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鋼鉄の棺を魔女に捧ぐ   作者: 立川ありす
第1章 夢見る前のまどろみ、あるいは目覚めた後の夢の欠片
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魔術

「気をつけて、妖術師(ソーサラー)がいるわ!」

 明日香が叫ぶ。

 舞奈は油断なく周囲を見渡し、襲撃者を探す。


「今回の仕事は泥人間退治じゃなかったのか?」

「ええ、そのはずね!」

「泥人間の妖術師(ソーサラー)だったりしてな」

「そんなわけ――」

 人間型をした怠惰な怪異が、魔術や妖術を会得することなど有りえない。だが、


「――あるみたいだぞ」

 けたたましい笑い声とともに、泥人間がものすごいスピードでつっこんできた。

 醜悪な怪異は燃えさかるマントをまとい、両手に炎を灯している。


 明日香はとっさに氷塊の陰に身を隠し、舞奈はレインをかかえて地面を転がる。

 2人が避けた隙間を、炎の魔人が駆け抜ける。

 足の先から炎を噴いて推力としているようだ。


 舞奈はすばやく立ち上がりつつ、通り過ぎた泥人間に銃口を向ける。

 怪異もぐりんと首を回して舞奈を見返す。

 ゾンビのように腐れ落ちた顔で泥人間の妖術師(ソーサラー)は笑う。

 そうしながら足から火を噴く高速で、瓦礫まみれの広間を大きく迂回する。


「ネズミ花火かよ!」

 愚痴りつつ、舞奈は泥人間の眉間に狙いを定める。


「レイン、隠れてろ!」

 言われた少女が瓦礫の陰にしゃがみこむ様子を視界の端で確認する。

 直後、再びつっこんできた泥人間に、ありったけの弾丸を見舞う。

 45口径を連射するなどという無謀を、舞奈は容易くやってのける。


 だが怪異を破片に変えるはずの大口径弾(45ACP)は、炎のマントに阻まれて溶けた。

 撃ち返された小さな火の玉が、避けた舞奈のツインテールを焦がす。


「うわっち! 野郎、防御魔法(アブジュレーション)で身を守ってやがる!」

「対魔法用の破魔弾(アンチマジックシェル)は!?」

「……ポケットの中に1発残ってたはずなんだけど、見つからないんだ」

 答えつつ、拳銃(ジェリコ941)に新たな弾倉(マガジン)をセットする。

 だがそれも通常弾だ。


弾倉(マガジン)で持ってなさいよ!」

「んなもん十発も買ったら、下駄箱どころか家財か全部なくなっちゃうよ!」

「前の仕事の報酬を、何に使ったのよ!」

 舌打ちしつつ、明日香はケープの内側に手を入れてベルトを引っぱり出す。

 ベルトには数十枚のドッグタグが吊り下げられていて、それぞれのタグにはルーン文字が刻まれている。


 明日香はベルトを放り上げ、真言を唱える。

 ドッグタグに刻まれたルーン文字が一斉に輝く。

 そして魔術語(ガルドル)の一句。


 それぞれのタグは輝きとともに紫電と化す。

 数多の紫電は尾を引きながら、飛来する泥人間めがけて一斉に放たれる。

 耳をつんざく爆音。

 閃光が廃墟を真昼のように照らす。

 明日香が【雷嵐(ブリッツ・シュトルム)】と呼ぶ必殺の魔術だ。


 弧を引く幾筋もの電光が雨のように降りそそいで地面を焼く。

 爆光が炎の衣を穿ち、瓦礫を砕き、土煙をまきあげる。


「やったか?」

 ほくそえんだ瞬間、土煙の中から飛来した火球が明日香を襲った。

 不意をつかれて避ける間もなく、黒髪の魔術師(ウィザード)は爆炎に飲みこまれる。

 炎が消えた後には、焦げ跡だけが残された。

 レインが驚愕に目を見開く。


「糞ったれ!」

 泥人間の眉間に1発、胴に2発、大口径弾(45ACP)を撃ちこむ。

 雷の雨で防御魔法(アブジュレーション)をはがされた泥人間に、銃弾を阻む力はない。

 だから最後の泥人間も、汚泥と化して崩れ落ちた。


「ったく、何しくじってるんだよ……」

 舞奈は口元をゆがめ、友人が消え去った後に遺された焦げ跡を見やる。


「――相手の防御魔法(アブジュレーション)が予想以上に強かったみたいね」

 声に振り返る。


 ビル壁の陰から明日香が姿をあらわした。

 クロークの内側から4枚の焼け焦げたドッグタグがこぼれ落ちる。


 被弾に反応して安全圏へ転移する【反応的移動レアクティブ・ベヴェーグング】の魔術だ。

 用意周到な魔術師(ウィザード)である明日香は、防御魔法(アブジュレーション)によって身の守りを固めている。

 だが舞奈は口元を歪め、


「おまえのそれ、嫌いなんだよ。いつ見ても心臓に悪い」

「3回までは大丈夫だって、何度も言ってるでしょ?」

「何度も聞いたよ。けど4回目はどうする? それに破魔弾(アンチマジックシェル)には効かないだろ?」

 言い募る舞奈から視線をそらし、明日香は笑う。


「そういうときは、あなたが守ってくれるわ」

「へっ、都合のいい時だけ買いかぶりやがって」

 舞奈の苦情を聞き流し、明日香は話は終わったとばかりに首をかしげる。


「でも泥人間がどうやって妖術を修め、これだけの魔力を集めたのか気になるわね」

「考えたって仕方がないさ。ここであったことを【機関】に洗いざらい話して、研究チームにでも任せればいいさ。それより……」

