10 鎧の巨牛③
自分たちには余裕があった。
思い、更にケイズは言葉を足す。
「リアなら一人で倒せただろ?どこまで手の内を晒すか様子見しながら戦ってる感じだったし」
隠し事をされたわけだが、余所余所しさは感じなかった。自分も似たような考え方をして戦っていたからだ。
「ケイズと同じ」
リアがはにかむような表情を浮かべて答えた。なぜかもじもじ照れている。
何を恥じらっているのかは分からないが、可愛らしい表情の動きだ。
「最初にダイドラへ行くって言ったけど」
ケイズは青鎧牛の死体を見上げて切り出した。
「なあに?」
視線を戻すとリアが顔を近づけていた。
可愛すぎて困る。ケイズは仰け反って続けた。
「あそこは冒険者の街で、魔獣の駆除で生計を立てられる。上級魔獣をこんな風にあっさり倒せるなら、俺たちは十分やってけると思う」
ここまで話してリアの顔色をケイズは窺う。
リアがきょとんと見返してくる。
「うん」
微妙な間のあとにリアが頷く。
先を続けて欲しいという意思表示のようだ。
「いや、不満だったり反対だったりするかな、って心配になった。今まで身につけてきたことで、人の役に立てるのはリア自身にとっても良いかなって思ったんだけど」
本来ならニーデルを出る前に話すべき内容だった。とりあえず同行する、という既成事実を作ってから切り出したことで、後ろめたさがあるのだった。
「んーん」
リアがブンブンと首を横に振った。
「そこまで、考えてくれてて嬉しい。私、ケイズを手伝えるなら嬉しいよ」
ケイズはほっと肩の力を抜いた。急遽、考えた計画なので都度また話し合わないといけないことも出てくるだろう。
「じゃあ、初めての獲物から素材を回収するか」
ケイズはリアに告げる。
ただ、まだまだダイドラまでの行程は長く、全てを持ち歩くことは出来ない。
「お肉、食べる?」
リアから最初に出てきた発案はお肉だった。腹が空いているのだろうか。
(ずっと、ただの小麦を固めただけの携行食だったもんな)
日持ちする上、腹持ちもするが美味くない。今まで全く文句をリアに言われていないのだが。
ケイズは、痩せていて、いかにもあまり物を食べなさそうなリアの身体をしげしげと眺めながら思う。
(痩せの大食ってこともあるのかな)
ケイズはさらに思いながら見つめ続ける。
リアがモジモジと居心地悪そうにし始めた。
「お肉じゃないなら、何?」
気まずそうにリアが質問してきたので、我に返る。
「角、だな。高く売れるし、良い素材になる」
ケイズは即答した。
2本あるので、1本を自分の杖の素材にして、もう1本をダイドラで換金したい。だいぶ重いが角2本ぐらいなら背負うことはできる。
「肉は、少しだけ焼いて食うか」
リアの空腹を考慮してケイズは提案した。
どうやって切るかが問題だ。青鎧牛の巨体を見て悩む。
自分の得物はあくまで杖であり、解体用の刃物など持っていない。
「リア、角と肉を切り分けられるか?」
困った挙げ句、リアに助けを求めてしまう。
そもそも刃物がない上、たとえあったとしても硬質な角を切り分けるのは生半可な刃物では無理だ。
「いいよ」
軽くリアが答える。
また髪と瞳が碧色に発光した。
風の刃で難なく角を切り落とし、柔らかい腹側から牛を解体してしまう。数分の出来事であり、鮮やかな手際にケイズは舌を巻いた。
「あれかな、燻製の仕方とか知ってれば保存食に出来たのかな」
ケイズは申し訳なくて、頭を掻きながら言った。誘ったのは自分なのだから、あらかじめこういうことにも精通しておくべきだった、と反省する。
「私、知らない。兵糧は支給されるものだったから」
リアも変なことを言っている。
(きっと、その場で作るって発想がなくて、ごめんなさいって言いたいんだろうな)
ケイズはなんとなく理解して頷いた。
「とりあえず食べる分だけ焼いて食ったら出発しよう」
燻製は出来ないが火打ち石ぐらいならケイズの魔力で精製出来る。
角を布に包んでいつでも背負えるようにし、肉を木の枝に刺して焼いた。
「リアのその目、ホクレンの将軍家に伝わる魔眼だろ?」
肉が焼けるのを待つ時間を利用して、ケイズは尋ねた。
今のリアは目も髪も黒い。透けるように白い肌が際立ついい色だが、戦うときは碧色に発光していた。そうなるとだいぶ見た目の印象も変わる。
「うん」
リアがじぃっとお肉の焼けるさまを見つめて頷く。
「髪の毛まで、光るんだな。みんな同じ力なのか?」
ケイズは思ったままに質問していく。
リアが首を横に振った。
「んーん、兄様は銀色に光るの。目で見た範囲内の場所に瞬間移動出来るって言ってた」
リアは何の気もなく、聞かれたから答えたのだろう。
(うーん、ホクレン筆頭将軍の能力とか、軍の機密事項なんじゃないのか?)
