あるのだ。良い策が
「クックック、人間共め予に歯向かおうとはいい度胸だ」
カーテンを開け玉座に優雅に座る。窓からの光が眩しくて目がかすむ。疲れているのかもしれない。
だが、敵がまだ魔王城から遠いことが分かり安心した。……スパゲッティーを全部食べてこれば良かったと後悔さえしている。
「目に物を見せてやりましょう。人間と魔族の決定的な力の差を見せつけてやるのです」
せっかく魔王様のご慈悲のお陰で平和に暮らせているというに……。
「ご命令いただければ、この私めが直接全軍を指揮して討伐いたします」
左手を胸に当て一層深く頭を下げる。久しぶりの戦いに鼓動が高まり腕が鳴るぞ。
「早まるでない」
「はっ?」
頭を上げた。首から上は無いのだが。
「血気盛んな勇者パーティーをすぐさま叩かなくとも、よい策があるのだ」
「と、申しますと」
魔王様のよい策っていうのが、いま一つ信憑性にかけると思うのは私だけではあるまい。
「人間界から魔王城までの道のりは険しく遠いのだ。途中には湿地帯や砂漠、大きな沼、万年雪の積る山々がそびえ……」
「……」
「さらには透き通った湖、高い滝、沈む夕日、荒れ狂う森、砂場の砂、月の砂漠を、はるばると……」
「……」
冷や汗が出る。何の話だ。ご乱心なされたか。
「魔王城に到達する前に進軍の過酷さに心身とも疲労困憊するのは目に見えておるぞよ」
「……なるほど」
過酷な状況に慣れていないチャラい勇者など、遠征に身が持たないだろう。
「ホームシックにかかったりスマホの充電が切れたりすれば、たちまち勇者パーティーの士気は下がるでしょう」
毎日お風呂にも入れない。靴下の洗濯もできない。不潔極まりない勇者は……勇者ではない。
洗濯してない靴下を次の日もその次の日も履き続ける勇者は――勇者ではない! パンティーも洗濯できないのだ。
「戦士や盗賊ならセーフぞよ」
「……ですよね。その点、勇者ってやっぱりハードルが高くて難しいですね」
勇者はアイドルに似ている。ひょっとするとウ○コもしちゃ駄目なのかもしれない。恋愛とか脱退とかもタブーなのかもしれない。
「さよう。そんな甘いフェイスの勇者が遠征し食料も体力も底をつき限界に達したところにトドメを刺すのだ」
「――!」
悪い顔を見せる魔王様。鳥肌が立つくらいにゾクゾクしてしまいます。胸がキュンキュンしてしまいます。
「さすがは魔王様!」
その方がこっちも楽ちんだ。楽勝のらっちゃんだ。作戦名、「果報は寝て待て」だ。ダサ。
しかし……なぜ急に人間共は魔王様に敵対心を抱いたのだ。前話で腹痛を起こした原因がソーサラモナーだったことに気付いたのだろうか。禁呪文「腹の中アニサキスでお腹一杯」がバレたのだろうか。
「……うん。その通りよ」
「うお! 誰だっ! ってえ! お前は女勇者!」
二人だけだと思っていた玉座の間に、ひょっこり女勇者が姿を現したのだ。……玉座の後ろから。
「こんにちは。瞬間移動の魔法できちゃった。テヘペロ」
「こんにちは」
「きちゃったって……グヌヌヌヌ、ここは魔王城だぞ!」
魔王城四階の玉座の間だぞ! ラスボスの部屋に瞬間移動の魔法で急に来るなんて――。
「8―4にワープするようなものぞよ」
「おやめください! 8―4ってなんスか」
冷や汗が出る。古過ぎて。
女勇者は魔王様の前でベラベラ喋り始めた。いったいどっちの味方なのかが読めない。
「前の戦いのあと、私の国の王様が隣国の王に伝令を送ったのよ。『腹痛を起こさせたのは……魔族の仕業だ』と決めつけてバラしたのよ」
「「……」」
まあ、ぶっちゃけそうなのだ。ソーサラモナーの禁呪文のせいなのだが……それで一人も犠牲者が出なかったことについてどう考えているのか問いただしたくなる。
昨日の敵は今日の味方など……走れメ□ス急に甘い。大甘過ぎて苦いブラックコーヒーが欲しくなるぞ――!
「……そして、ともに力を合わせ魔族を滅ぼそう、エイエイオーと」
女勇者は目を伏せた。女勇者の力では隣国の進軍など止められる筈がない。弱い国の弱い勇者と見くびられているのだろう。……本当は魔王城に一人で攻め込んでくる実力者なのだが……。
「どちらの国王も安易だな」
国王にとって勇者や戦士の命など安い物なのだろう。
「そうよ。やってられないわ。せっかく犠牲者を出さずに国と国との争いを終わらせられたのに……感謝ではなく逆に魔族を滅ぼそうと手を組むなんて――」
女勇者が両手で顔を覆う。悔しいのだろう。本当のことを言っても誰も信じてくれなかったのだろう。まだまだ女勇者はヒヨッコだから。
「よいではないか」
「――!」
「え、いいの? 魔族が悪者にされちゃっても!」
魔王様が悪者って……たしかに有りなのかもしれないが。
「よいぞよ。人間同士が戦うなど、あってはならぬのだ。魔族でスライム同士が殺し合いをするようなものぞよ」
「スライム同士の殺し合い……」
残酷なのだかどうなのだか。……画的に。
「そのために我ら魔族が憎まれるのであれば、受けて立とうではないか」
「……」
それでいいのだろうか。本当に。
――そんな損な役回りを引き受けても、誰も魔王様を褒めてくれませんよ――。
「前にも言ったが、人間も魔族も、この星のすべては予の物なのだ」
両手を大きく上げないで。緊迫感の欠片もなく大あくびをしているように見えますから――。
「……え、じゃあ、わたしも魔王様の……女?」
「女って言うな女勇者よ」
なんか、魔王様の女って……すごく羨ましいではないか! 色々と。
「案ずるな。それより女勇者よ、遠路はるばる知らせてくれご苦労だった。腹が減っておるのだろ。昼食を食べて帰るがよい」
「……」
素直に頷くのだ。そういうところで意地を張るでない。魔王様なら魔食堂の昼食の時間を好き勝手に延長してくれるのだ。パワハラで。
よく見ると女勇者の細長の顎がコクコクと何度も小さく頷いていた……。
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