 言いよどんで見やる。


 瓦礫の中に倒れ伏したまま動かない少年たちを、金髪の少女が呆然と見つめていた。


 ただの異能力者である彼らは魔術師(ウィザード)のようなトリックなんて使えない。

 使えるのはただ武器に元素を宿し、身を守り、宙を舞うささやかな単体の異能力。

 それは使い手を無敵の英雄にしたりはしない。

 油断ひとつで、人の命など容易く失われる。


「ったく、女の子を泣かせやがって」

 口元を歪める。


 異能力者の異能力は、何かのきっかけで内なる魔力に覚醒することで得るらしい。

 そんな彼らを【機関】が見つけだしてスカウトすることにより彼らは執行人(エージェント)となる。


 修練によって得た力ではないので心構えなどない。

 加えて【機関】は新人の執行人(エージェント)をそれほどしっかり指導しない。

 だから彼らはゲームで遊ぶように怪異狩りを楽しみ、ゲームで負けるように死ぬ。

 そういった手合いに会うのは初めてではない。だから、


「前のとあわせて2部隊が壊滅か。これだから剣の名前なんか名乗ってる奴は」

「【ロンギヌス】も【グングニル】も、槍の名前よ」

「似たようなもんだろ」

 口元の笑みを軽薄に歪め、パートナーに軽口を返す。


 仲間を失うことには慣れていた。

 だから明日香は割り切る事で、失う痛みと折り合いをつけてきた。

 舞奈は軽薄に笑う事で、痛みを誤魔化し続けた。


 それでも誤魔化しきれなくなったから、年相応の少女のように、そっと明日香の手を握る。言葉とは裏腹な、もたれかかるようなそれを、明日香は無言で受け入れる。

 その時、ふと……


「……っと、なんだこりゃ?」

 舞奈は焦げ跡に光るものを見つけ、拾いあげた。


「ヒューッ!! インテリの怪異は、隠し持った宝物までゴージャスだ」

「宝石……?」

 明日香も手元を覗きこむ。


 それは2つの宝石だった。

 大きさはどちらも拳大。

 鮮血の色に輝くそれらは、涙に似た形をしていた。


 明日香が手を差し出したので、白魚のような掌に2つの石を並べる。

 それを明日香はまじまじと見やり、


「泥人間の妖術師(ソーサラー)が持ってた宝石、ね。面白そうじゃない。強い魔力を感じるわ。調査したら、泥人間が妖術を習得できた理由がわかるかもしれないわね」

「なら、ちょうど2つあるし、ひとつづつってことでどうだ? でもって、おまえは研究材料にして、あたしはそうだな……ペンダントにでもするよ」

 でもって、ロケットのお返しに園香にプレゼントしたら楽しいかもしれない。

 クラスメートの熟れた肢体に思いを馳せ、相好を崩す。

 そんな舞奈を見やって明日香は不機嫌そうに、


「……勝手にしなさい。で、どっちにするのよ?」

「どっちも同じだろ。じゃ、せっかくだからあたしはこっちの赤い石にするよ」

「両方とも赤いわよ」

 つまみあげた鮮血色の宝石を、コートのポケットにねじこむ。その時、


――我は力の宝珠(メルカバー)魔力王(マスター)に力を与えるものなり

――汝は魔力王(マスター)か?


 脳裏に響いた声に、思わず周囲を見渡す。


「……明日香。おまえ何か言ったか?」

「落すわよって言ったのよ。サイフとか持ってないの?」

「サイフ買うのに金使ったら、落すのと変わらないだろ?」

「まったく、これだから」

 舞奈の答えに、明日香は肩をすくめてみせる。

 その仕草が不意に可愛らしく思えた。

 慌てて目をそらし、何気に視線をさまよわせる。


 ふと、物言わぬ仲間にすがってすすり泣くレインに目をとめる。


「雷人君、翼君、みんな……。どうして……」

 美しい金髪の少女は答える事なき仲間に呼びかける。

 そんな彼女を、崩れた壁の上から痩せた野良猫がじっと見やる。

 怪異退治などというバイトを続ける中で、いつの間にか見慣れてしまった光景だ。


「……なあ、明日香」

 気弱げな少女の泣き顔から視線を引き剥がすように、再び友人の横顔を見つめる。

 廃墟に立ちこめる埃の臭いと、血の臭い、何かが焦げる臭いの中から、微かなシャンプーの芳香を嗅ぎ分けようと目を細める。


 仲間を失うことには慣れていた。そのはずだった。

 それでも人が目前で動かない何かに変わるのを見るのが平気になることはない。

 だから街の片隅にある廃墟に目をやり、ひとりごちるようにつぶやく。


「もしあたしがヘマしたら。おまえはああやって泣いてくれるか?」

「何言ってるのよ、バカ」

 それが黒髪の友人の答えだった。


 至極まっとうな答えだと思った。

 舞奈も目の前の友人がいなくなる日のことなど考えたことはない。

 考える必要があるとは思わなかった。

 だから、舞奈は口元に笑みを浮かべ、


「へいへい。じゃ、明日、学校でな」

 軽薄に笑って、明日香に背を向けた。


 予告


 平和と秩序の対価として支払われたささやかな犠牲。

 生き永らえた幸運な者たちは血に濡れた手に掴んだ勝利の美酒を分かち合う。

 勝ち取った束の間の平穏が少しでも長く続くようにと祈りながら。


 次回『転移』


 愛と感傷と一瞬の気の迷いが、少女を新たな戦いへと誘う。


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