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鋼鉄の棺を魔女に捧ぐ   作者: 立川ありす
第1章 夢見る前のまどろみ、あるいは目覚めた後の夢の欠片
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「毎度ありがとうございますにょ」

 花屋のエプロンをつけた太った店員が営業スマイルを浮かべる。

 舞奈の口元にも笑みが浮かぶ。

 手にしているのは百合やバラやカーネーションが艶やかに咲き乱れる花束だ。


「お嬢ちゃん、今日も彼女にプレゼントかい?」

 店員のおっさんは妙に馴れ馴れしい笑みを浮かべる。

 立っているだけでも大変なのかフウフウ言って汗を拭きながら。

 幾度か花を買ううちに、いつの間にか顔なじみになってしまったのだ。

 そんなおっさんの、


「菊1本おまけしておいたよ」

「……変なもん入れんでくれ」

「いやね、売り物の花束を作ってる時に余っちゃって」

「こいつだって売り物だろう、適当な仕事をせんでくれよ」

 余計なおまけに口元を歪める。

 だが問答するのも面倒なので大人しく勘定を済ませ、


「……ったく、仏花じゃないんだぞ」

 ぶつぶつ言いながら出口へ向かう。

 それなりに広い店舗の壁一面にはイミテーションの林檎の木が並んでいる。

 この店が入っている商店街が、りんご島商店街などと名乗っているせいだ。


「だいたい何で1本だけなんだよ。菊だけ浮いてるだろ」

 やれやれまったくと苦笑しつつ菊から目をそらす。

 そして天井からぶら下がったプラスチック製の林檎を見やる。


――あの林檎うまそうだな。食えないかな?

――なにバカなこと言ってるのよ


 以前、珍しく明日香と訪れた際に、馬鹿言って白い目で見られたことを思い出す。


 苦笑しつつ花束に目を落とす。

 やはり中途半端に1本だけ刺さった菊の花が、すっごく気になる。

 売り物の花束に余計なことをしやがった店員を横目で見やる。

 彼は暇そうに売り物のチューリップを眺めていた。


「……ったく、大人は平和そうで羨ましいよ」

 ぶつくさと再びひとりごちる。


 だが舞奈だって理解はしている。

 仕事人(トラブルシューター)などしていなければ平和な子供でいられたと。


 つい先ほど逝ったばかりの【グングニル】の青年たちも同じだ。

 彼らも執行人(エージェント)なんてしていなければ馬鹿な大学生や高校生でいられた。

 そのまま月日が経てば平和ボケした馬鹿な大人になれたはずだ。

 そんなことを考えたからという訳でもないのだが、


「……あのおっちゃん、30歳くらいか?」

 適当に口に出してみる。

 もうちょっと上かもしれないが、子供の舞奈に大人の年なんかわからない。

 それでも、その数字から自分の年齢を引き算した20年という数字が脳裏に浮かぶ。


 舞奈は口元に軽薄な笑みを浮かべる。

 自分が20年後にどうなっているかなんて、想像もできない。

 それが今まで生きてきた時間からは想像もつかないほど長い時間だからだろう。


 なら明日香は、園香は、どんな大人になっているだろうかと考える。

 園香は母親にでもなっているのだろうか?

