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鋼鉄の棺を魔女に捧ぐ   作者: 立川ありす
終章

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終章

 目覚めると、おぼろげな視界にやわらかなふくらみが飛びこんできた。


 舞奈は迷わず手をのばす。

 あたたかく、少々たるんでいる点も含めて母親の抱擁のように懐かしいそれを、愛でるように貪るように揉みしだく。


「園香……? 明日香……? レナ……? ボーマン……はかせ……?」

 またしても死神は舞奈を見逃したらしい。

 今度は何年後に飛ばされたのやら。

 意識の片隅で自嘲するうちに、視界がクリアになる。そして、


「う、うわぁ!! な、なんだあんた!?」

 柄にもなく狼狽して、うわずった声をあげる。

 そんな舞奈を、花屋のエプロンをつけたおっさんが覗きこんでいた。


「ああ……。止めてしまわれるんですか」

 どうやら舞奈は、でっぷり太ったおっさんの太鼓腹を撫でまわしていたらしい。

 自身の手を見やって顔をしかめる。

 腹を揉んでいた掌がなんか湿っぽいし、ほんのりスイカの匂いがする。

 対しておっさんはまんざらでもなさそうな表情なのが癪に障る。


「ちなみに、私の名前は迫水ですよ」

「いや、あんたの名前なんかどうでもいいよ……」

 言いつつ口元を歪める。


 まだ意識がはっきりしていないせいか彼の名乗りを正確に聞きとれた自信がない。

 エプロンに付いている名札の『迫水』という字は学校で習っていないので読めない。

 だいたいサコミズなんて珍しい苗字ではない。


「それよりここはどこだ? 今は何年何月だ?」

 舞奈は問う。

 おっさんはフウフウ言って汗を拭きながら答える。

 その日付は、馴染み深い21年前のそれだった。

 つまり舞奈が【グングニル】と共闘して泥人間を殲滅し、花束を買ったあの日だ。


 だが、舞奈は先ほど、あの時と同様に事故にあったはずでは……?

 首をかしげつつ外を見やる舞奈に、おっさんは言葉を続ける。


「覚えてるかい? お嬢ちゃんは急いで外に飛び出そうとして、そこの自動ドアに激突したんだ。店の中で走ると危ないよ」

「いくらなんでも、開いてるドアにはぶつからないよ」

「いや、自動で開いたり閉まったりしてたんだよ。……お嬢ちゃんがぶるかるまでは」

 言われて入り口を見やる。

 景気よく全開になったドアの片隅に『故障中』と張り紙がしてあった。


「そ、そっか。……ごめんなさい」

 素直に詫びつつ、まじまじと張り紙を見やる。


 張り紙の隅には、可愛らしい動物のキャラクターが描かれている。

 ピンク色の栗鼠に黄色い仔猫、そして青いハリネズミ(目つきの悪いゲームのキャラクターではなく、タワシに目鼻がついたみたいなデザインの代物)。

 紙に描かれた森の動物たちの能天気な笑顔を見やり、舞奈の口元にも笑みが浮かぶ。


「いやいや、気にしないでいいよ」

 言いつつおっさんも店の外に目をやりながら、


「実はね、お嬢ちゃんがドアを壊したすぐ後に、表通りで爆発事故があったんだ。燃料を積んだタンクローリーが横転したって言ってたかな。景気よく爆発して破片とかけっこう飛んでたから、ドア開かなくてかえって良かったかもしれないよ」

「そっか」

 そんな洒落にならない話を笑顔でしてくれた。

 舞奈はショーウィンドー越しに店の外を見やる。


 店外の他の建物は破損こそないものの、爆発のススのせいで真っ黒だ。

 透明なガラス1枚を隔てた先で、慌ただしく警官たちが走り回っている。

 事故が起こると警官が走る。久しく忘れていた法治国家の情景だ。

 かく言うこの店の窓ガラスもススで汚れ、手榴弾に似た破片が幾つも刺さっている。

 自動ドアが開いていたら、店の中も割と悲惨な状況になっていたのは明白だ。


 透明なガラス1枚を隔てた先で、あの時と同じように、同じ事故がおこっていた。

 舞奈自身も、その中に自ら飛びこもうとしていた。


 だが、その愚かな選択を無に帰し、世界を巻きこんだ悲劇に繋がるのを防いだのは変哲のない花屋の自動ドアだった。


 なるほど舞奈は1年間、廃墟の世界で過ごしていた。

 その結果、透明なガラス扉が開いたり閉まったりする設備の存在を失念していた。

 それがバカで不器用な舞奈が21年後の世界で得たいちばんの収穫だ。


(ま。世の中なんて、そんなもんさ)

