強襲
コックピットハッチから顔を出し、側でバイクを停めたボーマンを見やる。
「あいつらが突然わらわら出てきて通れないんだよ。難民じゃないかと思うんだけど」
「難民ね……」
すえたような異臭に顔をしかめつつ、難民とやらをぬめつける。
皆が一様に歪んだ不快な顔立ちをした中年男たち。
奴ら全員が20年着続けた様な薄汚い背広や、さらに不恰好なボロをまとっている。
よく見やると集団に子供はおらず、女もまばらだ。それにも増して、
「ったく、何の臭いだこりゃ」
舞奈は舌打ちしてコックピットに戻る。
とにかく臭いのだ。
もちろんレジスタンス暮らしが清潔だとも衛生的だとも思わない。
だが目の前の集団の臭さは別格だ。
まるでドブか便所から這いだしてきたのかと思えるすさまじい悪臭を放っている。
腐敗した戦死体のほうがいくらかましだ。
「……にしても、どっかで嗅いだことのある臭いだな」
顔をしかめながらも引っかかる。
「何だっけ……?」
しばしと首をかしげ、
「……ああそうだ」
とコンソールパネルを見やる。
先ほど物知りの知り合いが増えたばかりではないか。
「トーラーさんよ、あんたには、奴らが何者だかわかるのか?」
『構成する人員の全てが妖術の影響下にあります』
「妖術だと?」
『はい【降三世悪鬼掌握法】と推測されます』
「ト……? エロ……? 何だそりゃ?」
『対象の体内に蓄積したニコチンを罪穢れと見なし、対象の自由意志を消去して操作する妖術です。現に対象人員すべての体内から高いニコチン反応が検出されています』
「へえ」
内容の大半が意味不明ながらも、素早く返ってきた答えに相槌を返す。
「詳しいな。妖術ってのは宇宙にも広まってるのか?」
『本惑星で確認されている魔術、妖術は、太古に本惑星を訪れた他惑星の魔術師から言語や他の初歩的な技術とともに伝授されたものと推測されます』
「魔法の本場も宇宙ってわけかい」
ふうん、と何となく天井を見やり、
「……ま、ドブみたいな臭いの原因は分かったよ」
説明からニコチンという単語だけを聞き取って腑に落ちる。
教科書のように格式ばっているためか理解しずらい説明だが、そこだけはわかる。
というか思い出した。
すっかり忘れていたのは、このすえた異臭を嗅ぐのが1年ぶりだったからだ。
レジスタンスにヤニを吸う人間はいない。
魔帝軍が【断罪発破】による攻撃を多用したからだ。
魔帝軍の侵攻にあわせて、一部の執行人の間で脂虫と呼ばれる人型の害虫は、あらゆる場所で爆発し、地上から姿を消した。
ある意味で魔帝による2つ目の公益である。
口元にクスリと笑みを浮かべる。だが、
「ちょっとまて! まさか!」
ふと気づいて跳びあがり、拡声器に向き直り、
「離れろ! 奴らは人間じゃない、喫煙者だ!!」
叫んだ瞬間、男たちのひとりが爆発した。
同時に脂虫たちが一斉に押し寄せてきた。
「糞ったれ! 【断罪発破】だ!!」
『【降三世悪鬼散華法】の妖術です』
叫ぶ舞奈に知の宝珠が割とどうでもいいツッコミを入れてくる。
体内に蓄積したニコチンを罪穢れと見なして対象を爆破する異能……妖術。
そいつらを操る妖術。
その2つが揃えば、脂虫の群はすなわち大量の爆薬に等しい。
奴らはレーダーには映らない。
加えて通路の狭さをものともせずに物量作戦を仕掛けることができる。
舞奈はモニターに目を凝らす。
近くに【断罪発破】――相当の妖術の使い手が潜んでいるはずだ。
そして味方機以外に装脚艇の反応はない。
だがすぐに害虫爆弾の群の中から発破屋を見つけだす試みを放棄する。
舞奈はレジスタンスたちを援護すべく、スクワールを立ち上がらせる。
4本足の復刻機が半身を起こす。
車体と一体化した砲塔内部でコックピットが駆動し、地面との平衡を保つ。
前足は腕となり、腰にマウントされた拳銃を手に取る。
栗鼠の頭部を模したカメラが前方を向く。
レジスタンスも素早く車両へと戻り、機関砲を中核にして応戦する。
彼らも魔帝軍と戦い抜いてきた精鋭たちだ。
ピアースのカリバーン2号機が剣を抜く。
スプラの4号機も巨大なハンドミキサーを抜いて男たちの群へと斬りこむ。
薄汚い男たちが機銃に砕かれる。
巨大な剣に、ハンドミキサーに轢き潰される。
