90話「勇者との出会い」
「ゆゆゆ、勇者アルトルムッスよ! センパイ!」
「落ち着け、多分コスプレイヤーだろ。にしても完成度高いけど……」
ワナワナと震えるロールを俺は落ちつかせた。完成度はびびってしまうほどに高いが、流石に本物だとは思えない。多分あれだ、このレンタルビデオショップがイベントをするんだろう。原作者とコスプレイヤー、それならばあり得る組み合わせだ。
そうだとしても、こんな田舎のビデオショップがそんな大掛かりなイベントをすることに驚きなのだが。
「おいおい、俺はそこらにいる俺のコスプレ野郎じゃなくて、本物だっての」
「せ、センパイ……声まで一緒ッス!」
「……」
その所作、声、雰囲気。全てが本物の勇者だった。違うのは二次元から三次元になっているということ。これはドッキリ的な奴なのだろうか。
別室で声優さんがいて、声をアテレコしてるとか? 非常に考え難い話だが、そうでもなければこの勇者が本当に“本物”だということになってしまう。それはいくらなんでも……。
「あぁ、やはりそういうことか。アルトルムが見えているんだね?」
「見えてるっていうか……あ、もしかして」
「ああ、そういうことだ少年! 私たちは同じ境遇……ということだろう」
「どういうことッスか?」
指を弾いて新都さんが不敵な笑みを浮かべた。赤い眼鏡に長いブロンドの髪と青い瞳。日本人とは思えない相貌は、まさしく一角の人物であった。そんな彼女の青い瞳に見据えられて、俺はようやく事態を掴めた。
「多分、そこの勇者は想造獣だ」
「……えっ、こんなのもありなんすか?」
そうとしか思えない。想造獣は信じられたものが具現化する現象だ。
創作のキャラクターである勇者アルトルムが実在している理由(それと、他の人には見えないという話から察するに)は、彼が想造獣であるという理由しか見当たらなかった。
「ほう、想造獣というのか彼のような存在を。彼からも話を聞いていたが、人の信仰の具現ともいうべき存在だったかな?」
「はい、その通りです。じゃあ本当に想造獣なんですね……」
「ああ、といっても俺は他とはちょっと別口でな。大将とツレの信じる正義の象徴として具現してるって訳だ」
一口に信じると言っても、色々な意味を持つ。
この勇者は勇者アルトルムとしてではなく、新都さんの正義感の象徴として存在しているらしい。そういう方向性でも想造獣は誕生するんだな……。
「ああ、そういうことでね。そこの浮遊している彼女もそうなのかな?」
「えーっと自分もちょっと特殊で……幽霊なんッスよ、記憶ソーシツの」
「なるほど。安易な表現はアーティストとして避けるべきだろうけれど、あえてこう言おう! この出会いは運命だ! 積もる話も(私が勝手に)あることだし! 私の別荘にご招待しよう、どうかな!?」
グイッと近づいて俺の手をしっかりとホールドした新都さん。完全に気圧された俺は目を丸くして驚くことしかできなかった。
「大将、顔と距離感とあらゆるものが近い。通報されてもしらねぇぞ」
「はーっはっはっはっは! これは失礼。つい、興奮してしまったよ」
手を叩き、清々しいまでの高笑いをした新都さんは謝罪と共に一歩離れていった。なんか、こういう仕草を見ていると本当に“有名人”っていう感じがする。
「でも自宅に招待しているのは大真面目。どう? 原画とかあるしあげちゃうかも」
「えーっ! ほんとッスか! 見たいッスー!」
それは俺も見たい。
こうして、まんまと激レアアイテムに釣られた俺たちは、新都さんの別荘にお邪魔することとなった。
◆
公王街はいくつかの区画に分かれている。これは、公王街が世界一巨大な樹を要する一大観光都市だった頃の名残だ。というのも、公王街の区画は円状に形成されている。
まずは街の中心地である“観光街”次に宿泊施設や別荘地が立ち並ぶ“準観光街”そして、住民たちの生活や居住スペースである“郊外”。
この三つの区画で大別されている。
俺たちがやってきたのは、そんな区画の中の準観光街に当たる場所だった。金持ちの別荘が立ち並ぶその場所に、新都さんの別荘もあるらしい。
「どうにも、私の借りた別荘は“ワケアリ”らしくてね。立地も広さも十分! その割に非常に安いんだ!」
「どういう訳があるんですか……?」
「どうにも、出たらしいね。幽霊の取材もついでにしようと思ったんだけど、本物に会えるとは! やっぱり私は運がいい!」
嬉しそうに拳を握り締める新都さんを見て、俺は苦笑した。
やっぱり、こういう人って突飛なんだな……。屋流や龍宮寺さんみたいなタイプっぽい。なんて考えていると、どうやら目的地に着いたようだ。
「さぁ、ようこそ我が家へ!」
「で、でかいッス……センパイの家何個分ッスかね」
「二、三個だな……」
「はえ〜……」
舞の家と張り合うレベルの豪邸が見えた。(流石に温泉はないと思うけど)広い庭を一分くらい歩いてようやく本邸に辿り着く。明らかに個人宅には思えないけど。
「別荘になる前は民宿だったらしいよ。確か、爆発事故が起きる数ヶ月前に家主が行方不明になったんだとか」
「爆発事故の前に、ですか」
それはちょっと妙だった。
確かに、準観光街の多くの宿泊施設や民宿が引き払われて、もぬけの殻になった。しかし、それは爆発事故以後である。爆発事故前に民宿を引き払うのは……多分、前の家主の個人的理由からなんだろう。
「さぁ、上がってくれるかな?」
一人でそう考えていると、いつの間にか新都さんが玄関を開けてくれていた。俺は会釈を交えつつ、新都さんの別荘にお邪魔した。
鼻を抜けていくのは、芳香剤か何かのいい香り。こうして人の玄関にお邪魔する瞬間は嫌いじゃない。
「さて、リビングはこっちだ」
「ありがとうございます。本当に元々民宿って感じがしますね……」
「だろう? 前の家主はこんな素敵な家を捨ててしまうなんて勿体ないね」
リビングに通されて、俺はソファに座らされた。ふかふかのソファで生活感は漂うものの居心地はすこぶるいい。
新都さんがキッチンの方へ向かって行き、お茶の準備をしてくれているようだった。
「あ、自分は何も飲食できないので必要ないッス」
「ああ、そうだったのか。それはそれで不便だね」
そうなんッスよーとロールが返事をしつつ、俺の前に湯飲みが出された。ふんわりと香ってくる梅の匂いから、どうやらこれは梅昆布茶らしい。
「梅昆布茶、好きなんだよ私。美味しいだろう?」
「あー、人間に戻ったら食べたいものリストに加えるッス!」
「はーはっはっは! なら、その時は私オススメの梅昆布茶をご馳走すると約束するよ」
「楽しみッス!」
梅昆布茶トークが盛り上がっているところで、俺は咳払い。そろそろ本題に入ろうという意思表示だ。
持てなされてる身で悪いけれど、ロールと新都さんを放置していたらいつまでも話してしまいそうだった。
「ああ、済まない済まない。それで、君たちの話を教えてくれるかな? 私の話も教えるからさ」
「分かりました、何から話しましょうか……」
この人は悪い人ではなさそうだったので、俺はロールとの出会いから想造獣との戦いの話を端折りつつ共有してみる。
新都さんとアルトルムは真面目に俺の話を最後まで聞いてくれた。




