2 新しい生活が始まる(二)
そんな日々を過ごす今の自分の名前はコリスアーデ・スキャル、父親にそっくりなのは黒髪と茶色の瞳の色だけで、顔立ちの主なパーツは母親の遺伝子を色濃く受け継いでいた。その顔立ちは女性的な顔をしており、中性的と言っていい見た目をしている。
母親は美形なので自分の容姿も将来的には期待できそうだ。
そんな今の自分の可愛らしい容姿とは裏腹に、頭の中身が前世の記憶を持っている為、精神は40代後半のおっさんという。何とも言い難い歪な状態だ。
ただ自分が何故転生できたのか、その切っ掛けであるであろう死亡原因が全く思い出せないでいた。
転生した事により、新しい家族が出来た。その新しくできた父親の名前がクリフトス・スキャル、黒髪で茶色の瞳をしていて平凡な顔立ち、体は細身ながらも筋肉質で、よく引き締まっている。身長は170㎝くらいで成人男性としては少し低いのだろうか。
その新しく父親となった男の年齢が25歳だという。随分と若い父親が出来たものだ。産まれた時に見た感じは20代後半だと思ったが違ったらしい。
次に、今の母親の名前がシルナヴェール・スキャル、緑色の瞳に赤味を帯びた金髪で、腰まで伸びたロングヘアーはウェーブが掛かっている。
綺麗な人で年齢は22歳だという。それで既に二人の子持ちだというのだから驚きだ。身長は165㎝くらいで父親のクリフトスよりやや低い感じだ。
体の線はきれいで、出るところは出て腰などはキュッと締まっている。
これは子供として大いにスキンシップを図るべきだろう。しかし、そうは思ってもその機会に恵まれない。自分の身の回りはマルテがほぼ担っているからだ。
そんな両親はクリフとシルヴィの愛称で呼び合っていて、とても仲睦まじい。クリフはよくこんな美人を嫁にできたものだと、うらやましく思うものだ。結婚人生は勝ち組と言っていいだろう。
そして、シルヴィのお腹には三人目の子供が宿っており、もうすぐ自分もお兄ちゃんと呼ばれるようになるらしい。弟でも妹でも、どちらでもいいが無事に産まれてくるといいな。
しかし、両親は子供の自分に対して、遊び道具とかそう言った遊具の類を一切与えてはくれなかった。だから、遊ぶことが出来ないので暇でしょうがない。おっさんとしては今更だが、せめて絵本でもあればと思ったのだが、この屋敷には本と言える物が全くなかった。
それなりに裕福そうなのに本が無いなんて、そんな現状なので文字をどうやて覚えようかと苦慮している。
両親が話している言葉も少しずつは理解できるようになってきた。特にマルテが世話係として、ほぼ付きっ切りである。その言葉を真似ながら類推して学習する。全く聞き馴染みのない言葉だったから覚えるのに苦労している。
ここがどうやら異世界なのではないかと思い出したのは昨年頃だろうか。最初、クリフの鎧姿を見た時は、凝った趣味の仮装をしているものだと思ったのだが。
マルテに抱えられて散歩がてら街中を見て回った時や、夜空に輝くお月様が二つもあれば、ここが自分の記憶にある地球とは違っていることに理解出来るというものだ。
まだここが異世界なのか、もしかしたら文明が滅んだ未来なのか、まだよく分からない。まさか自分の人生で所謂転生というやつを体現することになるとは。
◇
手の掛からない子供だと思っていたのだが、それは2歳になるまでだった。
それまでは、部屋の中だけとはいえ動き回っては何かを見てジッとしているのだ。
ただそれを繰り返すのみで、何かを舐めたり咥えたりすることもなく、ハイハイしながら部屋をぐるぐると回るだけだった。
何度か中庭へ連れ出して日向ぼっこをさせたこともあったけど、何かを見つけては見詰めるだけで、物を拾って口の中に入れることはない。おかげで余計な心配をすることがなかった
貴族のご子息だからと言っても、コリスアーデ坊ちゃまは、どこか普通の子供とは違っていた。どこがどう違うとは明言できないが、普通ではないのは感じるのだ。
しかし、お館様や奥様にそんな事を言って、ご不興を買てもいけないので、口を噤むことにする
しかし、2歳を過ぎる頃には、普通の子供のように屋敷の中を動き回りお世話が大変になった。本来はこれが当たり前なのだろうと思ったが、やはりというべきか普通の子供の行動とは異なる部分が見られた。
まず、物を壊すことがない。普通の子供なら、うっかり壊すなんて当たり前のはずなのに、あれだけ動き回って、ベタベタと物を触りまくっても壊さないのだ。
だからと言って、放っておく訳にもいかない。部屋を抜け出した坊ちゃまを探し出しては連れ戻す。それが日常になってくる。
困ったことにその抜け出し方が、段段巧妙になってくるのだ。
対策をとってもその裏をかかれる始末に、防ぎようがない。しかし、これが私の仕事なのだと言い聞かせて、屋敷の中を駆け巡る日々を続けコリスアーデ坊ちゃまのお世話をするのです。
◇
クリフは仕事で一度屋敷を出ると、かなりの期間帰ってこない。その間はシルヴィが家長代理として家の事を任されている。
その為、子供たちの世話はメイドの仕事となり、自分の世話係はマルテに比重が偏っていくのである。
今日もマルテの目を盗み、仕事で留守にしているクリフの部屋へ忍び込む。何かこの世界の知識が手に入らないかと部屋を物色していく。
部屋の中は、家長の部屋らしくかなり広い部屋になっている。部屋の中央やや奥に机が置かれ、オフィスの重役席のような感じで部屋の入り口に向いている。
本が無いので書棚らしき物はない。あるのは、ゆったり三人は座れそうなソファと、その前にローテーブルが置かれているだけで、それ以外は目立った調度品が置かれていなかった。
机の引き出しを開けて中を見る。特に鍵はかかっていなかったので簡単に開けることが出来た。
中に入っていた物は、木を薄くスライスカットした木板が数枚入っているだけで、他には何もなかった。その木板には何か文字のようなものが書かれていたが、文字を覚える為に、この木板を持ち出すわけにもいかず、今は諦めて、そっと元に戻す。
「今度は、お館様のお部屋ですか」
そんな声と共に、自分を探しに来たマルテが腰に手を当てて此方を見下ろし扉の所で立っていた。
「もう、私が奥様に怒られるんですからね!」
マルテに見つかってしまったようだ。そして、抱き抱えられて自分の部屋へと連行されていく。
本日の屋敷を探検しての情報収集は、これにて終了となったのである。