犠牲
倒壊した廃屋の陰から敵の様子をうかがう。
仕事人と執行人の合同部隊が泥人間の群れを殲滅するための作戦。
それは2チーム合同戦力による強襲という単純なものだ。
異能力を持つだけで強くも賢くもない最下層の怪異相手など、それで十分だからだ。
実際のところ、泥人間は雑魚だ。
本来なら野猿の言葉通り異能力の把握すら必要ない。
だがあえてそれをしているのは別チームの件もあるが、明日香が几帳面だからだ。
そして舞奈は、こと情報収集に関しては友人のやり方を信じることに決めている。
そんな明日香は、
「……余計なトラブルをおこさないの。ああいった手合いは初めてじゃないでしょ?」
「まあな」
側でささやく。
舞奈は生返事を返す。
「けど、あいつが何をカリカリしてるのか、あたしにはさっぱりわからないんだ」
言って口元に軽薄な笑みを浮かべつつ、近くに積みあがった瓦礫の山を見やる。
瓦礫の陰にはレインがしゃがみこんでいた。
両手で構えた小型拳銃をにぎりしめて攻撃の合図を待つ。
そんな金髪の彼女の横顔に浮かぶのは、緊張、そして恐れ。
不意にレインと目が合った。
舞奈は45口径を片手に余裕のウインクを返す。
こわばった少女の表情が少しだけゆるむ。
舞奈の口元にも笑みが浮かぶ。
「それが原因よ」
側の明日香が肩をすくめる。
そんな彼女が妬いているように見えたので、
「あ、そうだ」
舞奈はとコートの胸元からロケットを取り出す。
「園香にもらったんだ。おそろいだってさ。中にあいつの写真が入ってるんだぜ」
「あっそう。わたしにそれを見せる理由がわからないけど」
明日香はぷいっとそっぽを向く。
「何だよ。……あ、まさか、おまえもあたしの写真欲しいのか?」
「いらないわよ、そんなもの」
にべもなく言い放つ明日香に、だが舞奈は「だよな」と笑う。
「おまえとあたしの仲なんだ。顔が見たくなったら直接会えばいいもんな」
「好きにしなさいよ、もう。そろそろ作戦をはじめるわよ」
呆れ声で宣言した明日香はクロークの内側から護身用の拳銃を取り出す。
そして左手で印を組み、真言を唱える。
掌がパチパチと音を立て放電し、周囲にオゾン臭がたちこめる。
舞奈も明日香も、異能力なんて便利なものは使えない。
大半の人間は異能力を使えない。
それは怪異や、あるいはその身に魔力を宿した少年たちの特権だからだ。
だが彼女と同じく異能力を持たなかった古代の賢人たちは、その知性と探求心によって異能力の源である魔力を生み出す術を編み出した。
その技術を様々な宗教や神秘思想と結びつけて体系化した。
その技術を、賢人たちは魔術や妖術と呼んだ。
そして、その技術を受け継いだ技術者は魔術師、妖術師と呼ばれる。
明日香は崩れかけた塀の陰から身を乗り出し、魔術語の一語を唱える。
魔術師の掌から尾を引く稲妻が放たれ、泥人間の群を薙ぎ払う。
轟音とともに夕闇を裂いたプラズマの砲弾が、飲みこんだ数匹を消し炭に変える。
明日香が得意とする電撃の魔術【雷弾・弐式】。
魔術の雷が怪異どもを打ち倒すのを見やり、舞奈も拳銃を構える。
数を1ダース半へと減じた泥人間は、襲撃に気づいて獣のような叫び声をあげる。
そのまま燃える刀や凍てつく鉄棒を振りかざしながら攻撃者めがけて突撃する。
泥人間の動きは遅い。
成人男性と同等の身体能力こそ持つものの、全力疾走を嫌う怠惰な性質が彼らの動作を緩慢にしている。そんな怪異の群れに対抗して、
「仕事人ども! 俺たちの戦いを見て驚くなよ!!」
ときの声をあげながら、ビルの陰から野猿が跳び出す。
炎の剣を振りかざしながら怪異の群めがけて走る。
「さあ、参りますよ!」
「逝くぞ! オリャリャアアアァァァァァ!!」
次いで凍てつく槍を構えた優男も跳びだす。
プロテクターで身を固め電動ミキサーを構えた大男も続く。
放電する短剣を携えた少年も後に続く。
ロン毛はボウガンを構え、背から生やした光の翼で宙を舞う。
一方、襲い来る怪異たちは、拳銃で狙うのに丁度いい間合いまで迫る。