 そう思って肩をすくめる。それより、


(死んだり酷い怪我をした奴が、ひとりでも少ないと良いな)

 素直にそう思う。


 舞奈が知る21年後では、たくさんのレジスタンスが死んだ。

 そもそも数刻前にも【グングニル】の少年たちが全滅したばかりのはずだ。

 これ以上、舞奈の前で人が死ななくても別に問題はないだろう?

 そんなことを考えた、その時、


「舞奈!!」

 開きっぱなしのドアから誰かが跳びこんできた。

 ワンピースに長い黒髪の少女。

 明日香だ。


 珍しく息を切らせ、額に玉の汗を浮かべている。

 その繊細な顔を何故かまっすぐ見ることができずに目をそらす。

 代わりに切りそろえられた黒髪をじっと見やる。


「どうしたよ? あたしに会うのが、明日まで待ちきれなかったか?」

「女の子が、轢かれたって、聞いたから……」

「そりゃ、あてがはずれて残念だったな」

 内心を覆い隠すように軽口を叩いた途端、明日香の顔が激情に歪む。


「何よ! 人の気も知らないで!」

 しまった、と思った途端に平手が飛んだ。

 舞奈はまた、間違った選択をした。


 だが明日香の細い手首をつかみ、口元に笑みを浮かべる。

 今度のミスは、埋め合わせることができる。

 舞奈と明日香は同じ時間を生きているから。


「……知ってるさ」

 ひとりごちるように、ささやく。


 舞奈がいない世界で、彼女がどうなっていったか。

 時間をまき戻して消し去ったはずの、その寂しい結末を舞奈は知っている。


 だから明日香の華奢な首筋に腕をまわして、わざと体重をかけて立ちあがる。

 自分の重さを伝えるように。

 彼女のぬくもりを貪るように。


 無意識に側のアサルトライフル(ガリルARM)を取ろうと手をのばす。

 だが、ここにそんなものあるわけないので、舞奈の手は花束をつかむ。


 そして舞奈は自分の願いを思い出した。

 愛する少女に花を贈りたい。


「ほら、徒競走の景品だ」

 舞奈は明日香に花束を差し出す。

 花束は百合やバラやカーネーションが艶やかに咲き乱れ……おっさんの余計なひと手間で菊が1本だけ入っている。まあそれでもいいやと思った。


「なんでわたしが、あなたに花をもらわなきゃいけないのよ?」

 明日香は勘ぐるような視線をこちらに向ける。

 おまえに花を贈るときは理由が必要なのか、という憎まれ口を飲みこみ、


「あたしとおまえが初めて会った記念日だ。忘れたか? あの時もこんな天気だった」

「……はぁ? 何言ってるのよ。今日なんか全然関係ない4月の頭よ。それに曇ってたし、記念するような出会い方なんてしてなかったでしょ?」

「そうだっけ?」

 ぶつぶつと文句を言う明日香に生返事を返し、


(なんだよ、しっかり覚えてるんじゃないか)

 口元に笑みを浮かべる。

 そんな舞奈を気にも止めず、明日香は花束を見やる。


「……だいたい、なんで菊が1本だけ入ってるのよ?」

「あたしじゃなくて、ここの店員に言ってくれよ」

 軽口を叩き合いながら、舞奈は明日香の横顔を見つめる。

 気のせいか、その口元が宝物を愛でるが如く微笑んでいるように見えた。

 いつか時間が経って、あの時のように花がすべて枯れてしまっても、それは彼女の記憶の中では宝物だろうか。そうであってくれたらいいな……と少し思う。


 不意に明日香が振り返る。

 目が合いそうになって、あわてて視線をそらす。

 しばし視線をさまよわせ、ショーウィンドーを兼ねた窓から店外を見やる。

 口元に乾いた笑みが浮かぶ。


「それに、おまえが仕入れた情報だって間違ってるぞ」

「何が違ってたって言うのよ?」

 答える代りに、開きっぱなしの自動ドアに向かって歩き出す。


「バイトくーん、手伝ってー」

「取りこみ中でーす」

(いや、油売ってたろ)

