42 イワダコ討伐①
オルストンがクラン双角に加わって早くも10日が過ぎていた。
ケイズはリアとオルストンの3人で動くことが増えている。エリス、ステラはイェレス聖教国関係の用事で忙しいらしい。手が空いていれば同行してくれるのだが。
今回は3人でオンギョウコウモリという魔獣の住む洞窟を訪れている。ランドーラ湿原の西端だ。
数が増えすぎて下級の冒険者が襲われるということで、ギルドマスターのレザンに間引きを頼まれたのだ。オンギョウコウモリ自体は鋭い爪と素早い飛行を武器とする中級魔獣である。
「俺が解体してちゃんと収入にしますから。お2人はむやみに狩らないでください」
オルストンが洞窟の入り口から告げる。乱暴者2人が、間引きと称してオンギョウコウモリを根絶やしにしかねないと警戒しているのだ。
乱暴者2人のケイズとリアは、既に30体程のオンギョウコウモリを切り裂き、貫いている。
「もう30匹くらいやっつけたよ」
短剣を両手に持ったままリアが言う。髪も瞳も黒いままだ。
「あと、何か青くて大きい、きれいな石があるよ」
広い洞窟の中、リアの声が大きく反響する。
洞窟に入るなり30体程が襲ってきたので、すぐに返り討ちにしてやった。まだまだ奥に潜んでいるようだが、ケイズとリアを警戒して出てこなくなったのだ。
「では、俺もそちらに行きますね」
オルストンも、のそのそと身を屈めて近付いてきた。
無闇矢鱈に根こそぎ魔獣を駆除してはいけない。オルストンに言われたことだ。
必要なときに必要な分だけ狩るのが理想であり、魔獣も含めた自然と共存しようとすることも大事なのだという。だから魔獣の大量虐殺などもっての外なのだ、とも。
特に戦闘について主義主張のない2人は素直にオルストンの言うことを聞いていた。
「お、これは水属性の魔鉱石ですよ。ジードさんの鏃にもなるし、これだけ大きくて純度が高そうだとレガートさんの作る武器の素材にも出来ます」
嬉しそうにオルストンが言い、人の頭ほどもある岩を鷲掴みにして、いつも背負っている革の袋に放り込む。
なぜか見つけたリアのほうが誇らしげなので、ケイズはよしよしと頭を撫でてやった。リアが嬉しそうに目を細める。
「30体も倒せばかなりの収入で、十分な間引きになります。少し多いぐらいかも。これぐらいにしておきましょう」
オルストンが次から次へとオンギョウコウモリの青みがかった死体を大袋に放り込んでいく。体長が2メイル(約60センチメートル)はあるのだが。
「一斉に襲いかかってきたから倒すしかなかった」
ケイズは奥にいるオンギョウコウモリたちを警戒しつつ告げる。
「えぇ、見てました。奥の連中を刺激しないようにしていて、偉かったですね」
ケイズに言っているようで、リアに告げているのだ。
褒められてリアが喜び、クルクルと回る。
素材を回収してから、3人でオンギョウコウモリの洞窟を後にした。30匹分ともなればかなりの分量だが、オルストンいわく、鳥やコウモリは飛ぶために体が軽いのだという。あとはうまく畳めばちゃんと大袋に入るのだそうだ。
「ケイズさん、出来れば羽根のある魔獣は、羽根に攻撃を当てずに狩れませんか?」
ダイドラの町を目指して歩きつつ、オルストンが要請してきた。
「場合と状況によるけど。やってみる」
ケイズは快諾した。面白い注文をつけてくれるものだ。
「羽根のある魔獣は大概、羽根自体が良い素材になりますから」
オルストンの趣味は読書である。ただし読むのは経済関連の雑誌だ。どういう素材が高くなり、需要があるのか。更に世情も絡めて考えるのが楽しいのだという。
「ね、ね、私は?」
リアが構われたくて話に入ろうとする。ケイズに身体をピトリとくっつけてくれた。
「リアさんの技は破壊力抜群な分、手加減が難しいみたいですね。ケイズさんに比べると素材回収は大変そうに見えましたよ」