だが舞奈が先頭を走る怪異の眉間に拳銃の狙いを定めた瞬間、
「……!?」
目前に何かが跳びこんだ。
舞奈の射線をふさいだ野猿が、背後を見やってニヤリと笑う。
「あの野郎! どっちがガキだよ」
舞奈が口元を歪めて毒づく。
異能力者が異能力を使用する際にはアドレナリンが過剰に分泌され、身体能力を高めると同時に恐怖心を拭い去る。
だからこそ彼らは異能を操る怪物にすら勇敢に立ち向かえる。
だが反面、慢心による愚かで無謀な選択をすることも多い。
それによって仲間の足元をすくい、あるいは自滅することもある。
だから次の瞬間、
「……!?」
猿の胴が爆発した。
「手榴弾か?」
舞奈は素早く周囲の気配を探る。
視界の端で、かつて鼻持ちならない青年だった頭と両腕が宙を舞う。
彼の得物だった木刀は火が消えたまま地を転がる。
焦げた男の下半身が前のめりに倒れる。
「ひぃっ!」
瓦礫の陰に隠れたままのレインが細い悲鳴をあげてへたりこむ。
その視線の先で【氷霊武器】の優男が爆ぜていた。
次いで【装甲硬化】の大男が爆ぜる。
警戒した飛来物は影すら見えない。
「【断罪発破】……!?」
「糞ったれ! 残り1匹は、よりによってそれか!」
明日香が訝しげに、それでも悔しげにひとりごちる。
舞奈は叫ぶ。
体内に蓄積したニコチンを媒体にして対象を内部から爆破する【断罪発破】。
それは回避も防御も不可能な致命的な異能力である。
だが、ヤニを吸う習慣がなければ無害な為、見過ごされ無視される場合も多々ある。
「……【ロンギヌス】を全滅させたのは奴か?」
舞奈も思わずひとりごちる。
前任者が脂虫(界隈における喫煙者の別称)だったかどうかはわからない。
だが全員がそうだったなら、【断罪発破】1匹で全滅は十分に有り得る。
それでも、思案と分析をすべきは今じゃない。
「一旦下がれ! 相手が多すぎる!」
舞奈は叫ぶ。だが、
「うあぁぁぁ!」
「あっ!? 馬鹿野郎!」
少年は雄叫びをあげながら、ナイフを構えて怪異の群へと突き進む。
彼はタバコを吸っていないから爆発はしない。
だが仲間を屠られたショックに呼応した異能力によるアドレナリンの過剰分泌。
それにより感情の抑制が利かなくなっている。
少年の前に3匹の怪異が立ちふさがる。
得物はそれぞれ燃えさかる刀、冷気をまとった鉄パイプ。
それは先ほど爆発した仲間と同じ【火霊武器】と【氷霊武器】。
残る1匹は異能力で強化されていないただの釘バット。
「ボクが倒すんだ! ボクにその能力があるってこと、見せてやる!!」
少年は雷の刃をふるう。
手始めに異能力がこもっていない釘バットが砕けた。
少年は笑う。
得物を失った泥人間の脳天めがけ、放電するナイフを振り上げる。
だが怪異の双眸が不吉な色に輝く。
途端、少年の刃に宿る雷光が不意に消えた。
「……え?」
「気をつけて! 【魔力破壊】よ!」
明日香が叫んだのは、魔術や異能力を無に帰す異能力の名。
少年は頼みの綱の【雷霊武器】を破られ、恐怖に目を見開く。
異能力の副次効果による昂揚すら失い、怪異の群れの前に放り出されたからだ。
力を失った少年は目前に迫った泥人間の殺意に満ちた双眸を、呆然と見やる。
そして銃声。
怪異の頭が吹き飛ぶ。
有効射程すれすれから狙い撃たれた泥人間は、汚泥と化して溶け落ちる。
目前の恐怖から解き放たれた少年の細面が弛緩して――
――振り下ろされた燃える刀が埋まりこむ。
別の泥人間が迫っていたのだ。
怪異はそのまま、少年の華奢な身体を地面に叩きつける。
少し離れた場所に墜ちた【鷲翼気功】の背を、別の怪異が鉄パイプでへし折る。
ベキリと嫌な音がして、紫色のロン毛は動かなくなった。
予告
勇気と慢心を握りしめ、儚く散った少年たち。
舞奈は遺された仲間の命運を背負って怪異の群れに立ち向かう。
45口径が閃く度、異能を操る異形が鋼鉄に穿たれて消える。
次回『銃技』
それすらも平和な時代の思い出の1ページ。