 店の奥から聞こえる幼女とおっさんの声を聞き流す。

 ツッコみたい気持ちを抑えながら店を出る。


 後に続いた明日香を促す様に、ショーウィンドーを一瞥する。

 内側に並べられた季節の花を守るように、鋭い破片が刺さった広いガラス窓。

 その下に何かが転がっていた。


 それは人の頭部だった。

 どんな轢かれ方をしたのか、千切れ飛んだ頭が転がっていた。

 長髪のヅラ(ウィッグ)がずれて、刈りあげた銀髪が覗いている。


 事故の犠牲になるはずだった舞奈は自動ドアに激突して難を逃れた。

 その身代わりになったのが、舞奈が救うはずだった後藤マサルということらしい。


 口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 バカで生意気で不器用で、ひねくれ者で図々しくて鈍感な舞奈には、出会うすべての人々を守ることなんてできやしない。

 だから、明日香の手の中の花束から菊を抜き取って、


「……轢かれたのは女の子じゃない、男の娘だ」

 犠牲者の側に放り落とした。


 ……そんなこんなの後に数日が経った、ある晴れた日曜の朝。


 舞奈と明日香は、真新しい墓石に向かって手を合わせた。


 舞奈に救われることのなかった後藤マサルは、明日香の口を封じようと試みることもなく、ゴートマンに仕立て上げられることもなければ、魔帝(マザー)軍の尖兵としてレジスタンスを虐殺することもなかった。


 罪を犯すことも罰を受けることもなくただ逝った後藤マサルの墓前。

 そこに舞奈は明日香を連れ、ただ同じ学校の生徒として訪れていた。


 そんな2人を、墓石の上に寝転んだ野良猫が興味なさげに見やっている。


「そういえば舞奈。この間の泥人間が持ってた石、今、持ってる?」

「涙石か? ああ、たしかポケットに……」

「涙石……? 何ロマンチックな名前つけてるのよ。本気でリボン結んで誰かさんにプレゼントするつもりだったのね」

「そんなんじゃないよ。だいたい、人の墓前で仕事の話か?」

 ジャケットのポケットを探りながら文句を言う。


 魔帝(マザー)がいないこの世界の裏側には、未だ多くの怪異が潜み住む。

 なのに【機関】の執行人(エージェント)たちは頼りなく、舞奈たち【掃除屋】は21年後のレジスタンスたちと変わらぬペースでバイトに勤しんでいた。

 つい先日も数日がかりの大きな仕事を片づけてきたばかりだ。

 なので、今まですっかり力の宝珠(メルカバー)の存在を失念していた。


 涙の形の手触りを探し出して引っ張り出す。だが……


「……なんだこりゃ? 石が腐ってるぞ」

 指先でつまみ出した小汚い塊を見やり、嫌そうに顔をしかめる。

 不吉な鮮血の色をしていたはずの石は、今や薄汚い石炭と化していた。

 以前(というか21年後)にも何度か黒ずんだことはあった。

 だが、ここまで完全にカスカスの消し炭になった様を見るのは初めてだ。


「やっぱり、そっちもなのね」

 明日香の細い指が、その隣にもうひとつの消し炭を並べる。


「帰ったらそうなってたのよ。魔力も無いただの石よ。どういうことかしら……?」

「おまえにわからない魔法のことが、あたしにわかるわけないだろ」

 首をかしげる明日香に軽口をたたき、2つの黒ずんだ塊を見やる。

 明日香が持っていた知の宝珠(トーラー)もまた、カスカスの炭になっていた。


(どういうことだ? ……ああ、そうだ)

