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獣王紋奇譚  作者: 大峰とうげ
第一章 出会い
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5 この世界を学ぶ(一)

「それでは、早速講義を始めましょう」


 お互いに簡単な自己紹介が終わったところで、早速とばかりにフリム先生の授業が始まる。どんなことを教えてくれるのか楽しみである。


「コリス坊ちゃまは、今日は聞くだけで様子を見ましょうね」


 そう言いながらディアナの前には教材が置かれていた。

 自分の前には何も置かれていない。元々ディアナだけの家庭教師だったのだから致し方ない。


 そもそも教育に使われる教材その物がかなり高価なのである。紙も一応存在するらしいが、まだお目に掛かれていない。大変高額であるらしく、本に至っては家が建つほどの額らしい。どうりでこの屋敷に本が無い訳だ。


 主に使われているのは羊皮紙と薄くスライスカットされた木板になる。

 その羊皮紙も安い物でないので、普段使いで使用されているのは木板が主流である。市井ではあまり文字を書くことがないので、それでいいのだろう。


 もし紙を大量生産できるようにしたら大金持ちになれるだろうかと思考したけど、その為の知識が曖昧だ。前世での記憶で和紙漉きを体験した思い出があるが、あれは工房の方で材料から道具まで全部用意されていたから出来た事で、何もない状態で紙の作り方など知っているはずもなく早々に断念する。


 教材として用意された物は石板と蝋石で、これに書いたり消したりして覚えるのだろう。

 当たり前の話だが学習用ノートなんてこの世界には存在しないようだ。


「まずは、"トアデナール王国"の歴史から始めましょうか」


 そう言って、フリム先生による授業が開始された。

 トアデナール王国という国の名。それが今、自分が住んでいる国の名前のようだ。


 知らないことを知ることが出来る。それがこんなにも心躍ることとは、前世での学生時代には思いもしなかった心境であろう。


「我が国の建国は、今からおよそ300年ほど前になります」


 フリム先生がこの国の歴史をつらつらと語りだす。300年の歴史がある国か、意外と古いと言うべきか、それとも割と新しいと言うべきか、アメリカの独立宣言が確か1776年だったはずだからアメリカの歴史よりは古いのかな?

 でも植民地時代を加えて考えると、このトアデナール王国の歴史は割と新しい方だと言えるのかもしれない。


「そして、初代国王の名前が、ショーゴ・フジミヤ・ヨブ・トアデナールと言い。このお方が建国の祖として記録に残されています」


「(あれ!?)」


 初代国王の名前を聞いて、妙な違和感を覚える。

 ショーゴ・フジミヤ・ヨブ・トアデナール? しょうご・ふじみや……。


 そして、その違和感の正体に気づく。

 ふじみやしょうごだと、まるで日本人の名前のようではないか、一体どういうことだ。たまたまの偶然だろうか。

 漢字で書くと藤宮省吾かそれとも彰悟だろうか、今はそんな名前の漢字なんて些細なことは後回しだ。


「ショーゴ陛下はクトゥル王国の東部出身とされていますが、容姿が黒髪の黒目だったのと記録が残されている為、北方の海を越えたヨシュアン諸島の出身ではないかとの説も唱えられています」


 ヨシュアン諸島とクトゥル王国、新しい単語(ワード)が出てきた。フリム先生の説明ではクトゥル王国はトアデナール王国の隣国になるらしい。

 そして、ヨシュアン諸島だが、クトゥル王国を越え、海を渡ったかなり北方の方にある島国であると教えてくれた。


 そのヨシュアン諸島では黒髪の容姿が普通らしく、逆にクトゥル王国ではこの国と同様で金髪や銀髪の人が多数を占め黒髪は珍しいとの事だ。

 それ故に、初代国王の出身地が記録と違うのではないかと議論がたびたび起きているらしい。


「そして現在の国王は初代から数えて9代目となり、王都グリュックスベルにあるダーラン城を居城としています」


 フリム先生の講義は続いているが、自分の意識は別のところにあった。初代国王の名前が日本人の名前ではないか、そればかりが気になってしょうがなかった。


 自分と同じように転生してきたのだろうか。

 いや、それだと今の自分がそうである様に名前が日本名である事がおかしい。

 たまたまの偶然であろうか。ヨシュアン諸島での名前が日本人の名前に似ているだけだとか。

 そう考えても疑問は残る。そもそもがヨシュアン諸島の出身かも不確かな訳だし。

 それとも、自分が転生してこの地にいるのとは別に、日本人のままこの世界に転移して来たのだろうか。

 今は、まだまだ少ない情報で思考の海に溺れていくのであった。



    ◇  ◇  ◇



「今日のところは、これくらいで終わりにしましょうか」


 これで初めての授業が終わった。フリム先生は初日から、かなりのハイペースで講義を進めた感じだった。

 流石のディアナもグッタリしている。


 自分はと言えば、授業開始直後は楽しく聞いていたが、途中から気になる単語(ワード)が出たことで思考の海に沈んでしまい、フリム先生の講義内容の半分くらいしか頭に入らなかった。


「次回からは、コリス坊ちゃまの教材も用意しておきますからね」

「わーい。フリムしぇんしぇいありがとうごじゃいます」


 大人しく講義を聞いていたのでフリム先生に認めてもらえたようだ。

 次回から教材も用意してくれるとの事だ。可能であれば今度はいくつか質問をしてみよう。


 家の中では特にすることがないので、今の自分にとっては良い暇つぶしになる。おまけに気になる情報も出てきてるし、今後の行動指針に大きく影響してくるかもしれない。その為にもしっかり勉強しないと。


 コンコンと扉をノックする音がした後、お腹の大きさが目立ち始めたシルヴィが入室してくる。


「お疲れ様です。フリム先生、二人はどうでしたか?」

「そうですね。……お嬢様は中々に優秀ですよ。それと、コリス坊ちゃんも3歳とは思えないですね。講義も静かに聞いていましたし、次回も一緒に勉強して問題ないでしょう」

「まぁ、そうなんですか?」


 シルヴィは首を傾げながらも、此方を見つつ懐疑的な表情をしていた。

 まぁ、精神が40後半のおっさんではあるが、3歳児として違和感ない行動を心掛けてきたつもりだ。

 最近ではやんちゃ坊主を演じているし、それがいきなり静かに講義を聞いていたなんて聞かされたら、不思議に思っても致し方ないだろう。


 いろいろな感情や疑問が綯交ぜになりながらも、フリム先生の初日の授業は終了するのだった。

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