11 黒騎士①
青鎧牛と遭遇してから2日、ケイズとリアは順調に行程を消化していた。
「あ、蛇だ」
呟いたと思ったらリアがケイズの横を駆け抜け、地面から伸び上がるように現れた大蛇の喉元を蹴り飛ばした。殺してすらいない。気絶した蛇はその場で文字通り伸びている。
「お見事」
律儀に自分の後ろへ戻るリアに、ケイズはすれ違いざまに声をかける。一昨日よりも昨日、昨日よりも今日の方が魔獣の襲撃が増えていた。
(分かってはいたけど面倒くさくなってきたな)
ナドランド王国の国土は全体に肥沃であるものの、魔素の多い地区も幾つかあり魔獣も多い。魔獣の住み着いている古からの遺跡も国土の東部を中心に点在しており、冒険者業の盛んな国だ。
リアと旅を始めてから5日が経過しているが、少し小さい山を1つ越えたぐらいで、あとは概ねなだらかな道のりであった。
ただ野宿ばかりということが、ケイズの中でだんだんと気になり始めている。リアはとても可愛い女の子なのだ。
「本当は街とかに入れればいいんだけど。ずっと似たような道で退屈じゃないか?」
相変わらず前を歩くケイズは尋ねた。
街道沿いに平野が広がっている。単調な景色がしばらく続いていた。
街を訪ねれば、名所の観光や名物料理などを食べられる。リアにとっても楽しいはずであったのに、と思う。
「平気」
リアが横に並んできた。
遠慮されているのではないかと不安ですぐにケイズは返答できない。
するとリアが顔を覗き込んでくる。
「ホントだよ。あたし、旅って初めてだから楽しいし。こないだは大っきい牛やっつけたし。他にもちょこちょこ戦ってるから」
自分は疑っているような顔でもしていたのだろうか。
リアが一生懸命に言い募る。顔がニコニコしていて、楽しそうなので、それが何より大事かとケイズは思い直す。
「戦ってるから楽しいなってのもなんだかなぁ」
ケイズは苦笑して言った。
青鎧牛を倒した後もしばしば魔獣に遭遇した。ほとんどが下級魔獣であり、歩みを止める必要すらなく倒せている。最初にもう出会ってしまったが、本来、上級魔獣などそうそうに出会うものではないのだ。
「体、動かさないと、何かが濁るような気がするから」
リアが歩きながら伸びをしてみせる。
遭遇した魔獣のほとんどは猿型の魔獣や小鳥が凶暴化したものだった。先程の大蛇は大きいので中級魔獣かもしれない。ほとんどの場合はリアが風で叩き落とすか蹴り飛ばすかしていた。
ニーデルを出てから話しかければ笑顔を見せてくれる。ただ、魔獣を倒しているときも活き活きとしているので複雑な心境だ。
「次の街はメイロウっていうところなんだけど、寄ってみるかな」
ケイズは頭の中で地図を思い浮かべて告げた。
ダイドラに至るまでに寄ることのできる最後に大きな街だ。人口も多く賑わっていた印象がある。ダイドラ方面の街道は、4か国に跨った交易の要衝だった。
「うん」
リアが嬉しそうに頷く。先程からずっと隣を歩いてくれている。見下ろす頭すら愛おしいとは、自分はどれだけ幸せなのだろうか。
「宿にも泊まりたいな」
ケイズ自身に宿屋への特別な願望はない。ただ、リアと一緒に初めて宿泊できるということに大きな意義がある。
まだ、一緒に歩いているだけで、指一本リアには触れていない。手も繋いでいないのだから、その先の段階のことも出来ないでいる。
(毛色の変わったことを入れることでより親密になれるかもしれない!)