ヤニ色に濁った飛沫が通路に舞う。
だが脂虫の数は減らない。
「マスターキー、セット。バードショット」
舞奈も加勢に加わろうと、武装交換のシーケンスを開始する。
両腕が自動化された動きで拳銃を尻尾の横に揃える。
尻尾のサイドが開いてアームを展開する。
砲身の下に対人用散弾のオプションをセットする。
だが不意に、スクワールは車体の推進装置を急噴射して強引に振り返る。
2丁の拳銃を構え、セットした散弾ではない砲弾を撃つ。
スクワールの頭部を2本のビームがかすめ、背後の脂虫を消し炭に変える。
同時に、にじみ出るように機影があらわれた。
黄金色の【猫】――知の宝珠とやらの言葉を借りるなら『ランドオッタ』。
『敵機を捕捉』
知の宝珠がナビゲーター気取りで声をあげるが放っておく。それより、
『ルーン魔術【不可視】による光学迷彩環境下からの奇襲と推測されます』
「だろうな」
『気づいたの!?』
通信機が、驚愕にかすれた少女の声を拾う。
無理やりに開いた通信モニターに、長いツインテールの少女が映しだされる。
「あんたが来るのが分かったんだ。愛のパワーでな」
少女の驚愕に笑みを浮かべて答える。
気づいたのは音と気配でだ。
それに舞奈が相対してきた敵の多くは、こういう状況で挟み討ちを仕掛けてきた。
透明化できればしてきたし、それは魔術師ならたいてい持っている手札だ。
「また会ったな。レナちゃんだっけ?」
『貴様の汚らわしい口で、その名を呼ぶな!』
襲いくるランドオッタの双眸から粒子ビームが放たれる。
避けたスクワールの背後のコンクリート壁に、焼け焦げた弾痕が刻まれる。
舞奈は舌打ちする。
ランドオッタが放つ粒子ビーム――加粒子砲。
あるいはレナが用いる魔術の数々。
どちらも、たった1発で生身のレジスタンスたちを殲滅できる。だから、
「つれないこと言うなよ。あたしはカワイコちゃんとは誰とでも仲良くしたいんだ」
軽口を叩きつつも、舞奈はスロットルを引きしぼる。
スクワールは拳銃を収めて車体を前向きに倒す。
そして4本脚の機動輪をフル回転させて通路を逆走する。
レジスタンスから距離を取るためだ。
『だまれ! 貴様の、その軽薄さが!!』
ランドオッタも追ってくる。
やはりレナの目標はスクワール――というか舞奈らしい。
『待ちなさい! 松明!!』
ランドオッタは短い腕を差し向ける。
先を走るスクワールめがけて掌から金属板を放つ。
疾走しながら跳んで避けた栗鼠の真横で、金属片が爆発する。
『力の宝珠をあてにしようなんて思わないことね! 志門舞奈! この前の防御で魔力を使い果たした力の宝珠に、貴様を守る力なんかないんだから!!』
「だからその力の宝珠って何だよ!」
知りもしない事を前提に煽られても困る。
だがキレ気味の問いに答えたのはレナではなく、
『私です』
「おまえだったのか!? だいたい、さっき知の宝珠って名乗ってなかったか?」
『正確には、私は我が半身である力の宝珠を通じて語りかけています』
「じゃ、おまえじゃないじゃないか!! その力の宝珠ってのが具体的に何なのか、小学生でもわかるように説明してくれないかね! 物知りさんよ!」
『魔力王を補佐する存在です。現在は本機体のエンジンブロックに収められています』
「あ? ……ひょっとして、涙石のことか?」
舞奈はコンソールパネルを操作して蓋を開ける。
ケース内にせり上がってきた涙石を見やる。
「そういうや、こいつのおかげでヴリル・ドライブが完成したって言ってたな」
ひとりごちる。
だが鮮血の色をしていたはずの涙形の石は、今や朽ちかけたように黒ずんでいた。
舞奈はこういった存在について詳しくない。
それでも何となく力がなくなってそうなのがわかる。
「……まさか、機体が今にも止まりそうだとか言わないよな?」
『その心配は不要です。現在、本機のヴリル・ドライブは単体で安定動作しています』
ひとまずの回答に胸をなでおろす。
『ですが力の宝珠の魔力が枯渇しかけているのは事実です。力の宝珠は魔力王を守護する能力を現状態では行使できません』
「そっちはいいよ。別にあてにしてないから」
その何とか能力というのは、以前にレナと戦った際に氷の雨を凌いだアレだろうか?
