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獣王紋奇譚  作者: 大峰とうげ
第一章 出会い
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3 家庭教師が来る(一)

 今日も特にすることがないから暇つぶしに部屋を出て廊下をうろうろと歩き回り、他の部屋を覗いては移動する。そんな風に屋敷の中を探検していた。


 そんな屋敷の探検をしている自分の頭上から声が聞こえてきた。


「坊ちゃま、やっと見つけましたよ。本当にいつもいつもやんちゃなんですから」


 どうやらメイドのアンネに見つかったようだ。その口調は少し呆れ気味である。


 アンネは、この屋敷にいる二人のメイドの一人だ。茶髪に見える髪は金髪を濃くしたような感じで、その髪を後ろで束ねた30代後半の女性だ。

 詳しい年齢は知らないのだが、アンネに年齢を聞いても笑ってはぐらかされてしまう。やはり女性に年齢を聞くのは子供であっても無粋というものだろうか。

 髪の毛には少し白い物が混じり始めている。誰のせいだろうか気苦労が絶えないのだろう。


 いつも自分の世話係をしているのは、もう一人のマルテがしてくれている。なので探しに来るならマルテだと思っていたが今日は違ったらしい。


 このアンネというメイドはマルテの実の母親である。母娘二人でメイドとしてスキャル家に住み込みで働いているのだ。


 そのアンネにスッと両脇に手を差し込まれて抱えられ抱っこされてしまった。


「さぁ、そろそろ昼食の刻限ですから、食堂へ行きましょうね」


 そう言って、アンネに食堂まで連れていかれてしまう。


 食堂にはすでにシルヴィと姉が向かい合うように席に座っていた。


「やっときたわね」


 姉が少し唇を尖らせて呟いた。


 今の自分には三つ離れた姉がいる。その姉の名前がディアナ・スキャル、艶のある黒髪で背中まで伸びた髪は少しウェーブが掛かっている。

 髪の色はクリフ譲りだが、髪質はシルヴィ譲りのようだ。瞳の色は薄い茶色で顔立ちはシルヴィに似ているから将来はきっと美人になるだろう。

 現在の彼女は6歳だから、そろそろおしゃまになってくるお年頃だろうか。


 ディアナが6歳ということはシルヴィが16歳で子供を産んだことになる、前世の記憶で考えると高校生で結婚し出産していることになる。

 この世界の女性は結婚が早いのか、それともシルヴィが早かっただけなのか、その辺の判断は難しい。何せ自分の世話係をしているマルテはまだ未婚みたいだし。


 アンネに抱えられていた自分はディアナの横の席に座らされる。


「揃いましたね。では頂きましょう」


 クリフが仕事でいないので、家長代理はもちろんシルヴィである。

 子供たちが席に着いたことで、シルヴィの言葉を合図に食事が始まる。


 今日の昼食のメニューは、シルヴィとディアナはスープとパンのようだ。二人の前に置かれた木製のスープ皿には具材たっぷりの液体が注がれていた。

 具材は一口サイズの肉に、やはり一口サイズにカットされたニンジンやジャガイモに似た野菜、それと玉ねぎだろうか、それにミルクと小麦粉を加え塩と香辛料で味を調えてある。

 スープというよりシチューのような料理だ。パンは丸い塊ではなく、平たい感じのもので、どちらかと言うとナンと言っていい物だ。


 自分の前に置かれた木の器には麦粥が入っていた。麦粥の中には細かく刻まれた野菜が入っており、味付けは塩だけだった。まるでおじやの麦バージョンと思えばいいだろうか。塩だけの味付けであったが野菜の出汁が出ているのか意外とうまかった。

 量は少なめだったが三歳児の体だとこんなものだろう。


 メイドの母娘は一緒に食事をすることはなく自分たちが食事中は近くで控えていた。後で賄いでも食べるのだろう。


 特に会話をすることもなく、静かに食事が進んでいく。


 そして食事が終りかけた頃、シルヴィが(おもむろ)にディアナへ声をかける。


「ディアナ。明日から新しい家庭教師が来ますからね。しっかり勉強するのですよ」

「えー! また家庭教師が増えるのですか? 母様」


 ディアナにはすでに二人の家庭教師がついている。一人はダンスを教える先生で、もう一人は礼儀作法を教える先生である。どちらも厳しい先生なので、それが更に増えるとなると不満でしょうがないのだろう。


