37 捕獲依頼〜さすらい馬⑩
日中、魔力に蓋をして、夜はすやすやぐっすり眠る。そんな日々が3日続いた。
「やっぱりケイズさんの魔力を警戒していたようですよ」
4日目、水色の修道服に身を包んだエリスがケイズとリアの元を訪れていた。スカート部に切れ込みを入れて脚をちらりと見せているのは、彼女なりのジードへ向けた精一杯の、アピールのつもりだったのかもしれない。
以前、かなり失礼なことを思ったのをケイズは申し訳なく思う。
同じく、魔力量が多いということで、エリスも念の為、牧場で留守番をすることとなった。ここ3日間は欠かさず会いに来てくれる。
「何頭かの牝馬に求愛しに来ていました」
エリスが微笑んで知らせてくれる。
ジードやエメ、ステラが交代で夜も見張りをしてくれていたらしい。ただ、魔力をケイズとリアが解放している夜間は来なかったようだ。
「牧場内にノコノコ入ってきたなら、そこで捕まえちゃえばいいのに」
リアがあっけらかんと言う。とんだ力任せちゃんの発想である。
「ジード様がおっしゃるには、まだ周囲を警戒していて、矢を放てばバレて避けられる。狙われてると気付いたら牧場へはもう来ないだろうって」
エリスが説明しつつ、ちらちらとリアに視線を送る。何かを期待しているような、そんな顔だ。
「魔力閉じてるから、小虎は出せないよ」
リアがすげなく言い放つ。確かに小虎を出すための魔力でさすらい馬に逃げられかねない。
「ですよねぇ。残念」
エリスがほうっとため息をついた。
「まぁ、とりあえず何頭か特に執着している牝馬がやはりいるようです。その中でとびきりの1頭を囮にして、もっと、そのぉ、なんていうか、しようとしてるところを」
もじもじと悩ましげに身をくねらせて、エリスが言いづらそうにした。妙なところで恥じらう聖女である。
「分かった。無理して言わなくて良い」
ケイズは察してやった。
隣ではリアが首を傾げてエリスを見ている。どうやらエリスの恥じらいが分からないようだ。
誘き出した上で、求愛しているところではなく、更に進んで、交尾をしようと周りに気が向かなくなった瞬間を狙おうというのだろう。
だが、エリスの話を聞く限り、もうしばらく時間がかかりそうだ。牝馬の選定に、誘き出す地点の選定がある。
同じように考えたらしく、リアがまた、こめかみをコンコンと叩いて痛みを紛らわせていた。
ケイズも足の裏が痛くてしょうがない。
遠目に短剣を一振り持って、エメと話をしているジードが見えた。身振りも交えて、何事かをかなりの熱量で説明している。活き活きとして楽しそうだ。
(この依頼を受けてから、ジード、調子良さそうだもんな)
もともと好きだった捕獲依頼の上、後進の育成というおまけ付きだ。好きなことにやりたかったことが重なれば上機嫌にもなるだろう。
ロイズも牧場から3人を眺めている。ジードがエメやルゥを指導してくれるのでかなり機嫌が良い。お節介だが、悪い人間ではないようだ。
(リアには、悪いけど。クランっていう集団としては、ああいう、これから伸びるって人たちを抱え込んで、しっかりと育ててってしたほうが良いんだろうな)
リアさえいればいい、と思っていて。エメとルゥの件が半ば他人事のケイズの方が、リアよりも冷静でいられるのであった。
ケイズの立場としては、エメやルゥを拒絶するのも、リアをたしなめることも、しづらいことなのである。
(俺はいつもどおり、リアのために1番良いと思えることをすれば良い)
痛みに耐えて、身を寄せてじっとしているリアを見て、ケイズはただ愛おしく思うばかりである。
ジードからの呼び出しがあったのは、そこから更に2日後の朝であった。
「やっと、段取りが全部まとまった」
充実感あふれる笑顔でジードが切り出した。エリスが惚れ惚れと横からジードを眺めているのが微笑ましい。
ロイズ牧場の母屋、食堂にて集まっている。ステラにエリス、エメにルゥも一緒だ。
エリスがテーブルの上に地図を広げた。先日のものと同じものでケイズの描いた円も残っている。
「今日の正午、1番気に入っている牝馬を連れて、エメにさすらい馬を誘い出してもらう」
ジードが地図の1点を指差して説明する。牧場から少し北東に離れた水場だ。
エメになかなかの大役を任せるものだ、とケイズは思った。1番、上級魔獣であるさすらい馬に、近付く役割だ。危険でもある。
「エメならさすらい馬にも警戒されないと思う。ステラさんより適任だろう」
更にジードが説明を補足する。
「弱いもんね」
リアが即座に言って、エメに睨まれている。
ただ、大役に緊張しているのか、睨むだけでエメも挑発するようなことは何も言わない。
「ケイズ、戒具はもう出来てるんだろう?」
ジードに訊かれ、ケイズはローブの右袖から、一巻きの縄を取り出した。我ながらなかなかの傑作だ。大概の属性の魔獣を無力化できるだろう。
「うわっ、ただの縄なのにおぞましい」
エリスが性懲りもなく、せっかくの傑作を謗ってきた。リアにペチされている。
「これを巻けば、さすらい馬は風の使えないおとなしい大きめの馬になる」
エリスに構わず、ケイズは説明した。
まだ、誰が巻きに行くかが決まっていない。巻きに行く人間にはどう巻くのが良いかを話しておきたかった。
「ケイズもリアも、2人とも悪かったな。長く身体にしんどいことさせて。でも、今日で確実に決める」
ジードが気遣いを見せる。大人なことだ。
「むしろ、俺が持ってきた仕事なのに、碌に力になれなくてごめん」
ケイズは一同に頭を下げた。エメとルゥも含まれていたので、抗議のためにリアがローブの袖を引っ張ってくる。
「いいさ、楽しめてるし、良い拾い物も見つけた」
エメとルゥを見て、ジードが告げる。
また、リアが不機嫌そうな顔で口を開こうとした。
「で、最終的な配置は?特に俺らはどこにいればいいんだ?」
あわててケイズは話を逸らす。
ジードがケイズの意図を察して、労るように笑顔を見せた。地図を指して説明していく。
エメがさすらい馬を誘き出す水場に程近い林がある。ジードとステラの2人で身を潜めるという。
ジードが麻酔矢でさすらい馬を首尾よく眠らせた後、もっとも脚の速いステラが、林から飛び出してケイズの作った縄を巻く、という作戦だ。
さらにステラにはエリスが速度強化の術もかけることで、戒具を巻く所要時間を短縮する。
ケイズ、リア、エリスの強過ぎる魔力持ちと、特に何の役割も持てなかったルゥが、もっとも遠く、牧場の北東端で待機する予定だ。
(さすがジード。特に穴のない作戦の詰め方だな)
ケイズはジードの策に納得して頷くのであった。




