その代わらない
「ならぬ。予には策があると言ったであろう」
――策って?
「……忘れておりました」
てっきりそんな物は無いと信じておりました。剣を構えたまま魔王様の横へと移った。勇者一行との睨み合いが続く。首から上は無いのだが。
「ァラカダンイカタッア、ルゲーアニタナアヲプースナツベクト!」
「――!」
まさかの禁呪文!
「やばい! 見たことも聞いたこともないやばい魔法が来るぞ!」
「「魔王の魔法に備えろー!」」
勇者パーティーが魔王様から急に離れる。――怖ろしい禁呪文にきまっている。咄嗟に身を構えてしゃがんで耳を塞いだ。首から上は無いのだが。
魔王様は目の前に大きな黒い半球体の物体を召喚された。ゆっくりと頭上から下りてくると、それは――巨大な鍋だった。
イベントとかで使うサイズの――大鍋だ! 豚汁を炊いたりするやつだ――!
「ほら、温かいスープだぞよ」
「「――!」」
おおよそ千人に配れるほどの大きな鍋には……野菜たっぷりのシチューがなみなみと入っており、白い湯気が立ち上っていた。
「「――!」」
「「……ごくり」」
「これは……罠か!」
「我々を空腹にして……前みたいにアニサキスを腹一杯食わせる気か!」
「その手には乗らないぞ魔王!」
「アニサキス……死ぬかと思ったんだぞ! いや、ほんとに!」
泣きそうな顔になっている。勇者が泣くなと言ってやりたい。
「どうせ罠なんだろ!」
こいつら……許せん。
「貴様ら、無礼だぞ! 魔王様のご慈悲。罠でもアニサキスでも……喜んで食え――!」
「「酷い~!」」
魔王様の前に立ちはだかり勇者に白金の剣を向ける。これが俗に言うパワハラですっ!
「罠ではないぞよ。予も食べるぞよ」
お玉ですくってお椀によそって食べ始める魔王様。あちこちからグーグーとお腹の鳴る音が聞こえる。
「ま、魔王様、もう少し下がってください。あまり前に出過ぎては危険です!」
いくら食べ物で釣ったって、勇者が魔王様を討伐する目的は消えません。勇者の中には魔法や飛び道具を使う者がいるかもしれません。
しかし魔王様は一歩も下がらない。鍋の横で発泡スチロール製のお椀にお玉でアツアツのシチューをよそっていく。仕方なくお椀を受け取り勇者の方へ差し出す。
はよ受け取れ!
親指が熱い!
「予は無限の魔力で無敵ぞよ。くだらない戦いで命を落とすくらいなら美味しいスープを食べて体を温め、命あることに感謝し帰路につく方が利口ぞよ」
スープなん? シチューじゃん。
「罠だ、みんな食べるな!」
「そうとも、魔族の作った罠にかかるものか!」
「裏があるぞ、絶対に」
「国王の命を奪ってこいだとか、隣国と戦争しろだとか、必ず裏があるはずだ!」
「「そうだ! そうだ!」」
「裏などないぞよ。スープを食べたからといって、その代わりになにかを予が求めたりはせぬ」
――その代わらない――。
「「……」」
辺りが静まり返った。……その代りはないとおっしゃりたいのだろうか。
「予には無限の魔力があるのだ。予に逆らうというのであればいつでも討伐に来るがよい。勝てぬ敵に戦いを挑むのは愚かな行為かもしれぬ。だが、人間同士で戦い命を奪い合うことこそ、真の愚かな行為」
そうだ、愚かな行為と知って行う者……。
「つまり――愚か者だ!」
「「おお……」」
「「顔が無いのに喋った……」」
人間共が私の声に納得して唸り声をあげる。「顔が無いのに」は余計だと言いたい。我々は魔族なのだ。
「……」
なんか……魔王様に睨まれているのは気のせいだろうか。お玉が小刻みに震えている。ひょっとしてお寒いのでしょうか。
「勇者であれば、常に戦う相手を見誤ってはならぬ。人と人が戦うような事態に直面したとき、安々と金欲しさに引き受けてはならぬ。俺TUEEEやチートなど言語道断。勇者の風上にも置けぬと自負せよ」
「……はい」
「分かりました」
皆が剣を収めると、シチューの大鍋の前に列を作った。
列を作るところは……さすがは勇者なのかもしれない。割り込もうとしないところが……勇者なのかもしれない。お代りしてもいい。……余っても勿体ないから。
今日は……魔王様に一杯食わされたな。
残ったシチューも魔王様に残すなと言われ……一杯食わされて腹が爆発するかと思った。リバースしかけたのも内緒だ。
千人もの勇者はシチューを食べ終わると鍋を洗うのを手伝ってくれた。そして来た道をゆっくりと引き返していった。
ずっと背負わされていた缶詰がたくさん入ったリュックも勇者たちに手渡した。お城まで帰り着くまでに餓死しないように……。
「本当にこれで良かったのでしょうか」
私が白金の剣で戦う姿を見たかったファンは多かった筈なのですが。
「それはよい。そんなことよりも、人間には共通の敵が必要なのだ」
共通の……敵。
「敵がいなくなれば、敵でなかったものが敵になるのだ。敵を滅ぼせば次なる敵が必要となるのだ」
「御意」
「魔族とて同じこと」
――!
「では魔王様、我々はやはり人間を討伐すべきではございませんか」
「ございません! このバカチンが!」
ポカリッ! アクエリッ!
「あいた! 頭を叩かれた! 暴力反対です」
……腹立つわあ。首から上は無い筈なのに~!
「よいかデュラハン。魔族に差し迫る真の敵を、ぜったいに見誤ってはならぬぞよ」
絶対に見誤ってはならぬ真の敵――?
「え、人間共ではない真の敵って……なんですの?」
呆れた顔をしないで! 分からないから聞いているのですから、呆れないで!
「我ら魔王軍の真の敵、それは、魔王城の老朽化と耐震補強工事ぞよ」
「――!」
それな。命懸けと言えば命懸けなのかもしれない。
「よいか、敵を見誤ってはならぬ」
「御意」
だが、千人を超える勇者パーティーや女勇者が私の敵でないとすれば……。
――いったい、私の真の敵は誰なのだ――。
「だーかーらあ、魔王城の老朽化と耐震補強工事ぞよ! さっき言ったばかりぞよ」
「仰せのままに……」
怒られてしまったぞ……。
「ヘーックションくそーい!」
魔王様、我々も風邪をひく前に早く魔王城へ帰りましょう。
最後まで読んでいただきありがとうございました!!
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