91話「急襲」
あれから、俺は今まで身に起きたこと全てを話した。
ロールとの出会いから、メアリー・スーと戦うに至るまで、多少端折ったが要所は全て伝えられた。
いつの間にかペンを片手に凄まじい速度で手帳にメモをしていた新都さん。まさかと思うけど……。
「えーっと、どうして手帳を?」
「愚問だねっ! こんなに素晴らしいネタをメモせずにいるなんて漫画家の恥さらしだよ!」
グイっと、ペンを俺に突きつけて新都さんは胸を張った。
そんな彼女の様子を見てロールが目を輝かせて首を縦に振る。感動している様子だ。
「おぉ~! プロって感じッスね」
「どっちかつーと、変態だろうな」
「プロの変態ッスね!」
「ははは! いいな、それ」
流石はロール、もうアルトルムと意気投合している様子だった。プロの変態は意味がかなり違う気がするけど……。
「今、君が携帯しているのが斬想刀かい?」
「そうなりますね。今は訳あって俺が持ってます」
「なるほど、なるほど。大凡、この町についても知ることができたよ。ありがとう。次はこちらの番だね?」
くるりとペンを回して、新都さんは手帳を閉じた。新都さんが行えば、そんな動作の一つ一つが非常に絵になる。
俺とは違う、根っからの有名人オーラを持つ人だった。
そんな彼女の所作に圧倒されつつ、俺は新都さんの話に耳を傾けた。
「私はもう一人の友人と共にこの町に観光に来ていてね。丁度、著作も終わったところだしさ」
「あ、見てました! レビアタン。凄く良かったです!」
「はーはっは、ありがとう。嬉しいよ。次回作の取材も兼ねているんだ。それで、ただ観光するのも一ヶ月間は暇だからさ、始めたわけだよ」
「何をッスか?」
ふふん、と新都さんは自慢気に鼻を鳴らした。
そして、一枚のビラをテーブルの上に貼り付けた。それを俺たちは声に出して読み上げる。
「えーっと……新都綾」
「探偵事務所、期間限定開店」
「と、いうわけだ」
「坊主たちの言いたいことは分かるぜ、漫画家がどうして探偵事務所を? だろ?」
少し離れた所からアルトルムが俺の疑問を代弁してくれた。
でも確かに、新都さんが探偵もしているということをテレビか何かで聞いたことはある。作品の取材も兼ねて、面倒事に巻き込まれることが多くて、それを解決してるウチにいつの間にか探偵業も兼業になったらしい。
「おいおい、アルトルム。今のは正しくないぞ? 私は――漫画家兼小説家兼アニメーター兼探偵だ。全ての言葉に、美人すぎるという枕言葉も忘れるなよ?」
「承知しましたよっと」
ピシっとアルトルムの言葉を訂正する新都さん。
自分で美人すぎると言ってしまう所に驚きを隠せないが、まぁ彼女ほどの人が言うのならそうなのだろう。(事実として、とんでもなく美人だ)
「ははは、それでこの探偵事務所がどうしたんですか?」
「ああ、そこに丁度依頼が来てね。こっくりさんに悩まされている中学生からさ。調べて見ると、どうにも似たような事例が多発していたらしくてね。深くまで調査してみるとビンゴ――」
「こっくりさんの想造獣だった、というわけですか?」
「ああ、そういうことだ。とはいえ、いくら私が美人すぎる漫画家兼以下略だったとしても――美人すぎる妖怪ハンターではなかった!」
私も友人も歯が立たなくてね、危うく死にかけてしまったよ! と嬉しそうに話す新都さん。やっぱり、ややズレている。
新都さんのことだし、それもいい作品のネタになると思っていたんだろうな。その様子が容易に想像できた。
「そんな大将たちのピンチを救ったのがこの勇者様って訳だ」
「おー! 見て見たかったッス~!」
「格好よかったぞ~、あの時の俺は」
「私たちの正義を信じる心が通じたみたいでね、こうして窮地を脱したわけだ。ただ、一つ問題が残ってしまった」
「その問題というのは?」
ああ、少し待ってくれ、という返事と共に新都さんは席を立つ。そのまま、本棚からいくつかの本を取り出してテーブルに乗せていく。
それらの本を見てみると、どうやら妖怪図鑑なる本だった。計三冊。そのどれもがおどろおどろしい独特な絵で表紙が彩られている。
「妖怪図鑑ッスか、こわそ~」
「ああ、その妖怪図鑑。一冊で丁度百体の妖怪を紹介してくれる図鑑なんだが……。こっくりさんも紹介されていてね、この本に書いてあるやり方でこっくりさんを呼んだ人たちが被害を訴えているらしい」
新都さんが本を一冊手に取り、ページをめくってこっくりさんの部分を開いてくれた。
書いてあるのは、なんてことのないこっくりさんのやり方だが……一つ気になることがある。
「この本オリジナルの付録で呼ぶんですね」
「ああ、それが原因だと考えた私は自分で試して見ることにしてね。結果、こっくりさんが現れた」
「……えっ」
本当にこっくりさんが出現したというのか?