オルストンが苦笑して言う。
「むう」
可愛い力任せさんがむくれてしまう。由々しき事態、という顔だ。
「いいんだよ、リアは。素材回収よりも依頼、一緒に頑張ってさ。人助け、しような」
ケイズはリアの頭をよしよそ撫で撫でしてやった。リアがうふふっと笑って機嫌を直してくれる。
「可愛らしいご夫婦で、羨ましいですねぇ」
オルストンがケイズとリアを見比べて言う。
「地針案件だぞ」
ケイズは短く告げてオルストンをにらみつけた。一応、リアのことも可愛いと言っている。かなり際どい発言にあたるのだ。
「はいはい、私はケイズさんの味方ですから。攻撃しないでください」
丁重な口調でオルストンにあしらわれてしまう。
本当には、オルストンに地針を食らわせない理由は、どうやらリアを苦手としているようだからだ。あまり、直接話そうとしないのである。ケイズを経由して話す、というのが徹底しているのだ。
冒険者ギルドで素材を換金し、ジードの家へと向かう。冒険者ギルドでは、ギルドマスターのレザンから直々に礼を言われた。
「ケイズ、イワダコの依頼、なかったの?」
リアが心配そうに尋ねてくれる。
気にしていてくれたらしい。ほとばしる愛おしさに負けて、ケイズはリアをギュッと抱擁しようとしたところ、するりと逃げられてしまう。
「フィオナからは何も無いなぁ」
ケイズはリアの隙を窺いつつ答えた。対するリアがじりじりと距離を取る。
「レガートさんも何も言ってないですね」
オルストンもケイズとリアのじゃれ合いを見て苦笑して言う。
イワダコをダイドラにいてなお狙おう、というのが無謀だったのだろうか。
(他の魔獣を狙った方がいいのかな)
思いながら、ケイズはリア、オルストンとともにジードの家へと至る。
クランの拠点となる予定の建造物は外郭と枠組みまで出来上がっていた。ただ運び屋としてオルストンからは倉庫が欲しいとの要望があり、まだまだ増築予定である。
「ケイズさんっ!」
仮拠点であるジードの居宅へと足を踏み入れると、エリスがパタパタと駆け寄ってきた。今日も水色の修道服姿だ。スカート部の切れ込みから覗く白い脚が眩しい。
珍しい、とケイズは感じた。いつもならば、リアに「お疲れ様でした」というところから入るのだ。
「イワダコの駆除依頼、我らがイェレス聖教国からケイズさん宛に発出するそうです」
足の遅いエリスに代わって、受付席(仮)に座っているステラが教えてくれた。リアと交代する。いちいちギルドの女子寮でフィオナからお下がりの受付嬢制服に着替えていたのも微笑ましい。
憮然とした顔でエリスがステラを睨む。自分で話したかったのだろう。
「見つけたのか」
思わずケイズは訪ねてしまう。
「ええ、教皇のクレメン様からお便りが届きました」
エリスが胸を張って言う。よりにもよってイェレス聖教国の国家元首である教皇様に、魔獣の情報収集を依頼したらしい。
(1つの国家が総出でやれば、そりゃ見つかるよな)
あまりのことにケイズは遠い目をしてしまう。自分の杖のために国が動いたのだ。
「良かったね、ケイズ」
リアか無邪気にニコニコして喜んでくれる。
「あ、あぁ、そうだな」
ケイズは相槌を打ちつつも、とんでもない借りを作ったのではないかと危惧する。イワダコの情報どころか依頼まで出してくれたこともかえって怖いぐらいだ。
「あら、あまりうれしくないです?」
エリスが不思議そうに首を傾げた。
ステラの方は苦笑しているので、ケイズの複雑な胸中を察してくれたらしい。
「いや、ありがとう。助かった。こんなにあっさり見つかって驚いただけだ」
ケイズは取り繕いの微笑みを浮かべて告げた。
(別にエリスも悪気があったわけじゃないたろうし)
あまりに珍しいイワダコを探すために、一番確実だと思える手段を取っただけなのだろう。