「あたなも、そろそろ歴史などの教養を身につけないといけないでしょう」


 そうニッコリ微笑みながら話すシルヴィ。顔は微笑んでいるが目が笑っていないところが教育ママを想起させる。


 この世界に学校があるのか、疑念を持ってはいたのだ。ディアナがずっと屋敷にいて学校のような教育機関に行く素振りが無かったからである。


 それが、学校へ行くのではなく家庭教師が来ることで、遂に教養を身につける為の勉強をするようだ。

 その勉強も淑女教育の一環であるらしく、シルヴィはディアナを淑女として育て上げ、そして良き結婚をと考えているようなのである。それが娘の幸せであると信じて。


 ディアナに教養を教える先生が来る。これはチャンスだ。そう思うが早いか行動を起こす。自分が右手にもっていた匙を持ち上げ、振り回してシルヴィに訴える。


「かあしゃま、かあしゃま、ぼきゅも、ねねさまとうけたいでしゅ」


 少し舌足らずな感じで捲し立ててみる。

 3歳児が流暢に言葉を話すのは不自然だろうと多少の演技はしているのだが、流石にこの行動にはシルヴィも目を丸くしていた。


「こら! コリス、お行儀が悪いですよ。匙を振り回してはいけません」


 流石に行き過ぎた行動だったのか、シルヴィにはよろしくなかったようだ。注意を受け窘められてしまう。

 そして、諭すように、やさしく言葉をかけてくる。


「ディアナと一緒に勉強がしたいの? ……あたなには、また早いんじゃないかしら」


 シルヴィは右頬に手を添えながら、少し考えこむ仕草をしながら、こちらを見詰めている。


「ぼきゅもー、ぼきゅもー」


 ここで引いては駄目だと駄駄を捏ねて抵抗してみる。

 この世界の知識や情報を得る千載一遇のチャンスである。ここは何としてでも食い下がるしかない。

 屋敷の中はあらかた探索しつくしたのだ。これ以上の進展は望めない、だからこそ、ここは押しの一手である。


 そして何より、暇つぶしになるのだ。


「しょうがないですね。どうせすぐ飽きるでしょうけど。……ディアナの邪魔をしたらすぐ連れ出しますからね!」


 シルヴィは渋々であったが、なんとか認めさせることに成功した。

 ディアナは納得していない表情をしていたが、ここは自分の欲望の為に黙殺することにしたのだった。



   ◇



 私の名前は、ディアナ・スキャル。父様が士爵っていう貴族だから家は結構お金持ちかな。そして、父様は騎士団で団長をしているの。

 この国で最強の騎士なのよ。とってもカッコいいんだから。


 私が2歳の頃に新しいメイドの母娘がやって来たらしいのだけど、よく覚えていない。そのメイドが作るお料理はとっても美味しくて、私はこのメイドが作る食事をとっても楽しみにしていたわ。


 私が3歳になる頃に、弟が産まれたの。私もお姉ちゃんになったのだからしっかりしないといけないわ。

 部屋に何度か見に行ったけど、とっても可愛かったから、思わず頬ずりしちゃった。ぷにぷにでとっても軟らかかったの。


 5歳になった私に母様は家庭教師をつけたの。


「貴方も、そろそろ礼儀を覚える年頃よ」


 そう言っていたけど、先生はとっても厳しい先生だったから私は嫌いよ。何度か間違えるとお尻を鞭で叩かれるの。いつかきっとやり返してやるんだから。


 2歳になったコリスがたまに部屋を抜け出して、私の礼儀作法のレッスンを見に来ることがあったわ。何が楽しいのか静かにしてジッと見ているの。ただ私が鞭で叩かれたときは、いきなり泣き出して驚いたわ。あれ以来、コリスが覗きに来たときは、鞭で叩かれなくなったから、コリスには感謝しないと。


 私が6歳になったとき、今度はダンスのレッスンが増えたの。まだステップを踏むだけだけど、ダンスのレッスンは体を動かすから私は嫌いではないかな。


 やはり、これもコリスが覗きに来ることがあった。見よう見まねで同じようにステップを踏んでいるのを見た時は、お姉ちゃんとしては負けれないと思ったわよ。


 弟のコリスは自分の部屋でジッとしていることだけはなくて、いつもメイドのマルテと屋敷中をかくれんぼでもして遊んでいるようだったわ。


 マルテも最初は部屋から逃がさないようにしていたけど、コリスがうまく逃げだすものだから、今では探し出す方法が巧みになったかしら。


 コリスはきっと優秀な子になるわ。だって父様の子供なんだから当然でしょう。私もお姉ちゃんとして負けられないだから。

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