自然と勢いづいてしまう。
「私、宿屋って泊まったことない」
声が弾んでいる。リアも乗り気なようだ。
(でなければ、野営をこうも自然に受け入れられないだろうな)
以前のリアの言葉をケイズは思い出した。屋根のないところで寝ることに慣れている人間の言葉だ。魔獣に襲われる心配もあるので、普通の人間は宿屋に泊まる方が平常なのである。
「嫌じゃないなら良かった」
いろいろと思ったが、代わりにケイズは告げた。
とりあえず今晩はメイロウの街で宿屋に泊まることに決定だ。自然、ケイズの足取りも軽くなる。
二人とも歩くのはもともと速い。これまでにも何人もの旅人や商人の一団を追い抜いてきた。
「ねぇ、私達、ダイドラって街に向かってるんだよね?」
徐にリアが尋ねてきた。確認するような口振りだ。最初にも説明しているし、青鎧牛の時には冒険者になるつもりである旨も告げた。
分からなくて訊いている質問ではないだろう。
「そうだけど、嫌だったか?」
不安になってケイズは訊き返した。
何年もリアの状況を見ていて、ダイドラでの冒険者生活が一番合っているだろうと思った。それでも何かリアに別の夢、目標があるのなら当然そっちを優先で応援してあげたい。
「ううん、そこまで考えてくれて、本当にありがとう。他人だったのに、まだ不思議だけど。今までも、楽しいし。お陰でこの先もまだ楽しいこと、きっとあるんだって思えるのは、ケイズがお節介で、連れ出してくれたおかげだから」
リアが前を向いたまま告げる。照れ臭いのかほんのりと頬が赤らんでいた。
嬉しすぎてケイズはリアの横顔に視線が釘付けだ。ただ、リアもこちらを向こうとしたようなので、つい視線を前に戻してしまう。
「同じナドランドでもニーデルとはだいぶ違う。辺境っていえば聞こえが悪いけど。荒っぽいのも多いけど、俺達みたいなのが紛れ込むのにも丁度いい」
照れ臭くなって、前を向いたまま、当たり障りのない情報をケイズは告げた。
「でも、ごめん。リアの方で行きたいこととかやりたいことあれば、それかいつか別なことしたくなったら、いつでも言ってくれ」
言わなければいけないことを、遅れてケイズは口にした。自分が押し付けて将来を決めてほしくない。そしてリア自身に自分を選んでもらえたら何より幸せだ。
「今はまだ、自分でもよく分かんない。頭の中、まだ少しグチャグチャする。ケイズが、私にダイドラ行こうって、言ってくれなかったら、どこかの国に攫われて、魔眼の実験に使われてたと思う」
しみじみとリアが言う。
単独で置き去りにされたリアは、精霊術の研究を進めたい国家にとっては垂涎の的だった。いくつかの強国がケイズの頭にもパッと思い浮かぶ。言葉通りの結果になっていた可能性は高かった。
「そしたら、楽しいこと、いっぱいあるかもしれないって、思うことすらないまんま、死んでたかもしれない」
何ならば仮定の話であっても、リアが死ぬと思っただけで自分もひどく悲しいぐらいだ、とケイズは思った。
「俺だって、リアを連れ出してこういうことしてなかったら、ナドランドかどっかの国の軍隊で黙々と人殺しをしてたと思う」
ケイズもしみじみと告げる。
自分も、リアを見ていなかったら、惚れ込んでいなかったら、後には力しか残らない。そういう殺伐とした生き方をしていただろう。
無理矢理、自分の後釜としてナドランド軍に入れようとしなかった師匠キバには感謝している。
師匠本人はそれなりにやり甲斐があってナドランド軍に力を貸していたが、弟子の自分に同じ生き方をするよう強制はしなかった。
「人の為に何かしようとするのは、自分の為にもなることなんだなぁ、とは俺も思う」
何度か師匠に連れられて参加した戦では、存分に力を振るってやった。自分の参戦したものは負け知らずの結果だったが、今、思い返してみてもやり甲斐を感じなかったし、そこは変わらない。
「お互い、一人じゃなくて嬉しいね」
リアが遠慮がちに手を繋いできた。にぎにぎしてくる。感触を少し確かめたらすぐ離してしまったが。
ケイズは柔らかい手の感触で頭が真っ白になってしまった。絶叫するか黙るかしかない、とケイズは思い、黙っていることにする。
そのままぽつりぽつりと他の話をしながら進む。
視線を感じたのは、メイロウの街にほど近い林の中だった。
ケイズは舌打ちをした。
「畜生、リアとの甘い観光が台無しだ」
巧妙な尾行ではない。バレバレだからかえって腹立たしいのだ。
「今日も野宿?」
リアも気付いたのか真面目な顔で尋ねてくる。
襲撃される可能性があるのに宿屋では宿泊出来ない。戦闘になって大暴れすれば建物を破壊した上、関係ない人を死なせてしまうかもしれない。
「仕方ない、か」
ケイズはため息をついた。ただの盗賊であればメイロウの町中までは追ってこないかもしれない。ただ、ケイズとリアであると知った上で尾行しているのであれば、相手を把握しておきたい。
「街の外でやっつけよう」
怒りを押し殺しながらケイズは宣言した。