そんなことを話すうち、後部モニターの中のランドオッタが腕を突き出す。
スクワールは車体を起こす。
推進装置を吹かしつつ軽く跳躍して真後ろに向き直る。
同時に鋼鉄の猫の掌から、金属片が続けざまに3発、放たれる。
栗鼠は機動輪を逆回転させて後ろ向きに疾走。
ランドオッタから距離を取りつつ、間近に迫った金属片を頭部の機銃で迎撃する。
明後日の方向に飛んでいった2発は無視する。
コックピットの中の外部モニター中でどアップになった金属片が砕かれた直後、壁と天井に当たった2発が大爆発する。
「あっぶないなー。力の宝珠が壊れちゃったら、困るんじゃないのか?」
苦笑しつつモニターを見やる。
コンクリートの壁や床に描かれた標識代わりの数字や記号が、ジェットコースターの如く勢いで後ろ向きに流れていく。
2機の装脚艇は広いとはいえ通路で猛スピードのデットヒートを繰り広げている。
直撃こそしなくても、機体のバランスが崩れて壁と接触しただけでも大破は確実だ。
そんな中で撃ちあいなど、正気の沙汰ではない。だが、
『貴様を八つ裂きにしてから、その機体から取り出せばいい!!』
腕に余程の自信があるのか、それとも頭に血がのぼっているか、
『松明!』
レナは再び叫ぶ。
今度は、ランドオッタの両腕から金属板が放たれる。
「なら同じ手札を続けて何度も使わないほうがいい。無駄だって、前にも言ったろ?」
金属板を避けつつ機動輪をフル回転させる。
スクワールは追ってきたランドオッタにぶつかる勢いで懐に跳びこむ。
その背後で2つの爆発。
決死のデッドヒートは継続中だ。
そんな中、そんな無茶をするのは真正のバカか自殺志願者くらいのものだ。
さすがのレナも怯んだか、ランドオッタの速度が落ちる。
「気に障ったんなら謝るよ」
舞奈は通信モニターの中のレナに語りかける。
「けど、あたしがあんたに、そこまで憎まれるような何をしたのか教えてくれないか? だいたい、まだ3回しか会ってないはずだ」
語る舞奈に答える代りに、ランドオッタは右手に金属板を握りしめ、
『氷!!』
『【凍手】と推測。接触した機体は結露し、無力化されます』
レナが叫ぶと金属片がはじけ、掌が冷気のオーラに覆われる。
大気中の水分を霜へと変えながら、魔術と怨念のこもった氷の肉球が襲いかかる。
『貴様が謝罪する相手は、もうこの世にいない!!』
「なんだよそれ!」
スクワールは再び跳躍してランドオッタに背を向ける。
機動輪をフルスロットルで回して距離をとる。
ランドオッタも車体を倒す。
尻尾に似た安定化装置をピンと立ててスクワールを追う。
『志門舞奈! 志門舞奈!! おまえが忘れても、わたしは忘れない!!』
コンクリートの床を疾走しつつ、スクワールは追いついてきたランドオッタと並ぶ。
『駿馬!!』
車体を起こしたランドオッタの姿が4機にぶれる。
スクワールは横に跳んで距離をとる。
次の瞬間、4機の双眸から放たれた8条の光線がスクワールに迫る。
『空間湾曲による同位体の出現を確認。ルーン魔術【鏡像分身】と推測』
知の宝珠の声。
スクワールは機動輪をフル回転させて、跳ぶように避ける。
加粒子砲は栗鼠の残像を貫き、壁に2つの孔が穿つ。
『同位体は不安定であるものの、本体と量子論的に紐付けられています。そのため単体攻撃による有効ダメージは同位体に適応され、3度まで無条件に回避されます』
「……あんたの説明はさっぱりわからないけど、あれが何だかは知ってるよ」
ひとりごちつつ舞奈は引鉄を構える。
スクワールは車体を起こして拳銃を抜き、セットされた散弾を放つ。
散弾が装甲をノックする軽い音と共に、3機の幻影が溶けるように消える。
対人用の散弾でも、攻撃は攻撃だ。
数十発の攻撃によって幻をまとめて消したのだ。
だがレナは怯まない。
『わたしの名を聞いて、まだそんなことを言っていられるのは、おまえがママを弄んでいたからだ!! おまえが、おまえなんかがいたせいで、ママは!!』
モニターのこちら側に怒りを叩きつけるように叫ぶ。
その言葉に、怒気に、舞奈は気づいた。
舞奈にとって1年過ごしただけのこの世界。
だが周囲の人間にとっては21年前から地続きに繋がっている。だから、
「レナ……。真神レナ……!? まさか、おまえ、園香の……真神園香の……!?」
舞奈は目を見開いた。
予告
朽ちたキャンドルに満たされぬ想いと伝えられなかった言葉を灯し、
怯える心で編み上げた虚勢と微笑のヴェールをまとい、
子猫と栗鼠は合わせ鏡のように踊る。
砲火と魔術が飛び交う暗闇は、傷ついた動物たちの社交場。
次回『郷愁』
もしも全てを、やりなおせるのだとしたら?




