39 クラン双角参加試験〜オルストン①
一朝一夕で人の実力が向上するものではない。ケイズ自身はもちろん、長年訓練してきたリアも本当はよく分かっているはずだ。天性の才能に差はあっても、時間をかけてしっかりと努力しないと本当には強くなれない、という点で人は平等だ。
つまり、最初から強い人間なんていない。
「エメ君とルゥさん、早速、第9等級へ上がったそうですよ」
ステラがお茶の入ったお椀をケイズに渡して報告する。
さすらい馬の捕獲から一週間が過ぎた。今、ケイズはリア、エリス、ステラの3人とともにクランの拠点であるジードの居宅にいる。
家主のジードは留守にしていて、受付(仮)とある玄関に設けた席にリアが座っていた。フィオナのお下がりだという受付嬢の制服を身に着けている。
「知ってる。2人の実技の試験官は俺がやったんだから」
ケイズはお椀を受け取り、氷の入った冷たいお茶を一息で飲み干した。やはりダイドラの蒸し暑さは苦手だ。冷たい飲み物が美味しくてしょうがない。
外からは大工さんたちの声や作業の音がする。隣の空いている敷地を皆で買い取って、クラン拠点用の建物を作ることとしたからだ。
「ケイズ、優しいから。試験結果も採点、すんごい甘かったんだよ」
居間にいるケイズたちから見て、背中を向けたままのリアが不満げに言う。きっとエメとルゥの試験結果の書面をこっそり見たのだろう。
「2人とも、第9等級としてなら十分な腕前だったよ」
ケイズは思わずニヤけてしまう。きっとさぞや不服そうな顔をリアはしているだろう。不服そうなリアの背中すら愛おしいのである。
「エメの剣技はステラも前に言ってたけど、第7等級くらいまでならいけると思う。ルゥの方はもう少し、魔力の流れ方を掴めれば化けるかもしれない」
ケイズは試験の時を思い出して告げる。
エメに対しては石弾を放ち続けた。段々と弾数や弾速の難度を上げて実力を測ったのだが、当初の想定よりも遥かに粘ったのである。ルゥについては、得意だという水属性の魔術を使わせてみた。
「それでも第7等級より下の弱いのはヤダ!」
リアがまた言っている。第7等級になったらなったで何かと理由をつけて文句を言いそうな口振りだ。
さすらい馬のときに喧嘩したので、エメとルゥの2人に対してはすっかり拗ね上がっているリアであった。
エリスとステラがまたかという顔をする。
「ケイズさんの次はリアさんかぁ。精霊術師って癖の強い人しかいないのかしら?」
エリスが優雅にコーヒーカップを口に運んで告げる。水色のローブが涼しげで羨ましい。
「身体に精霊を宿していることが人柄にも影響を及ぼす。そんなところもあるんじゃないですか?」
ステラもステラで遠慮のない発言を繰り出してきた。
「まぁ、絶対にないとも言い切れないけど」
ケイズは適当に相槌を打つに留めた。絶対数が少なすぎてよく分からないというのが正直なところだ。
「ケイズさん、虫みたいな性格してますもんね」
ケタケタと笑いながら、失礼すぎることをエリスが言う。
「めっ!」
すぐに席を立ち、リアがペチッとエリスの頭にお仕置きの手刀を振り下ろしてくれた。
ステラも呆れ果てている。
「うちの性悪聖女様のほうが、今やよっぽど人が悪いのによく言いますよ、ほんと」
侮蔑に満ちた眼差しをステラがエリスに向ける。
「えーん、ごめんなさい」
わざとらしく嘘泣きをしながらエリスが謝罪した。そういうところである。
「いや、虫みたいな性格って、一体どんな?」
だいぶ心を傷つけられてしまったケイズであった。
受付席から離れたままのリアが慰めるようによしよしをしてくれる。ようやく少し立ち直れた。
「すいません」
遠慮がちな声がノックとともに聞こえてきた。静かな声音である。
リアが可愛らしくお澄まし顔をつくって受付席に戻った。ただ入り口近くに机と椅子を置いただけの場所なのだが。
「どうぞ」
返事をするリア。すっかりクラン双角の看板娘である。
少し来訪者はここで良いか迷ったのではないか、とケイズは思う。隣の建築現場があるので相当に紛らわしいし、傍目にはまだジードの居宅で一般住宅だからだ。
「失礼します」
入ってきたのは物静かな声とは裏腹に筋骨隆々とした大男である。褐色の肌に小麦色の髪、身長は7メイル(約2メートル)はあるのではないか。入り口をくぐるときにも身をかがめて入ってきたほどだ。
(デンガン公国の人間だな)
ケイズは肌の色と髪の色から当たりをつけた。大柄で屈強な体躯も相まって、典型的なデンガン公国の人間だ。ただ顔立ちは大人しく温和そうな人柄が滲み出ている。
白いシャツに黒いズボンを身に着けていた。