 明日香の石と自分の石をくっつけてハートの形を作ってみる。


 ハート型の石はかすかな赤い光を放つ。

 そして崩れて塵と化し、風に吹かれて消えた。


「あーあ、飛んでったじゃないの」

 明日香は塵が飛び去った方向を見やって口をとがらせる。

 だが、それほど気にはしていないようだ。

 魔力を失った石炭から何かを得られるとは思っていなかったのだろう。


「風が吹いたのは、あたしのせいじゃないだろ」

 舞奈も笑みを浮かべて軽口を叩く。


 だが、その瞳が、ふと不安げに揺らぐ。

 21年後の世界でも同じように石を繋げた。

 その際に塵となって消えたのは、魔帝(マザー)と化した彼女だった。


 だから不安になって、彼女の横顔をじっと見つめる。

 幸いにも端正な顔立ちの友人は消えたりせず、冷たい視線を向けてくるのみ。


 だから舞奈は視線をそらし、仏花を見やる。

 2人が供えたばかりの仏花には、地味な色合いながらも種々様々な花が咲く。

 件の花屋で買ったものだ。

 もちろん幾重もの黄色い菊も咲く。今度は本物の仏花なのだから当然だ。


 舞奈は仏花をじっと見やる。

 そのまま明日香と普段のように軽口を交わして――


「――いや菊とヒマワリの区別はつくつもりだがなあ。……ん?」

 肩ごしに見覚えのある人影を見つけた。


「あ、ちょっと」

 明日香を尻目に走り出す。

 そして別の墓に花を供える少女に走り寄る。


 鮮やかな金髪と気弱げな瞳が印象的な高等部の少女。

 先日の作戦で知り合った執行人(エージェント)だ。

 そして21年後の世界でレジスタンスを率いていた女性でもある。


「あ、先日の仕事人(トラブルシューター)の……。あの、そのせつはどうも」

 少女は2人に気づいて会釈する。


「あなたは確か、チーム【グングニル】の……」

 追いついてきた明日香が礼儀正しく会釈を返す。


「ボーマン博士じゃないか! 元気だったか?」

 舞奈も元気に挨拶する。


 その呼びかけに、明日香は「博士?」と首をかしげる。

 舞奈はしまったと思った。

 今の彼女はモノリスの研究などしていない。

 博士でも何でもないただの美少女だ。

 だが当の少女は驚愕に目を見開き、


「ど、どうして……!?」

 後退った。


「……え?」

 舞奈も困惑する。


 尋常ではない狼狽っぷりだった。

 まさか彼女は、まき戻ったはずの21年後の記憶を保持しているとでも言うのだろうか? だが、


「そ、そんな、バイト関係の人には苗字のこと言ってないのに!?」

「苗字……?」

「どうしよう、あ、あの、他の人に言ってないですよね? その、フルネームで呼ばないでくださいやっぱり変ですよね! 変ですよね……!?」

 パニック状態に陥った少女を見やって何事かと首をかしげ、やがて腑に落ちた。


 姓はボーマン、名はレイン。

 横文字だからフルネームは姓名が逆になる。


 舞奈の口元に笑みが浮かぶ。

 魔帝(マザー)軍もレジスタンスもPKドライブもない本来の世界では、彼女の最大の悩みは自分の名前のことらしい。


「いい名前じゃないか。愛の戦士だなんて」

 舞奈は穏やかに笑いかける。


 そして、ふと、今の彼女は5人の仲間を失ったばかりだということを思い出した。

 舞奈より年上とはいえ華奢な少女の腕に、5束の仏花は重すぎる気がする。

 そして今の舞奈なら、そのうちいくらかを肩代わりすることができる。だから、


「そうだ。もしこれからヒマだったら、あんたの部屋におじゃましていいかな? そこで愛について語り合うのさ。こう見えて、あたしはそういうの詳しいんだ。もし違ったらあんたが教えてくれればいい。な、名案だろ?」

 口説つつ、レインのふくよかな胸に手をのばす。だが、


「お? おう……?」

 舞奈は情けない表情を浮かべて硬直する。


 両手は見えない何かに押し止められて宙をつかんでいた。

 さらに自身の身体を走る奇妙な感覚。

 なんというか、屈強な手で胸を揉みしだかれ指先で突起をはさまれるような感触だ。

 背すじがぞわぞわした。


「【戦士殺し(ワルキューレ)】よ」

 背後の明日香がぼそりと言った。


「近接攻撃を無力化して、それによって被るはずの損害を攻撃者に反転する大能力。それを使って、彼女は先日の戦闘で泥人間の攻撃を防いだ……いえ跳ね返したの」

「……その大能力のことなら知ってるよ」

 舞奈はむくれた声で言い返す。


 魔術や妖術と異なり、異能力や大能力が年月を経て進化することはない。

 レインの大能力は、21年後の世界で装脚艇(ランドポッド)の攻撃を反射して半壊させた大能力と同じものだ。

 それを痴漢に対して使うと、痴漢を反射してこのようなことになるらしい。


 なんかまだ胸の先がムズムズしていて変な感じがする。

 知っていたなら事前に教えてくれればよかったのに。

 恨みがましく明日香を見やる。

 明日香はジト目で睨み返してくる。

 ちぇっ!


