで思っていたのだが。
(結局、俺、自分のことばかりで、肝心なことを見落としていた)
ジエンエント攻防戦のときにも、反省したわけなのだが。なかなか難しいのだ。
リアの方から耐えかねて教えてくれた、という格好になってしまった。
宿へ戻っても放心状態のケイズは、気付くと宿の布団で翌朝を迎える。
「ケイズ!お寝坊だよっ、宿の人、朝ご飯を用意して待ってくれてるよ!」
朝風呂に入って、ホカホカ上機嫌のリアが頭側に立って見下ろしている。いつもの碧色の衣装を身に纏っていた。
「おお、悪い」
ケイズは起き上がり、浴衣からいつもの茶色いローブに着替えた。いつもの衣服を身に纏い、ようやくケイズの頭も冴えてくる。
いつまでも惚けてはいられない。
ずっと狙っていたイワダコをいよいよ狩る日なのだ。油断していると自分やリアだって危ない。
リアと連れ立って、オオハキ旅館の大食堂へと向かう。
「あ、ケイズさん、リアさん、おはようございます」
100人近くが入れそうな中、一人、優雅にコーヒーをたしなんでいるエリスが挨拶をしてきた。
本来は100人ほどが食事を摂る場所を、当たり前のように貸し切って堂々としている。エリスぐらい図々しければ、人生、楽しいだろうとケイズは思った。
「あ、ケイズさん。やっと正気に戻ったんですね。昨日は心がどこにもなかったんですよ?」
遅れてやってきた鎧姿のステラにも言われてしまう。
リア、エリス、ステラの3人が意味ありげに目配せをしている。一体、自分の放心している間に何があってどんなやり取りをしたのか。夕刻から消灯時間を経て、起床した今に至るまでの間、何も覚えていない
突然の接吻に始まってリアからの告白へと圧倒されてばっかりだ。
朝食をとってから、皆でイワダコのいるジャラント火山の中腹へと向かう。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
旅館の人たちが微笑ましそうに見送ってくれたので、狩りへ向かうのだという気持ちになれない。どうしても違和感を感じてしまう。
石段の最上段からさらに上、山へと5人で分け入っていく。森を抜けて、人気のない岩石地帯に着くと、ケイズは杖で地面をつついて魔力を通す。少しずつ調子が戻ってくる。
「昨日、お話したとおり、私がイワダコの攻撃を捌いて防いで耐えます。時間をなるだけ稼ぎますので、ケイズさんとリアさんで仕留めてください」
先頭のステラが、前を向いたまま言う。全く聞いていない。初耳だ。自分も何も言わずに、そんな無茶な作戦を承認したのだろうか。
ケイズは首を傾げた。基本的な発想としては間違っていないが、イワダコの巨体による攻撃を1人で受け切ろうなど、ステラの負担が大き過ぎる。
巨体である上に8本の触手による連続攻撃は避けるのも難しい。
(奥の手もイワダコは、持ってるしな)
ケイズは緊張した面持ちのステラを見て決めた。リアも何かもの言いたげだ。
「いや、俺も前に出る」
ケイズはリアを見つめて告げた。良いところを見せたい、という気持ちもあるだろうか。そう思うとなぜだか頬が熱くなる。
「イワダコには風が1番効く。でも他の攻撃はほぼ駄目だ。俺も例外じゃない。リアの力をエリスが強化して、一気に攻めるのが最良だ」
昨日、していたらしい作戦会議で自分はちゃんと意見を言ったのだろうか。正気であればリア一人に攻撃、トドメ役を
お願いする1択だったはずだ。
「昨日は本当に放心していたんですね」
エリスが呆れ顔で言う。やはり、無意識で的確なことを言っていた、という奇跡はなかったようだ。
「凍りついて、まるで彫像でしたね」
ステラも相槌を打つ。リアもこくこくと頷いている。
「すまん」
ケイズは素直に頭を下げるしかなかった。昨夜、話し合った記憶すらないのだから反論のしようもない。
「まぁ、大体のことは分かっているので大丈夫です。それよりケイズさん、前衛に出てきて大丈夫なんですか?私は助かりますけど」
ステラが苦笑して言い、さらには心配してくれる。
喧嘩しているときだったら、肉の囮にでもされていたかもしれない。ちらりとケイズは思った。
「あっ!ケイズを心配するのは私なんだよっ!」
なぜだか可愛いヤキモチさんが張り合っている。
こそばゆくてケイズは赤くなり、エリスもステラも苦笑いである。
「大丈夫だよ、リア。面白い戦い方が俺にも出来るから」
薄く笑ってケイズはリアに言う。張り合うヤキモチさんも可愛らしいのだ。




