34 捕獲依頼〜さすらい馬⑧
「んー、リアは」
ジードも困った顔をする。ケイズにも気持ちがよく分かった。
馬は繊細な生き物だ。些細な負傷で走れなくなる。骨などにも異常を来しやすい。さすらい馬も魔獣とはいえ、元は馬である。捕獲にも繊細な注意を要するのだ。
リアと自分の攻撃では重傷を負わせてしまう。
「うん、他の魔獣が邪魔にならないよう、離れたところで見守っていてくれ」
ようやくジードがリアの仕事を思いついてくれた。
迂闊に近付くとリアの魔力に気づいて、さすらい馬が逃げてしまう。
しかし、体よく離れていろということで、邪魔にされたと感じたのか、リアがむくれた。
ケイズはエメへと視線を移す。ジードの立てていた作戦を咀嚼するのに集中しているようだ。悪い人間ではないのだろう。リアに嫌な顔を向けていたら困る、とケイズは思ったのだ。
(散々、弱いって、言われて。言った本人が役に立たないからって理由あれば、馬鹿にする人は馬鹿にしてくるよな。そうしたら俺は)
たとえリアに落ち度があっても、リアを傷つけるならケイズはその一点でもって許せない。
(ただ、今回それでエメを攻撃したら。俺もだけど、リアの居心地も悪くなる)
ケイズは考えを巡らせて思い至り、深くため息をついた。
今ならまだ対処ができる。心安く、幸せに暮らすというのはなかなか大変なことだ。
「エメ」
ケイズは名前を呼んだ。
「なんだよ」
先のやり取りもあって、エメが警戒するような顔をした。ルゥも不安そうな顔をする。
「さっきは悪かった」
ケイズは先手を打って謝罪した。
リア以外の全員が驚いてケイズを見てくる。リアだけはそっぽを向いていた。
「聞いての通り、弱い弱いって言っておいて、今回は俺とリア、魔力量が大きすぎてあまり役には立てないんだ。強いから良いっていうんでも、弱いから悪いっていうんでもないと思う。ただ、嫌な思いをさせたこと、ごめん」
頭を下げる。何かリアがローブを引っ張ってきた。どうやら謝るなと言いたいらしい。一体誰のために謝っていると思っているのか。
「現に、戦闘力は一番じゃないけど、うちはジードがリーダーしてる。強いのが一番じゃないっていうの分かるだろ?だから弱い弱い言って悪かったけど。そっちもそっちであまり怒らないでほしい」
言って顔をあげると、戸惑ったエメの顔があった。
「いや、いいんだけど。ケイズさんは。そんな嫌なこと言ってないし。でも言った本人のリアさんがまだ拗ねてて。今も睨んでくるんだけど」
エメが若干不満げにリアを見て言う。
確かにエメの言うとおりであり、口を尖らせて、ツーンとわざわざケイズの方にそっぽを向いてきた。まだ怒っているよ、との顔である。ケイズの謝罪が台無しだ。
ジードたちも苦笑いである。
「分かると思うけど。俺はリアに謝れなんて言えない。謝らせる気もない」
ケイズは更に続ける。
「でも、俺とリアは2人で1つだと思っているから。俺が頭を下げて謝ったんだから、リアがしたのと同じだと思ってくれ」
リアが、ポッと頬を赤らめて俯いた。謝ったことにされて怒ったのかもしれない。
「さらりとすごく気持ち悪い理屈。ケイズさんらしいと言えばケイズさんらしいけど」
エリスがポツリと呟いた。ステラも呆れ果てている。
そんなに変なことを言っただろうか。
「すごい、素敵」
ルゥの方が唐突に声を上げた。
「噂には聞いていたけど。ケイズさんって、すんごい純愛で。リアさんには一途なんですね。いいなぁ」
だいぶ、リアに気づかれそうな際どいところをルゥが突いてくる。
ケイズは慌ててリアを見た。好意に気づかれてしまったかもしれない。
「ルゥは、ケイズのこと、好きなの?」
リアが何か警戒するような、咎めるような口調で尋ねた。
(いや、そうはならないだろ。良かった、大丈夫。リアはまだ気付いてないな)
ケイズはホッと胸を撫で下ろした。まずは十分にリアから愛してもらえるようになるのが大事である。
「いいえ、見た目が全く好みじゃありません。性格も暗そうだし、変態だし。ないです。何か陰気そうで嫌です」
ルゥがものすごい勢いでケイズを誹り始めた。
リア以外の女性に何を言われようがケイズとしてはどうでも良いのである。
「あくまで、陰気なケイズさんが、一途に天真爛漫なリアさんを溺愛しているのがいいんです。分かりませんか?こういうの」
よく分からない熱を込めてルゥが力説してくる。
ないない、とエリスやステラが首を横に振っていた。
「むぅ。ケイズ、精霊術の訓練、付き合って!」
すっかり拗ね上がってしまったリアが、ケイズをローブごと引っ張って、食堂から出ようとする。
「付き合って、だって!?リア、ありがとう!ご馳走さま!」
あまりの嬉しさにケイズの頭から細かいことが飛んだ。ずるずるとリアに引っ張られるまま、食堂を出てしまう。
「おい、リア、話し合いがまだっ」
ジードが慌てて呼び止めようとするのが聞こえた。
「知んないっ!ケイズと私の代わりに、そこの弱いの2人、使えばいいよっ!」
リアが憎まれ口を叩いた。
(付き合って、か。最高だ。これはもういよいよ、今日こそ)
ケイズの頭の中は『付き合って』の喜びで一杯である。
「何だとっ、このっ!ルゥッ、止めるなっ!」
エメの声が背後で響く。
「エメ、やめろ。リアも気が立ってるみたいだから、少し放っておいてやれ」
ジードがなだめているのも聞こえた。
ケイズとしてはリアからの『付き合って』が貰えたので、本当にもうお腹いっぱいの大満足である。取りなそうなどということは考えられなくなった。
結局、ジードたちの作戦会議がどうなったのかも分からないまま、ケイズはリアとの訓練にいそしむこととなった。
ロイズに頼み、使っていない牧場の隅を借りる。牧と馬舎の間にある敷地であり、元は子馬などを走らせる場所だったらしい。
ケイズは杖で地面を突いた。土壁を使うための準備である。さすらい馬に気づかれぬよう薄く広く地面に浸透させていく。
「蜂さん、いっぱい出すの、ケイズは上手だね」
リアが、感心して褒めてくれた。地面に正座をして、小虎を膝の上でじゃれさせている。
一方、ケイズは無数の蜂に全身を覆われていた。
出せば出すほど懐かれて、纏わりつかれるのだ。
「うん、久々にやったよ。何せこうなるからさ」
背中から顔から全て地蜂に、覆われてしまい、最早、リアの可愛い顔すら見えない。
「私は5頭、ちっこいの出すだけでも疲れちゃう」
リアが憮然として言う。由々しき事態、の顔だ。
「精霊の性質も違うからな。俺は蜂で、そっちは虎だから」
ケイズは自らの蜂を引っ込め、リアの顔を見て告げる。
更に向かい合って座った。集団で生きる蜂と、単独で暮らす虎とでは、数を撃つという使い方では違いも出てくるだろう。
風小玉の威力を考えれば、数個でも十分に脅威だ、とケイズは思った。
ケイズとリアは、実に快適に集中して訓練を進めた。
数日をそうして過ごす。
食事も出してもらえて、布団もふかふかのものを二人分、他の面々とは別に、リアと一緒の部屋で準備してもらえた。至れり尽くせりである。
(添い寝したいけど駄目だよなぁ)
ケイズ唯一の不満であった。