 仕方なく目をそらした視界の端に、再び見つけた見知った顔。

 舞奈は再び走り出す。


「……元気で何よりだわ」

「あはは」

 苦笑する明日香とレインを背にし、寺の階段を3段飛ばしで駆け下りる。


「おーい! 園香じゃないか! こんなところで奇遇だな!」

「あら、マイちゃんおはよう」

 ハーフアップにしたボブカットの髪をゆらし、大人びた少女がふり返る。

 優しげに垂れた園香の瞳を見やり、舞奈は口元に笑みを浮かべ、


「そうだ。なあ園香、今度、うどんかパスタ食わせてくれないか?」

 ふと思いついたまま口走る。

 この時代には生まれてすらいないはずの――そして生まれるはずもない――真神レナが、食べたと言っていた料理を食べたくなったのだ。


「いいけど、来てくれるんならもっと手のこんだものを作るよ?」

「おまえが作ったのが食べたいんだ」

 訝しむ園香に笑みを向けて感傷を誤魔化し、


「それに、すぐにできるってなら、その分、部屋でゆっくりすればいい」

「そういうことなら……」

 続く言葉に園香は頬を赤らめ、両手でスカートを押さえる。

 その様を見て舌なめずりする舞奈に、


「女の子、お好きなんですね」

「はずかしい友人ですいません。……ちょっと舞奈、いいかげんにしないさいよ」

 明日香とレインが追いついてくる。

 そして、さらに、


「舞奈ですって!?」

 園香の背後から小柄な少女が跳び出した。

 隠れていたらしい。


「ああ、志門舞奈だ……って、えっ?」

 舞奈は笑顔で答え、だがあらわれた少女を見やって驚愕に目を見開く。

 長いツインテールをなびかせた、幼い顔立ちの、可愛らしい少女。


「まさか、レナ……なのか……?」

「うん、幼馴染のレナちゃん。パパのお得意様の娘さんなの。外国の子なんだよ」

「志門舞奈!? 志門舞奈ですって!?」

 驚く舞奈。

 変わらぬ笑顔で紹介する園香。

 そしてレナと呼ばれた少女のほうも、舞奈に劣らず驚いた様子だ。


 やがて、そのくりくりとした大きな目がつり上がる。

 だが目じりが優しげに垂れているので威圧感はない。

 ……舞奈の記憶の中のレナと同じに。


「そうよ! わたしはレナ・ウォーダン・スカイフォール! おまえみたいな不埒者をコテンパンにやっつけて園ちゃんを守るために、ここに来たのよ!」

 叫ぶが早いかレナは舞奈の襟首を絞めあげ、かっくんかっくん前後にゆらす。


 園香とレインがビックリする。

 明日香は友達がいもなく指を差して笑う。なんて奴だ!