当然、未来の義兄に不利益を被らせるつもりはない。
胸にしまっておこう、とケイズは決めた。
「リアのは?」
自然に話題を変える。
把握しておきたいのも、リアの兄よりリア本人のほうだった。
「私のは、身体能力と魔力の限界突破」
リアがお肉に目を向けたまま答える。
「なんか、あまり目と関係ない能力なんだな」
ケイズは指摘した。
まだ、お義兄さんの能力は見た範囲に動くわけだから納得できるのだが。リアのほうは目で見えない自身の体に作用している。
「目がどうこうじゃないの。身体の魔力の動きだから。それに魔眼って言われてるけど、私達、髪だって光ってる」
自分でも首を傾げながらリアが言う。リアの説明は少し分かりづらい。
ただ、なんとなくケイズには言いたいことが分かった。
「要は代々一人一個、特異体質を持って生まれてきてるってことか」
ケイズは自分なりに噛み砕いたリアの話を訊き返す。
「うん」
頷くもリアが腑に落ちない顔をしている。
「どうした?」
ケイズは肉の向きを変えながら尋ねた。
「私の言ったことなのに分かりやすくなってる」
ひどく真面目くさった顔で言う。
(由々しき事態って、この顔も、なんか可愛いんだよなぁ)
ケイズは微笑ましく思いながら真面目なリアを見つめる。
「リアは自分の魔力で、自分の体力と魔力を絞り出してるってことか?」
また少しだけ話題を逸した。
「なんか、人の頭って、勝手に無理しないようにって働いちゃうんだって。私は魔力でその枷を無理やり外してるの。細胞一個一個、全身から力を絞り出す感じ」
リアが律儀に一生懸命に説明してくれる。
元から無防備なのか、同行しようというケイズに気を許しきってくれているのか。
(本来、自分の能力とか、すんなり漏らすべきじゃないのに)
後者なのであれば、ケイズは心の底から嬉しい。
「なんか、いかにも反動がきつそうな能力だな」
ケイズの言葉にリアが頷いた。
肉の焼けるいい音と香りが漂ってきた。リアが鼻をクンクンさせている。
「無理して長く使いすぎると動けなくなっちゃう」
動けなくなったリアを守るのはさぞややりがいがあるだろうと思った。
「じゃあ、あまり無理させないようしないとな」
相手によっては魔眼を使わずに戦っていたのかもしれない。簡単に相手どって翻弄していたようで、上級魔獣との対峙はリアにとっても重かったのかもしれない。
「んーん、平気だよ。誘ってくれたケイズのためにも頑張るから」
どこか縋るような眼差しで、リアがお肉から視線をケイズに移した。
一人にしないで欲しいという感情がひしひしと伝わってくる。実力的には一人で十分に生きていけるのに。
(寂しさには耐えられない、か)
なんとなくケイズは思った。
リアは、同い年とは思えないくらいに小柄であどけない顔立ちをしている。心も幼いのだろうか。
「大丈夫、一緒にいるって言ったろ。俺は無条件でリアの味方だよ」
自分のことは無条件で信じてくれていいのだ。
とは言っても急にはリアに伝わらないから、伝わるまで態度と行動で示し続けるしかない。
(信用とか信頼ってそういうものだろうから)
今後も似たような機会はいくらでも生じるだろう。一貫して信頼出来る自分をリアには見せ続けたいと思う。
「焼けたな、でも調味料も何もない。ただ肉を食べるだけになっちゃったな」
ケイズは苦笑した。食べ物に頓着してこなかった自分が悔やまれる。
「お塩、あるよ」
リアが布袋の名から瓶詰めの塩を取り出した。ケイズの分のお肉に振りかけてくれた。
「ありがとな」
だいぶ味が変わる。ケイズは素直に礼を述べた。
「軍営でもお食事は一人だったから、楽しいな」
リアが嬉しそうに肉を頬張り、咀嚼する。
(あぁ、眼福、まじで幸せ)
ケイズはリアの顔を眺めながら幸せな一時を過ごした。