 優しく、家庭的で、そして今の調子でいけば美しい、理想の母親になるだろう。


 明日香は……。やはり思いつかない。

 たぶんそれは、彼女と舞奈が仕事人(トラブルシューター)なんてしているからだ。


 口元に乾いた笑みが浮かぶ。


 明確な敵がいて、そいつを排除するバイトが安全な訳がない。

 そんな生業を続ける限り、執行人(エージェント)たちに訪れた運命は決して他人事ではない。

 だから無意識に目を背けているのだ。

 未来という言葉から。


 それでも……否、だからこそ愛する少女に花を贈りたかった。

 自分がそこにいたことを、彼女がそこにいることを確かめるために。

 そこに絆があったことを確かめるために。


 そんなことを考える最中、甲高いクラクションの音が耳をつんざいた。


「……うるさいな、どこの馬鹿だよ」

 顔をしかめつつ、ショーウィンドーを兼ねた窓から店外を見やる。


 通りをタンクローリーが疾走していた。

 とんでもない音量のクラクションと共に、ブレーキ音をけたたましく鳴らしている。


 卓越した視力で運転席を見やる。

 タバコをくわえた中年男が驚愕の表情をうかべている。


 視線を追う。

 タンクローリーの進行方向に少女がいた。

 長髪の少女は異音と地響きをたてて迫る鋼鉄の怪物に驚き、身を強張らせる。


「女の子が!?」

 舞奈は花束を放り捨て、走り出す。


 今から、この距離から走っても間に合わない。

 修羅離れした舞奈にはわかる。

 ヘタを打てば舞奈自身も巻き添えを食う。


 だからといって、彼女を見捨てて逃げられる訳はない。

 何故なら舞奈は美少女に目がない。

 それと同じくらい、舞奈は目の前の少女を失うことを恐れる。


 自動ドアにぶつかりそうになりながら店を飛び出る。

 異形の怪異にすら対抗しうる身体能力をもって、トラックの鼻先で硬直する少女の身体をつきとばす。その途端、


「…………あ?」

 少女の長い髪が、ずれた。

 その下から、刈り上げた銀髪がのぞいた。

 よくよく見やると、顔つきも少年のそれだ。


(こいつ、高等部の後藤マサルか?)

 男子の、まして高等部の生徒など興味もない。

 だが珍しい銀髪の彼の名は嫌でも耳に入っていた。


(なんで女の子の格好なんか!?)

 コンマ数秒の動揺。

 ふと気づくと、真横にタンクローリーの鼻先があった。


――もしあたしがヘマしたら。おまえはああやって泣いてくれるか?


 不意に、先ほど20年後の自分を想像できなかった理由を理解した。

 自分にそんなものはないからだ。


――我は力の宝珠(メルカバー)魔力王(マスター)を護るものなり

――汝は魔力王(マスター)か?


(好きにしろよ)

 運命を受け入れる準備は、たぶんずっと前からできていた。

 舞奈は仕事人(トラブルシューター)なんてしているから。


 だが明日香は、園香は、20年後にどんな大人になっているのだろう?

 それを見られないことが、心残りだった。


 最後に、笑おうとした。

 そして視界が鮮血の色に包まれ、意識が途切れて――


「――うやら、お目覚めのようだね」

 目覚めると、おぼろげな視界に2つのふくらみが飛びこんできた。

 舞奈は迷わず手をのばす。

 あたたかく、やわらかく、母親の抱擁のように懐かしいそれを、考えるより先に愛でるように貪るように揉みしだく。


「園香……? 明日香か……? それともレイン……ちゃん……?」

 細い指で手の甲を思い切りつねられる心地よい痛みと、だがやわらかなふくらみから引き剥がされる焦りで目をさます。

 気がつくと、寝そべった自分を白衣の女性が見下ろしていた。


「……誰だ? あんた」

 舞奈は問う。


 対してサングラスをかけた、やや年のいった金髪の美女は呆れた声色で、


「わたしはボーマン。レジスタンスのリーダーだ」

 答える。

 そしてつねり上げた舞奈の手を見やり、再び舞奈に向き直り、


「あんたの名前も聞いていいかい? 手癖の悪いおちびちゃん」

 問いかけた。


 予告


 舞奈が目覚めた新たな世界。

 そこは鋼鉄の巨人が踊るコンクリートの煉獄だった。

 降り注ぐ稲妻とグレネードが破壊のドラムを奏で、新たな戦いの幕が上がる。


 次回『戦場』


 見知らぬ廃墟。

 未知なる敵。

 新たな友。

 肌にヒリつく死の感触だけが変わらない。


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