「こんにちは。クラン双角に、今日はどんなご用件ですか?」
すっかり受付嬢のリアがにこやかに尋ねる。一体どこで覚えた話し方なのだろうか。知らずに見れば本当に事務職の人のようである。
「あ、えーと」
男がゴソゴソとズボンのポケットから1通の手紙を取り出してリアに渡す。ひどく緊張しているようだ。
「俺はオルストンと言います。運び屋です。クラン双角に入れていただけないかと。それは紹介状です」
オルストンと名乗り、緊張しつつも用件を告げた。年齢は30歳を超えているのではないか。
10代半ば、という半分ぐらいの年齢、オルストン自身から見て子供でしかないような自分たちにも、丁寧な口調で接してくるあたりから、本気の度合いが伝わってくる。
ケイズとしては好感の持てる人柄だ。
「あ、レガートからだ」
紹介状の名前を見て、リアが声を上げる。エリスとステラが首を傾げた。二人にとっては知らない名前だろう。
武器屋のレガートもデンガン公国の出身だ。同国出身の知り合いに良い人材がいたから紹介してくれた、というところだろう。
「分かりました。今はクランリーダーのジードが不在です。参加希望のことは伝えて、みんなで話し合って決めます。結果は後でちゃんと連絡します」
リアが丁寧に告げて、もらった紹介状を脇へ寄せる。
(あ、お利口さんだ、可愛い)
後ろから見ているケイズは受付嬢リアにすっかり骨抜きである。
リアがオルストンに白紙を渡す。連絡先を書いてほしいということらしい。
「ここに住んでるので宜しくお願いします」
住所の書き置きを残してオルストンが立ち去っていく。
ケイズとしてはレガートからの紹介というだけで加入してもらって良い、と思っていた。頑固で変わり者のレガートだが信用のおける人物だ。
「早速ですねぇ。運び屋さんですか。なんて書いてあります?」
ステラが興味津々という顔でリアの上から紹介状を覗き込もうとする。
ケイズとエリスも同様にした。4人で密着である。
「うん、えっとね」
リアが丁寧に紹介状の封を開き読ませてくれた。
オルストンの人柄と運び屋として優秀であることが癖字で書いてある。
「あら、ケイズさん、イワダコを探してるんですか?」
エリスが一通り、紹介状に目を通してから尋ねてくる。直接にはオルストンと関係のないことに言及するあたりがエリスらしい。
紹介状の最後にはケイズ宛に、イワダコの脚か情報を掴んだら教えてやる、と書いてあった。また他にも素材が集まったらいつでも遊びに来い、とも。
「ケイズ、レガートととも仲良しだもんね。お願い、したんだ?」
リアがなぜか感心したように尋ねてくる。
「あぁ、レガートならイワダコの脚を持ってるかなって思ったからさ」
ケイズはレガートとのやり取りを思い出して答えた。
一番最初にイワダコのことを相談したのも、素材になると教えてくれたのもレガートである。
「イワダコならうちの国にいなかったかしら?」
エリスがステラを見て尋ねる。
「確か火山地帯にいるんじゃありませんでしたっけ?」
ステラもエリスを見て訊き返す。
2人の出身国であるイェレス聖教国もイワダコの主な生息地の1つだ。本来ならば真っ先に訊くべき相手ではあった。イワダコの脚を求め始めた当初、あまりに剣呑な仲だったので尋ねられなかったのである。
「あれ、出てくると大変よね。硬くて速くて強いし、魔法もあんまり効かないし」
エリスが心底うんざりした顔をする。とめどなく文句を並べられるのもいかにもエリスらしい。
「ケイズさん、イワダコの情報を求めているのなら、本国に問い合わせてみましょうか?」
ステラからの有り難い申し出である。
仲良くなっておいて良かった、とケイズは思った。なぜたかリアまで嬉しそうた。
「いいのか?有り難いけど迷惑じゃないか?」
ケイズは訊き返しつつ、ふとエリスとステラのイェレス聖教国内での身分が気になった。2人ともダイドラには不似合いなほど上品で強い。エリスの方は若干、癖の強い性格をしているが。かなり高い地位にいるのではないかと思う。
「今の、良いケイズさんなら良いですよ。前の悪いケイズさんなら、絶対、嫌でしたけど」
エリスが茶目っ気たっぷりに笑って告げる。
「仲良くしてて良かったね、ケイズ」
リアがニコニコ嬉しそうに言う。
「ありがとう、宜しく頼む」
ケイズはエリスとステラに頭を下げた。
「はーい、お安い御用です」
エリスが言い、イワダコについての協力をイェレス聖教国からも、してもらえることになった。
ただ、実際に動くのは返事をしたエリスではなく、苦笑いしているステラなのだろう、とケイズは察していたが。




