6 この世界を学ぶ(二)
フリム先生の授業は毎日でなかった。フリム先生が家庭教師としてやってくるのは数日おきで、まるで決まった曜日に来ているような感じだった。
それと、フリム先生による授業は歴史だけではく、文字の読み書きから算術に至るまで、その授業内容は意外と幅が広かった。
そして、フリム先生による授業が進むにつれて、同時に先生の来歴も少しずつ分かってきた。元々は王宮勤めだったらしく内務官をしていたらしい。
封建社会の世界で女性が内務官のような官僚職に就いていたなんて、かなり大変なのではないだろうか。
フリム先生の講義内容を聞く限りかなり優秀な人物ではあるが、それでも余程有力な貴族の後ろ盾でもなければ、そのような職に就くのは難しいく思える。
もしくは貴族のご令嬢なのであろうか、いずれにしても詳しいプライベート情報は教えてくれなさそうである。
現在は王宮から離れて、この街に出向中らしい。内務官から財務監査官となり領主の下へ赴いているとの事だ。
この街は領都であるらしく。この近辺を治める領主が住んでいる。その為、フリム先生もこの街に来ているのだそうだ。
財務監査官の仕事は毎日ではないので、家庭教師をすることが出来るらしい。財務に携わるだけあって文字の読み書きも堪能で数字にも強い訳である。それだけの学識をどうやって学べたのか不思議ではあるが。
見た目が童顔で10代に見えることから着任当初は国の役人として信じて貰えなかったらしい。それ故にフリム先生は今の容姿にコンプレックスを抱いているようだが、可愛いからそのままで良いのではないだろうか。
「今日は、我が国の周辺国について説明しましょう」
そう言いながら、フリム先生は周辺国が記載された地図を取り出し見せてくれた。その地図はかなり大きめの紙に描かれている。
教材で使用するにしても、よく入手できたものだと感心するばかりだ。この地図がいったい幾らの価値があるのか、軍事情報でもあるだろうから怖くて聞けない。
「ここが、我が国であるトアデナール王国になります」
地図を指し示しながら、フリム先生が説明をしてくれる。トアデナール王国の北側にはグワデマン山脈が聳え立ち、山脈を越えたところに大河を挟んで東西に二つの大国があるのを教えてくれる。
「北東にあるのがクトゥル王国になります。そして北西にある国がイグナッテ帝国です」
以前の講義で出てきたクトゥル王国の位置がこれでよく解るというものだ。
しかし、ヨシュアン諸島は載っていなかった。それだけ北方の辺境にあるのだろう。
「この両国はグワデマン山脈から流れているルッテル大河を挟んで睨み合っており、ルッテル大河を中心に国境線と定められていますが、ルッテル大河の周辺は肥沃な大地が多いため、お互いに領土拡張を狙った争いがたびたび起きています」
大規模な戦争にはなっていないが、お互いの地方貴族による小競り合いが、たびたび起きているようだ。
これが大規模な戦争になってしまうと、国力がほぼ拮抗している国同士なので共に疲弊してしまう。そうなると他の隣国に付け入られる事となり、それは両国にとって面白くはない。故に今のところは外交による舌戦が繰り広げられており、鍔迫り合いの状態といえるのだ。
今はお互いに国力増強を図りつつ虎視眈々と機を窺っているのが現状だろう。
「我が国は、この両国との交易を行っております」
「せんしぇー」
手を挙げてフリム先生に疑問に思ったことを質問してみることにする。
「どうかしましたか? コリス坊ちゃん」
「いぐなってていこくと、くとぅるおうこくのなきゃがわるいのに、こうえきなんてしゅてだいじょうぶなんでしゅか?」
現代社会と違って世界経済なんて概念がない世界のはずだ。政治的な問題にもなりそうな交易に対して疑問に思ったことを問いかけてみる。
「あら!」
この質問に対して驚きと感心を見せつつフリム先生が答えてくれた。
「両国との交易に関しては、いろいろと政治的な背景がありますが、簡単に説明すると、我が国には"特殊な軍事力"があることで平和的で安全な交易が出来ているのですよ」
にこやかに説明してくれるフリム先生の顔が不敵な笑みに見えてしょうがない。悪寒のようなものを感じて背筋を寒からしめる。
「へいわてきで、あんじぇんですか?」
「ええそうです。その両国とは我が国に特殊な軍事力があることで、軍事協定を結んでいます。それにより平和的で安全な政治交渉が出来ているのですよ。我が国の商人も安心して交易が出来ているのですから何も問題ありません」
笑顔で答えてくれるフリム先生ではあるが、やたらと強く協調してくる部分がある。やはり政治はキレイ事ではないのだろう。
「……そ、そうなんでしゅか」
「話を戻しますが、我が国の北側にあるグワデマン山脈を挟んで両国と交易を行っております。その為、両国との街道は限られた道しかないのです」
トアデナール王国の北側にあるグワデマン山脈を背に周囲は深い森に囲まれている。それ故なのか隣国といえるのはクトゥル王国とイグナッテ帝国の両国しかなかった。
周囲が森であるため土壌は大変豊かである。農業や畜産と言ったことは問題ないようで、穀倉地帯も充実している。食料自給率は非常に高いので食べ物は豊富なようだ。
しかし、トアデナール王国は内陸になるので、海には面していない。そうなると塩などの入手が困難になってくる。それを補うのが隣国との交易というわけだ。
「次に我が国の南側ですが、深い森が広がりを見せております。そこは、かつては瘴気の森などと呼ばれて人が近づくことはありませんでした」
瘴気の森あんて言われ方をしているのだから、異世界の定番である魔物でも出るのかと思ったら違うらしい。
その森に入った者は、急に気分を悪くしたり体調を崩す人が多かったから危険な森として認知されていたようだ。
「今はその森の呼び名も深淵の森と改められ、近くにはラーデヤールの街が建設されるに至りました」
昔は危険な森として認知されていたようだが、今では近くに街まで出来ているらしい。
そして、フリム先生の授業は続いていく。