 だが舞奈はそれどころじゃない。


「そんな……なんで……?」

「何でですって? 園パパから聞いたわよ! あんたが! いっつもいっつも園ちゃんのお部屋に忍びこんで変なことしてるって!」

「レ、レナちゃんやめて! マイちゃんごめんね、痛かったよね? レナちゃん、今、わたしの家に泊まりこみで遊びに来てるんだけど……」

 園香に羽交い絞めにされて引き剥がされたレナの胸元で、ロケットがゆれる。

 舞奈は思わず見やる。


 園香の腕の中で、園香のロケットを手にしたレナが笑う。

 その様子があまりにもまぶしくて、でも目を閉じてしまうと消えてしまいそうで、だから目を細めた。

 だが園香はそんな舞奈の視線を別の意味に解釈したらしく、


「ごめんね、マイちゃん。マイちゃんとお揃いにしようって思って買ったんだけど、とられちゃって……」

「あんたなんかに園ちゃんの写真が入ったロケットを渡すわけないでしょ!」

「いいさ。欲しいならやるよ」

 叫ぶレナを見やり、舞奈はニヤリと笑いかける。


「夜中に園香が見たくなったら、代りに本物を見に行けばいいんだから」

「んなこと、させるもんですか!!」

 絶叫しながら蹴り上げてきた。

 頬を赤らめた園香が慌てて押さえこむ。


 その姿が親子のように、姉妹のようにほのぼのとして見えた。

 だから舞奈の口元にも穏やかな笑みが浮かぶ。

 仲睦まじい2人の姿は、まき戻る時間の中で自身が見た妄想にだぶる。


 あるいは目前の少女は、まき戻る前の世界から普通にいたのかもしれない。

 21年後の世界で、園香は単に友人の名を娘につけただけなのかもしれない。

 だが、それは2度と会えないと思っていた彼女と瓜二つの少女と、再会できた喜びを差し引く理由にはならない。だから……


「……なあ、明日香」

 何食わぬ表情のまま背後を見やる。


 黒髪の友人はこっそり舞奈を指さし、頭の横でくるくる指を回していた。

 レインがそれを見て「あはは」と笑っていた。

 そんなことは百も承知だ。

 だが、ちょっとムカついたので「見えてるぞ」と文句を言う。


「何よ?」

「例の石、あいつは完全にぶっ壊れて元には戻らないんだよな?」

「さっきの見てなかったの? 魔力も完全になくなって、灰になって風に吹かれて飛んでったじゃない。素直に諦めて、プレゼントには別のものを探したら?」

「そっか」

 その言葉で舞奈は理解した。


 時間遡行の魔法が進行する最中、舞奈の願いにも似た妄想は新たな魔法となった。

 だから、あの時見た夢のまま、園香とレナは仲良く笑っている。

 そして力の宝珠(メルカバー)の魔力は完全に枯渇し、知の宝珠(トーラー)ともども塵と化した。


 なるほど知の宝珠(トーラー)が言い遺した通りだ。

 たったひとりの少女と引き替えに、舞奈は世界を統べるほどの強大な魔力を失った。

 湧き起こる激情を秘めておけず、舞奈はレナに走り寄る。

 そして、額に音をたててキスをした。


――ここにいてくれて、ありがとう


 心の底からそう思った。

 目の前に、失われたはずの、2度と会えないはずの少女がいる。

 それは宇宙の技術と魔術と世界をも手にした魔帝(マザー)ですら叶えられなかった願いだ。


 その願いを叶える手段に、舞奈が自分で思い至ることはなかった。

 ただ舞奈がちょっとだけ幸運で、気の毒な鮮血色の石が不運だっただけだ。


 だから園香の腕を振りほどいて殴りかかろうとするレナを軽くいなし、ねだるように頬を染め腰を屈める園香の額にも優しくキスをする。


――今度こそ、おまえを不幸になんてしない。絶対に


 いつか園香とレナが眠る寝室に忍びこむのも悪くないと思う。

 そして夕飯を御馳走になるのだ。

 時間と因果律を超えた親子丼なんて、考えるだけでよだれが出そうだ。


 そしてバッタみたいに跳び退って、後にいたレインにもキスをする。

 うつむきがちな少女は目を白黒させる。

 今度は【戦士殺し(ワルキューレ)】による防御が間に合わなかったらしい。

 あるいは愛に満ちあふれた行為は攻撃とは見なされないのか。


――あんたを苛むものはここには何もない。だから、あんたは笑っていいんだ


 そして最後に明日香を見やる。

 明日香も舞奈に視線を返す。


 舞奈の軽薄な生き方は、そう簡単には変わったりしないだろう。

 明日香と過ごした2年間は、舞奈にとってそれほど大きかったから。


 だから、どれほど多くの少女を知ろうとも、どんなに遠くに行こうとも、最後に戻ってくる場所は彼女がいる場所だ。そう思うと自然と笑みがこぼれた。


「……何よ?」

 舞奈がガンをつけた体で睨んでくるパートナーから目を逸らす。

 突然キスされて怒ったり困ったり喜んだりしている少女らを見やり、舞奈はまぶしげに目を細める。


「誤解だよ、って言いたかったのさ」

 軽薄に笑う。


 バカで不器用な舞奈は、たくさんの人々を救えずに見殺しにした。

 チーム【グングニル】はレインを除いて全滅した。

 21年後の世界でレジスタンスの装脚艇(ランドポッド)乗りたちも非業の最期を遂げた。

 そして先日は後藤マサルを看取ったばかりだ。


 それでも幸運と偶然の賜物で、彼女たちは揃って舞奈の目の前にいる。

 いてくれる。


 だから、満面の笑みを浮かべる。

 今、ここにいてくれる彼女たちに、パートナーに、心からの感謝をこめて。


「あたしは園香とヘンなことなんてしちゃいない。いいことをしてるのさ」

 言って満面の笑みを浮かべる。


 直後、園香の手を振り払ったレナに顔面を思いっきりぶん殴られた。


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