どこにでも置いてありそうな本の付録で、本当に降霊できてしまうなんて……。それはもうちょっとした兵器だ。
「驚きだろう? そして私は出版社に連絡を取り合うことにしたんだけど、これが真っ黒でね」
「真っ黒、ッスか?」
「ああ、聞いたこともないペーパーカンパニーだよ。この本を出版するためだけの会社だ。手の込んだことをするよね?」
新都さんが肩を竦めた。妖怪図鑑だけを出版する会社か……。
確かに気になってしまう。しかも、その本が原因で想造獣が誕生しているのだとすれば……それは見過ごせない。
「っと、大将。談笑中悪いが――風雲急を告げるって奴らしい」
「……?」
俺がアルトルムの言葉に疑問を抱いた瞬間。
懐のスマホが小刻みに揺れた。新都さんに会釈をしつつ、確認してみれば屋流から。俺はスマホに耳を当てて応じた。
「やぁ、元気? ちょっと問題が発生してね。君、今どこにいるの?」
「えーっと、今は……準観光街ですね」
「へぇ! グッドタイミング、あるいはバッドタイミングかな?」
「……どうしたんですか?」
「想造獣が三体。発生したらしい。奇妙なのはその三体がそれぞれ別方向からある地点を目指しているということだね」
「三体とも、準観光街に来ているということですか?」
「ピンポーン、大正解」
「……」
たらりと、冷や汗が頬を這っていく。
今まで、三体もの想像獣が同時に発生したことはあっただろうか。いいや、俺の知る限りはない。
俺たちがいる準観光街を目指しているというのも偶然とは思えなかった。
「ともかく、君がそこにいるなら一刻も早く離れた方がいい。今来ている想造獣たちの等級は迷信が二体、想造獣が一体。君一人で対処できる相手じゃないからね。後の処理はボクたちに任せてくれ」
「分かりました、連絡ありがとうございます」
「ああ、十分に気をつけておくれ」
「はい」
連絡を終えて、俺はスマホをポケットへ戻した。
屋流から聞いた情報を新都さんたちにも共有しないと。
「今この近くに想造獣が来てしまっているらしいです!」
「いや違うな――」
アルトルムが背負った真っ赤な大剣に手をかけて、俺の言葉を否定した。
「近くじゃない。俺たちを目掛けて来ていやがる」
「なっ」
「待て待て、家に来るのは見過ごせないな。賃貸の家を破損するわけにもいかない――此方から迎え撃つ!」
「えっ大丈夫なんですか?」
正直、舞や屋流がいない状態で対処できるとは思えなかった。
けれど、俺の心配を余所に新都さんは不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。
「アルトルムはああ見えて勇者だ。相応に強い」
「どう見ても勇者だろ、どう見ても」
なんてやり取りと共に、淡々と身支度を済ませた二人は玄関へと向かって行く。一人で留守番というわけにもいかず、俺も二人の背中を追った。
舞がいない状態で、初めて想造獣とまともに対峙する。嫌な胸騒ぎを覚えつつ、俺たちは庭を越えて迫り来る想造獣の出現を待った。




